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サッカー選手に保険会社営業、閉じこもり高齢者。様々な人を引き寄せるケアマネが運営する新宿区のカフェ

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
様々な人が集まる新宿区上落合の「サニーデイズ・カフェ」(HPより転載)

カフェ? 相談所? たまり場?

西武新宿線下落合駅から5分ほど歩いたところに、2022年6月に開店したそのカフェはある。商店街でも住宅街でもない通りに面した小ぶりなビル。ガラス扉を開けた先にある「Sunnydays Cafe(サニーデイズ・カフェ)」は、ランチの看板がなければ見過ごしてしまいそうなひっそりとしたたたずまいだ。

にもかかわらずこのカフェには、様々な人たちが自然と集まってくる。

右手のガラス扉の奥が「サニーデイズ・カフェ」。このランチの看板が目印だ(筆者撮影)
右手のガラス扉の奥が「サニーデイズ・カフェ」。このランチの看板が目印だ(筆者撮影)

コンクリート打ちっぱなしの壁が印象的な1階フロアはコ・ワーキングスペースだ。右手にあるカウンターは1時間1ドリンク以上の注文で利用できる。ここには毎日、ケアマネジャー等の専門職が1名常駐し、予約なしで介護などの相談に乗る。

1階のコ・ワーキングスペース。営業途中の人、訪問の合間に立ち寄った介護職など、様々な人がふらりとやってくる。常駐するケアマネジャーへの相談件数は、オープンからの2年間での約320件に上る(筆者撮影)
1階のコ・ワーキングスペース。営業途中の人、訪問の合間に立ち寄った介護職など、様々な人がふらりとやってくる。常駐するケアマネジャーへの相談件数は、オープンからの2年間での約320件に上る(筆者撮影)

この日は、ケアマネジャーが訪れた福祉用具専門相談員と話しているところに、来店した地域の訪問看護師が加わり、3人での会話が展開していた。

左手の壁に飾られた季節に合わせた写真を見ながら、階段を下りていくと、地下がカフェスペースだ。テーブルが2卓、座卓が1卓。こぢんまりしているが、吹き抜けの高い天井のおかげで圧迫感はない。

地下のカフェスペース。左手奥に座卓のコーナーもある(筆者撮影)
地下のカフェスペース。左手奥に座卓のコーナーもある(筆者撮影)

「このあたりはカフェがないので、あ、なんか新しいカフェができた! と思って入ってみたんです」と、この日ランチを食べていたスーツ姿の女性。このエリアを担当している生命保険会社の営業職とのこと。

ふらりと入ったこのカフェが様々なコラボイベントをしていると知り、この日はカフェの客ではなく生命保険会社社員として、来店客の血管年齢を測るイベントを開催しにきたのだという。

イベントは、昼は不定期開催、夜は月1回開催される。日本酒会、落語会、DJイベントなど夜のイベントは、開催1週間前には予約で満席になる。

「サニーデイズ・カフェ」には様々なイベントの企画が持ち込まれる(筆者撮影)
「サニーデイズ・カフェ」には様々なイベントの企画が持ち込まれる(筆者撮影)

この日、別のテーブルでは2人のマダムがおしゃべりに花を咲かせていた。「近くに住んでいるのでよく来ますよ。ここの料理は、ほら、栄養士さんがつくっているから。おいしいし、栄養バランスもいいし、うちじゃつくらないようなものが食べられるから」と笑う。

マダムの言葉通り、「サニーデイズ・カフェ」では、曜日ごとに違う管理栄養士等がメニューを考え、調理する。このランチが人気で、日によっては予約しないと食べ損ねる。

この日のランチを担当した認定在宅訪問管理栄養士・稲山未来さん(左)。「いろいろな食材をバタンスよく使ったメニューづくりを心がけています」と。右はカフェ店員の竹下樹里さん (筆者撮影)
この日のランチを担当した認定在宅訪問管理栄養士・稲山未来さん(左)。「いろいろな食材をバタンスよく使ったメニューづくりを心がけています」と。右はカフェ店員の竹下樹里さん (筆者撮影)

地域のJFLサッカーチームの選手や監督もしばしば訪れる。今では、このカフェでの月1回のコーチミーティング開催が定例となった。

このカフェを運営しているのは、居宅介護支援(ケアプランニング)、訪問介護などを運営する(株)モテギ。つまり介護事業所だ。

店長の森岡真也さんは(株)モテギの新宿ケアセンター長で現役ケアマネジャー。

なぜケアマネジャーがカフェの運営をしているのか?

