マッチルーム日本初上陸興行でのRONSPO取材拒否騒動の顛末記
まだ駆け出し記者の頃、飲みの席で先輩記者から心得を教えられた。
「ありがとうと感謝されるヨイショ記事は誰でも書ける。取材拒否されるくらいの骨太の精神を持った記者になれ」
ボクシングの取材現場をウロウロして30年以上になる。グリーンツダの名物会長だった故・津田博明に受けて以来、ここ最近縁のなかった取材拒否にあった。
7月15日に大阪府吹田市の大和大学構内にある大和アリーナで行われた英大手プロモート会社「マッチルーム」が、楽天チケット、スポーツマネジメント会社NSNとタッグを組んで日本に初進出した興行。「PRIZE FIGHTER」と銘打たれた賞金総額2億円のミドル級トーナメントで日本人選手が3人出ている。興行予定が二転三転した「マッチルーム」の興行が、どんなものかに興味があったし、竹迫が、英国の新鋭相手にどんな試合をするかも見てみたかったので、前日の計量&会見から取材に来ていた。
受け付けで名前を書き「PRESS」と書かれたID代わりのワッペンをもらって会場に入り、リングチェックにきていた国本陸や六島ジムの枝川孝会長らから話を聞いたりしていた。取材スペースが会場外の別練にあるとのことで、場所の確認に移動していると、バッタリと出会った、このイベントの総合プロデューサーを名乗る深町信治氏にこう告げられた。
「本郷さん、今日は会場に入れません。お引き取り下さい」
「どういうことですか?」
「私は上からの指令を伝言しているだけです。上で本郷さんの書かれている記事が問題になっているようです。」
「上とはマッチルームですか、楽天チケットですか、NSNですか?」
「それは言えません」
「どこが何を理由に取材を拒否するのかも教えてもらえないのですか」
「本郷さんがずっと書かれている記事が理由です」
筆者がマッチルームについて書いた記事は2度だけだ。
ひとつ目は6月4日の記者会見を受けた記事。興行計画が二転三転して縮小した舞台裏や、3月に一度、対戦してWBOアジアパシフィック&日本王者の国本陸が圧勝し、“勝負付け”の終わっている可兒栄樹(T&T)とのカードをまた1回戦に持ってきたことを「ファンを見たいカードではない」とハッキリと書いた。
マッチルームは日本で興行を行うライセンスを持っていないため、2人のプロモーターに100万円で、話を持ち掛けたが「トラブルが起きたときの責任を持てない」と断られ、渡嘉敷勝男氏が、“助け船”を出してプロモーターを務めることになったことなどを記事内で明かした。
2度目は、前日計量の記事。取材記者がたった2人だけで、国内配信&放送がないという事実。あるプロモーターが「本当にファイトマネーが入金されるのか?」を深町氏に確認していた話を書いたが、見たもの、すなわち事実しか書いていない。
「事実しか書いていませんが?」
「本郷さんの記事には事実に主観が入りますよね?そもそもあなたはメディアなんですか。メディアって、スポーツ新聞や、通信社、放送局ですよね? ソーシャルメディアに乗っているような記事ばかり書いていますよね?」
「何ですか、それは?ヤフーニュースに配信しているメディアですが」
「ヤフーニュースなんて、どこだって載りますよ」
上からのメッセージを伝えているだけにしては、深町氏は、まるで自分が取材拒否を決めたかのような言い回しだった。
「わかりました。もうメッセンジャーのあなたと議論しても仕方ないので。ただ興行の主催はマッチルーム、楽天チケット、NSNで、プロモーターは渡嘉敷さんであっても、試合の管轄はJBCです。取材拒否に関するJBCの見解を聞いてからにしていいですか?」
すると深町氏は、「それは私が聞いてきます」と、東京から来ていた安河内剛本部事務局長のいる控室に消えていった。
深町氏は、テレビ業界からボクシング界に転身。ワタナベジムのマネージャー、亀田興毅氏が代表を務める「3150ファイト」の執行委員、マネージャーを経て、今回のイベントの総合プロデューサーに就任した人物。
その亀田氏の「3150ファイト」についても筆者は何度も問題点を指摘してきた。彼らにとって筆者は、好まざる記者に違いないだろうが、取材拒否をすることはなかった。
しばらくすると深町氏が部屋から出てきた。
「JBCの安河内さんと話をしました。JBCとしては、特定のメディアを排除するのは、好ましくないということでしたが、あくまでもその判断は、主催者にあるので、主催者が判断して、本郷さんに伝えて下さいとのことでした」
ここでもひとしきり深町氏は持論を展開していた。ただ「これは書かないで下さい」と、強く依頼されたので、その部分は割愛して「書かないで下さい」と言われていない部分だけを明らかにするが、深町氏は「上に聞いてきます」と言ってその場を去った。
誰とどんな話をしたか知らないが、すぐに戻ってきて「JBCさんが間に入ったということで、今回は、このまま取材していただいても結構です。ただ閑古鳥が鳴いていたとか、悪意のある記事は遠慮してください」と取材拒否を解禁した。
私はそれには答えなかった。
そもそもJBCが間に入ったわけでもない。そして悪意とは一体何を示すのか。
偉そうにジャーナリズム論を掲げるつもりはないが、事実を伝えることを自主規制して、忖度すれば、それはジャーナリズムではなく、単なる宣伝媒体だ。取材をした上で、その事実をどう捉えるかには、当然、筆者の分析や意見は入る。それを悪意と言うのだろうか。
この日も取材記者は筆者を含めて6人しかいなかった。共同、時事の記者はいなかった。マッチルームはヘビー級のアンソニー・ジョシュア(英国)など大物ボクサーを大量に抱え、DAZNで定期的に興行を配信している世界でも有数の大手プロモート会社。先のサウジアラビアのビッグイベントでは、英のもうひとつの大手プロモーション「クインズベリー」との5対5対抗戦が行われた。そのマッチルームが手がける日本初進出のイベントへのメディアの関心が、なぜこれほどまでに薄く、なぜ約3000人収容に設定された会場に3割程度の観客しか集客できなかったのか。筆者を排除している暇があるならその原因究明と解決に時間を割いた方がいい。別の記者にも指摘されていたが、広報宣伝は明らかに少なかった。
ただ元東洋太平洋王者の竹迫司登が左ジャブをこれでもかと打ち続けて最後まで手数で負けず、英国が送り込んだ新鋭に判定勝利した試合が、両者の応援団がヒートアップする好ファイトだったことだけは特記しておきたい。