この映画で牛乳が気になる理由 失われる伝統的な農場と介護問題を記録
「素晴らしい」というのが鑑賞後の素直な感想だった。
デンマーク映画『わたしの叔父さん』では、人間・家族ドラマ、田舎での介護問題、失われていく伝統的な農場という複数のテーマが重なっている。
遠い国のことでありながら、多くの国で共感を生む普遍性の高い内容となっている。
北欧で起こっていることだけれども、自分にも起こったことがあるような、共感できるシーンに出合うこともあるだろう。
本作は第32回東京国際映画祭で、コンペティション部門の最高賞「東京グランプリ」に選ばれた。
酪農家の文化を映画にしたかったというフラレ・ピーダセン監督。
デンマークの南西部、農業が非常に盛んな自分が生まれ育ったエリアで作品を撮ることが重要だったと、映画祭のトークショーで語っている。
姪を演じるのは女優のイェデ・スナゴー氏。叔父を演じるのは、スナゴー氏の実の叔父であるペーダ・ハンセン・テューセン氏だ。普段は農場で実際に働いているテューセン氏には演技経験は一切なかったが、作品の中では魅力的な存在感を大きく放っている。
作品の登場人物のように、テューセン氏ももともと口数が少ない人のようだ。それでも完成した英語を鑑賞した時に「叔父は笑っていた」ともスナゴー氏はトークショーで語っている。
言葉少ないコミュニケーションは国民性?
皆さんは北欧の人の人柄についてどのようなイメージを持っているだろうか。国や個人によって差はあれ、「シャイで寡黙、でも親しくなると優しい」というのはよく聞く感想だ。
私はノルウェーに住んでいるが、ノルウェーに住んでいたフィンランド人が「ノルウェーの人はまるでコメディアンのようにずっと喋っている」と言っていて、「フィンランドの人は、どれだけ寡黙なの?」と笑ったこともある。
そのような寡黙な北欧の人の姿はこの映画にもたっぷり詰め込まれている。登場人物たちの無言のシーンがあまりにも多いのだ。
叔父さんが初めての一声を映画で発した時は、ノルウェーの映画館にいた人々は声を上げて笑っていた。
介護問題と若者の未来
家族の世話に必死で、自分の夢や都会に行くことを諦め、田舎の農場に閉じこもっている若い女性。高齢者の介護のために夢を諦めるか迷う若者問題はデンマークにもあり、作品では問題提起もされている。
「なぜ彼女がひとりで介護をしていて、ノルウェーではよくあるような訪問介護サービスのシーンがないのだろう?」という疑問が残ったので、これは私が今後調べたい個人的な宿題とする。
時代の変化で変わる農業の形と牛乳のイメージ
映画で出てくるような小さな農場は、デンマークでは2026年には全て閉鎖しなければいけないことが決まっているそうだ。
「EUの方針でデンマーク政府が決めたことなのですが、映画に出たような小規模の農家は2026年には歴史になってしまうということで、今でも伝統的に営んでいる小規模農家の人たちを歴史的なポートレートを作りたいという気持ちでした」と監督は語っている。
私はこのデンマークの2026年農家問題は知らなかったのだが、映画作品には酪農や牛乳のシーンが多いため、「減少する酪農の記録を残しているのかな」とは感じていた。北欧では、環境負荷が高い酪農に対する議論が日本よりも広がっており、スーパーでは牛乳以外の植物性ミルクも明らかに増えている。
私は乳糖不耐症ということもあり牛乳は避けたいが、ともかくも北欧社会になじんでいると、「昔のものをなんとしてでも残そうとする」ような、牛乳にはそのような政治的なメッセージを今は感じ取ってしまうのだ。
映画のクライマックスも、会場が小さくざわついてしまうような終わり方だ。「ああいうシーンに終わることで、観客が自由に解釈できることが私には大事だった」という監督。
デンマークという社会の仕組みや暮らしについて、いろいろと考えさせられてしまう、そして心にじんわりと染みる、いい映画だ。
本作品は日本でも2021年に公開が予定されている。
Text: Asaki Abumi