繰り返される老人ホームでの浸水被害による犠牲者の発生。防ぐための方策は?
今後は、毎年「数十年に一度の豪雨」が起こるのかもしれない
九州地方は、7月上旬から続く豪雨で大きな被害が出ている。中でも熊本県の球磨川周辺は河川の氾濫等により各地で浸水被害が起き、球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」では、入居者70人のうち14人が亡くなるという痛ましい結果となった。
浸水被害による、高齢者施設で複数の犠牲者が出たケースはこれまでにもある。最近では、2016年の台風10号がもたらした豪雨により、岩手県の認知症グループホームで入居者9名が亡くなっている。このグループホームには避難マニュアルはなく、避難訓練を行ったこともなかったと言う。
何の備えもない状態で、災害に対処するのは極めて難しい。120人の入居者全員を無事避難させた埼玉・川越市の特別養護老人ホームのように、日頃からの訓練と心構えが大切だ(詳しくはこちらの記事を参照)。
このような大規模な災害は、特別な出来事、不運な自然災害だと考えている人が大半だと思う。しかし、近年、毎年のように豪雨があり、大型台風がやってきている。こうたび重なるのでは、こうした大規模災害は毎年、どこかで起こりうると考えた備えが必要なのではないだろうか。
「正常性バイアス」も災害対策の大きな障壁
特に意識を変えてほしいのは、川のそばに立地する高齢者施設や障害者施設だ。これまで一度も水害に遭ったことがなくても、今度の大雨では浸水被害が起きるかもしれないと考えてほしい。そして、いざという時、有効に機能するような避難マニュアルを作成し、避難訓練、避難シミュレーションをしておくことが必要だ。
もっとも、2017年時点で高齢者施設など「要配慮者利用施設」には、避難確保計画の作成と避難訓練の実施が義務付けられている。しかし、2020年1月1日現在、作成済みの「要配慮者利用施設」は半数に満たない。
作らなくてはと考えてはいるが…という施設が多いのではないか。
そこには、「自分は大丈夫」「ここではそんなことは起こらない」と、不都合な情報から目をそらす「正常性バイアス」が働いていることも考えられる。また、「いま・ここ」で起きている様々な日常の出来事への対応に追われ、「いつか起こるかもしれないこと」への対応は後回しになっていることもあるだろう。
「避難確保計画」の策定を支援する仕組みを作る?
それは当然ありうる人間の心理だ。私たちもそうして後回しにしていることは多々ある。しかし、これは入居者の命に関わる問題だ。後回しにしているうちに、「いつか」が今日明日来ないとは言い切れない。
こうした施設が避難確保計画を策定する際、防災の専門家のアドバイスを受けられる仕組みは作れないものだろうか。行政が補助金を出すなどの方法で支援すれば、少なくとも計画策定は進むのではないか。
とはいえ、計画を作れば、それで安心というものではない。それをいざという時に機能させるには、身につくまでの繰り返しの訓練と、絶対に全員無事避難するという心構えが必要だ。
それは、実は計画を作成するより、よほど難しい。施設長や職員の核となる人物が、相当の危機意識を持って職員を動かさなければ、避難計画が現実に機能するようにはならないだろう。
それをすべての施設に求めるのは、現実的ではないかもしれない。
避難訓練の実施を施設に強制的に求めていこうとすると、また、介護報酬に加算を付けて、実施した施設だけ報酬をアップするという話になってしまいそうだ。
しかし、そうした方法で、介護事業者を動かそうとするやり方は限界に来ている。
今後の施設設置には予防医学の「0次予防」を応用しては?
そう考えると、今後の高齢者施設開設においては、予防医学の「0次予防」の考え方を応用したほうがよいのではないか。
0次予防とは、病気にならないよう健康を増進する以前に、その人の生活環境自体を変えてしまおうという考え方だ。
わかりやすく言うと、お酒の自動販売機が多い地域にアルコール依存症の人が多いなら、その地域のお酒の自動販売機をなくそう、という取組だ。
この考え方を応用し、一人で避難することが難しい人が多数暮らす高齢者施設や障害者施設は、原則として、地盤の固い高台に建てることとする、というようなルールを定めてはどうか。
少なくとも、水害に遭いやすい川のそばには建てないという、設置指針を定めるべきではないだろうか。
どうしても起こりうることへの備えは、人の力に頼るより、「起こらない」環境を整える方が確実だ。すでに開設済みの施設は、避難確保計画、その徹底的な訓練によって、災害対策を整えるしかないが、今後についてはこのように視点を変えていくことも必要だろう。