「サニーデイズ・カフェ」店長で主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)の森岡真也さん。文化人類学を学んできた森岡さんは、現場体験から情報を得る「フィールドワーク」を大切にしている(筆者撮影)
「サニーデイズ・カフェ」店長で主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)の森岡真也さん。文化人類学を学んできた森岡さんは、現場体験から情報を得る「フィールドワーク」を大切にしている(筆者撮影)

専門職と知り合い、相談できる場

店長の森岡さんはカフェを始めた理由をこう語る。

「新宿でケアマネジャーとして仕事をしてきて20年。相談援助のスキルを活かして地域で何ができるかを、ずっと考えていたんです。介護のことって、誰でも必要にならないとあまり考えないし、専門職とつながる機会ってなかなかないですよね。

でも、もっと早く専門職と知り合ってもらって、気軽に相談できる関係をつくれないかなと。それには“相談所”みたいな構えた場より、ふらりと立ち寄れるカフェの方がいいと思ったんです」

とはいうものの、飲食は法人として初めての事業。職員にも飲食経験者はなし。「収支トントンで動かすように」ということでゴーサインは出たものの、「トントン」というのもなかなかハードルが高い。

介護相談、栄養相談を無料で行うため、カフェ以外の収益源を考えた。コ・ワーキングスペースでの集客。シェア・キッチン、レンタルスペースとしての提供。入り口付近に設けた、本棚型の展示スペース「ヒトハコ商店」「ヒトハコ広告」の広告収入。そして様々なイベント。

持ち込まれたイベントの運営自体は無料とし、参加者に飲食を勧めてもらって収益を得るしくみにした。「いろいろな企業に来ていただいて、少しでも介護分野に興味を持ってくださる人を増やすことが目的ですから」と森岡さんは言う。

その甲斐あって、今、昼のイベントはほぼ持ち込み企画で運営されている。参加者の飲食代を本人が支払うかイベント運営者が支払うかは、運営者に任せているという。

「サニーデイズ・カフェ」入り口の両側にある「ヒトハコ商店」「ヒトハコ広告」。借り受けた人たちが思い思いにグッズやチラシを展示。これもこのカフェの収益源の1つになっている(筆者撮影)
「サニーデイズ・カフェ」入り口の両側にある「ヒトハコ商店」「ヒトハコ広告」。借り受けた人たちが思い思いにグッズやチラシを展示。これもこのカフェの収益源の1つになっている(筆者撮影)

カフェをきっかけに広がるつながり

イベント目当ての客もいれば、ケアマネジャーに相談したくて予約して来店する客もいる。しかし、純粋にこのカフェのランチやコーヒーを目的に来店する客も少なくない。ランチもコーヒーも、集客できるレベルのおいしさだからだ。

「コーヒーは、新宿の福祉作業所で焙煎しているものを使わせてもらっています。おいしいので開店の時に是非、とお願いしました。最初は、一般の飲食店には卸していないからと言われたのですが、介護相談ができるカフェをやりたいと趣旨を伝えたら、何とかします、と言っていただけました」(森岡さん)

今では作業所に通う障がい者が、自分たちで焙煎して自分たちで届けてくれるのだという。これをきっかけに、その作業所の系列の障がい者グループホームの誕生会を、毎月、このカフェで開くようになった。

「障がい者がグループで外食をしたいと思っても、対応できる店は多くありません。それで声をかけていただいて。通常は午後5時までの営業ですが、その日だけはケーキも作って、午後6時30分から臨時営業しています」(森岡さん)

この法人グループからは、同系列の障がい児のグループホームの子どもたちも、ランチを食べに来るようになったのだという。

「コーヒーをきっかけにここまで広がって。お互いを社会資源として活かし合えるようになったことが嬉しいですね」と森岡さんは笑顔で語る。

福祉事業同士支援し合いたいという気持ちは当然あるだろう。しかしそれ以前に、本当においしい焙煎コーヒー、栄養バランスの良いおいしい料理が食べられる居心地の良い空間という、飲食本来の強みをそれぞれが持っていたことも関係の発展に寄与しているように思う。

この日は「白身魚のブイヤベース」をメインとしたヘルシーランチ・900円。ランチは1日20~25食を提供。コーヒーは福祉作業所によるコク深い「西早稲田コーヒー」(単品350円、ランチとセットで200円)
この日は「白身魚のブイヤベース」をメインとしたヘルシーランチ・900円。ランチは1日20~25食を提供。コーヒーは福祉作業所によるコク深い「西早稲田コーヒー」(単品350円、ランチとセットで200円)

