羽生善治九段、痛恨の合駒ミスで王位リーグ黒星 永遠のライバル森内俊之九段との対戦成績は80勝61敗に
2月26日。東京・将棋会館において伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦・挑戦者決定リーグ白組▲羽生善治九段(53歳)-△森内俊之九段(53歳)戦がおこなわれました。
10時に始まった対局は19時7分に終局。結果は104手で森内九段の勝ち、両者の今期リーグ成績はともに1勝1敗となりました。
長年にわたって名勝負を繰り広げてきた両者の通算対戦成績は、羽生80勝、森内61勝となりました。
現代最新の戦型
羽生九段先手で、戦型は角換わり。互いに腰掛銀に組んで、現代最新の構えとなりました。
駒がぶつかると、この戦型らしく一気に激しい戦いに。59手目までは2022年度A級順位戦7回戦▲藤井聡太五冠(現八冠)-△豊島将之九段戦と同様の進行になりました。
60手目、豊島九段は持ち駒の銀を打ち、自陣を強化しています。以下は難しい攻防を経て藤井五冠が優位に立ち、139手で押し切りました。
本局は60手目、森内九段が銀取りに歩を打ち、以下は違う進行となっています。
74手目。森内九段は銀を捨て、4筋三段目に構えていた羽生玉に迫ります。以下、羽生玉は右端1筋にまで追い詰められました。
羽生九段はギリギリのところでしのぎ続けます。やがて4筋にまで生還し、評価値の上ではピンチを脱したかに見えました。
羽生九段、合駒を誤る
100手目。森内九段は34分を使って羽生陣に飛車を打ちこみ、羽生玉の左横から王手をかけます。持ち時間4時間のうち、残りは羽生1時間23分、森内16分。羽生九段はここさえしのげばというところ。残っている時間の多くを投入し、考え続けました。
森内九段の飛車は金で取れますが、取る一手とは限らない。取れば森内九段は金を取って、もう一枚の飛車が成り込んでくる。そのあと、龍の王手に対して、玉をかわすと簡単に詰んでしまうので、なにかの駒を打って合駒をしなくてはならない。羽生九段の持ち駒は飛金銀銀銀桂桂香歩と豊富ですが、なにを合駒するかは悩ましい。歩は「二歩」の禁じ手で打てないので、飛金銀桂香と5種類の選択があります。
結論からいえば、飛銀では詰み。金桂香では詰まない。もっともそのあとの変化も厖大であり、森内玉に迫るにはどの駒を残しておけばいいのかなどを考えると、そう簡単に勝ちを読み切ることはできません。
本局はYouTubeで配信されていました。対局者が長考する時間は、指し手を待つ観戦者にとっては長く感じられます。対局者にとっては、あっという間に過ぎていくように感じられるのかもしれません。
羽生九段は51分を使って考えたあと、101手目、森内九段の飛車を取りました。残りは32分。森内九段はノータイムで同飛成。そこでまた羽生九段は4分を使いました。
103手目。羽生九段は少し首をかしげながら、3枚ある銀のうちの1枚を手にし、合駒として打ちます。この瞬間、形勢は逆転しました。
15分の残念棒
羽生九段が席を立ったあと、森内九段は盤上を見つめ続け、すぐに次の手は指しません。羽生九段が席に戻ってきたあとも、慎重に読みを確認し続けました。
104手目。森内九段は6分の考慮で、羽生玉の右側から金を打ちました。いわゆる「送りの手筋」で、本局における決め手となりました。
羽生九段の手が止まったまま、時間は過ぎていきます。
打たれた金を取れば、森内九段は合駒の銀を取り、王手を続けてきます。そして取った銀を王手で使われると、作ったようにぴったりと、羽生玉は詰みます。
金を取らなければ羽生玉は詰まないものの、羽生側の盤上の主力である馬(成角)を抜かれてしまい、羽生九段の勝ちはなくなります。
羽生九段は長い間、盤上を見つめていました。そして重大な誤算に気づいたか、苦い顔を見せ、ひたいに手をやり、うつむきます。
「将棋は逆転のゲーム」と言います。もし羽生九段が合駒を間違えず、最後の着地を決めていれば、羽生九段の会心譜となっていたところでした。しかし最終盤ではわずかに一手でも誤ってしまうと、勝敗は真逆になります。
映像越しにも、重い時間がすぎていきました。そして、森内九段が王手をかけてから15分後。
「負けました」
羽生九段は次の手を指さず、潔く投了しました。残念そうな表情を浮かべる羽生九段。しばらくは両者ともに無言の時間が過ぎていきました。
記録用紙には、羽生九段の手は記されず「――」と長い棒が引かれ、その横に消費時間の「15」が記されます。敗者の無念が表れているようでもあり、将棋業界ではこれを「残念棒」と呼びます。観戦記者・東公平さんが造った言葉で、1980年代頃から広まりました。羽生九段の残念棒15分は、やや珍しいかもしれません。
かくして永遠のライバル同士の一戦は、今回は森内九段の勝利。両者の通算対戦成績は羽生80勝、森内61勝となりました。
過去13回、王位リーグに参加し、負け越しも陥落もない羽生九段。ここからまたこれまでのように勝ち進めるでしょうか。