引きこもり高齢者を引っ張り出す力

社会資源としての役割は、高齢者支援でも大きな成果を上げている。

まだカフェをオープンする前のこと。森岡さんは他事業所のケアマネジャーから、カフェを開店したら、自分の担当する利用者が撮った写真を飾ってもらえないかという相談を持ちかけられた。

その利用者は、若年性認知症の診断を受けてから、1年以上家に閉じこもったままの男性だった。

担当ケアマネジャーは本人と会うこともできず、妻とどうすれば外出できるようになるかを相談していた。すると話の中で、実は写真が趣味で撮りためた写真が多数あり、以前は写真展を開催していたことがわかった。

写真を展示できる場所があれば、外に出られるかもしれない――そう考えた担当ケアマネジャーは、森岡さんに「トイレに一枚貼ってくれるだけでいい」と頼んできたという。

「でも、トイレに1枚貼るだけでは、外に出ようという気持ちにはならないかもしれない。いっそ常設展示にして、季節ごとに入れ替えてもらうことにすれば、年4回は来店してくれるのではないか、と提案しました」(森岡さん)

早速、担当ケアマネジャーが伝えると、男性はとても喜び、妻と共にカフェにやってきた。1年半ぶりの外出だ。妻につかまり、ヨロヨロと歩きながらもたくさんの写真を抱えてきた。

「6月だったので春夏の写真を選んでもらい、『展示したら見に来てほしい』と伝えました。そうしたら、気になるようで毎月来てくれるようになったんです」(森岡さん)

妻につかまって歩いてきた男性は、そのうち一人で来店するようになった。そして、撮りためた写真を販売したいと言って、「ヒトハコ商店」に自分でボックスをつくり、自分で写真をプリントして持ってきた。いつしかカフェには自転車でやってくるようになった。

「もともと社交的な方で、地域の高齢者サロンの運営にも携わっていたそうなんです。2年たった今ではそのサロンにも復帰し、サロンの仲間たちと一緒にランチを食べに来てくれるようになりました」(森岡さん)

この男性のケアプラン(介護計画)には、このカフェが組み込まれているのだという。

よく言う「地域の社会資源」とはこういうことなのだとしみじみ感じる。

カフェ1階の壁には、男性が撮影し、プリントした写真が季節に合わせて展示されている(筆者撮影)
カフェ1階の壁には、男性が撮影し、プリントした写真が季節に合わせて展示されている(筆者撮影)

人を引き寄せつなげていく「装置」

不思議な力を持つカフェだ。

森岡さんのところには、地域で何かを一緒にやろうという協業の相談や、カフェでイベントをやりたいという申し出、外部イベントに参加してもらえないかという声かけなど、いろいろな話が舞い込んでくる。

弁当の依頼も多い。夏休みに給食がなくて困っている家庭向け、前述の地域のサッカーチームの選手向け、高齢者サロン向けなど、あちこちから依頼が来る。ついに配食弁当もスタートした。

行政からは、「認知症カフェ」開催の依頼があった。「らんぷカフェ落合」の名称で、月1回開催。就労支援の意味を込め、当日、参加者に供するコーヒー、紅茶は認知症のある当事者2人が入れている。飲み物の代金がそのまま給仕役の2人の収入になるという設えだ。

このほか、小学生向けの職業体験イベントを開催したり、中学生向けの職場体験を請け負ったりしている。

月1回開催の夜のイベントは、参加者が地域住民と介護や福祉の専門職が半々。普通に食べて飲んで楽しんでいる中で、住民と専門職が自然とつながってくれたらと考えているという。

「何か大きいことをいきなりやろうと考えていたわけではないんです。誰かとつながったら、何かができた。次につながった人とまた違う何かができた。オープンからの2年あまりで大小合わせて数百のいろいろなことをやってきたら、こんな形になってきました」(森岡さん)

一つ一つは小さくても、その積み重ねの先に見えてくるものがある、と森岡さんは言う。

ランチやコーヒーに惹かれて足を踏み入れたら、いろいろな情報が得られ、いろいろな人とつながれる「サニーデイズ・カフェ」。ここは、介護や福祉の色を出し過ぎないことで、誰でも立ち寄りやすくした「装置」だ。

前出の保険会社営業の女性は、「ここの人たちはみんな温かくてやさしい。居心地が良いんです」と言う。

高齢化が進む日本では、介護職だけでは地域での暮らしを支えられない時代が必ずやってくる。これからの地域社会では、地域の様々な人に向けたこのカフェのような「装置」が、そして、その「装置」を柔らかく活用できる「人」たちが、もっと必要になるだろう。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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