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孤立する技能実習生(2)実習生の限られた行動範囲と支援情報の不足、「支援体制」は存在するのか?

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナム人技能実習生に出会った岐阜県の駅周辺。筆者撮影。

日本人の友達はいません。相談相手もいません――。外国人技能実習生の中にはこう話す人が存在する。外国人技能実習制度のもとで来日した技能実習生の中には、相談相手もおらず、孤立している人が少なくない。製造業、建築、農業、水産加工などさまざまな産業部門を支えている技能実習生だが、それにもかかわらず、日本社会において「見えない存在」となり、社会的に孤立している状況がある。

「孤立する技能実習生(1)”奴隷労働”でも『相談先ない』、岐阜縫製のベトナム人女性が相談できない理由」では、岐阜県の縫製工場で働くベトナム人女性技能実習生のニュンさんの事例を取り上げ、技能実習生が相談先を持たずに外部になかなか相談できない状況について伝えた。今回は技能実習生が相談できない理由について、さらに掘り下げたい。

◆不十分な権利意識、人権や労働者としての権利意識はどこに?

ベトナム人技能実習生の女性と出会った岐阜県内の駅周辺。筆者撮影。
ベトナム人技能実習生の女性と出会った岐阜県内の駅周辺。筆者撮影。

「孤立する技能実習生(1)”奴隷労働”でも『相談先ない』、岐阜縫製のベトナム人女性が相談できない理由」では、ベトナム人技能実習生が相談相手を持たないことや外部に相談できない理由として、◇ベトナム~日本間の移住制度では来日前に高額の渡航前費用を借金して支払う仕組みが構築されているため、技能実習生は来日後に借金返済をしつつ就労しており、中途での帰国を恐れ、受け入れ企業とのトラブルを回避しようとしていること◇特に子どものいる既婚女性は出身世帯での稼ぎ手としての期待が大きく中途での帰国を恐れていること◇日本語支援が不足する中で技能実習生は日本語能力が十分ではないこと――を挙げた。

一方、ニュンさんたち技能実習生が外部に相談相手を持たないことの理由としてはさらに、彼女たちがもともと自身の権利について十分な意識を持たないことや、相談先に関する情報を持たないということがあるだろう。

ベトナムで、長きにわたる戦争が終わったのは1975年であり、その後に同国で市場経済の導入と対外開放を柱とする「ドイモイ(刷新)」政策が採択されたのは1986年のことだ。現在に続く経済成長路線に舵がきられるとともに、職場で近代的な労使関係が整備され、労働者の権利保護が進んでいきじはめてから、まださほど長い時間が経過していない。そうした状況の下、ベトナムではまだまだ人権や労働者としての権利への意識が十分ではない人が少なくない。

ベトナムでは、自分たちに人権や労働者として守られるべき権利があるということを十分に認識していない人もいるため、何か問題が起きたとしても、それを問題として認識することができないということが起こりうる。さらに、権利を自ら守るための市民の運動もまだまだといった状況だ。

そして、問題を問題として認識できないがために、そして権利を守るための行動に慣れていないこともあり、自身の権利を守るために行動するということがなかなかできない人が、ベトナム人技能実習生の中にいることが考えられる。

実際に、ベトナム人技能実習生の就労状況や賃金には、「違法ではないか?」「権利侵害ではないか?」と思われるものがあるが、それでも、本人たちがそのことを問題視していないケースもある。そして、「これはおかしい」と思っていたとしても、そうした状況に抵抗するという発想自体を十分には持っていないとの印象を受けることがある。

そうした権利意識の低さは技能実習生個人の問題ではなく、彼ら彼女らが置かれた社会的背景に影響を受けたものだ。そして、こうしたベトナムの人たちが言葉や習慣、文化、法律の異なる日本で働く際には、権利を守るための支援が必要になる。しかし、実際に、権利を保護するための支援はどの程度実効力を持つ形で存在しているのだろうか。

◆労働組合や支援組織の情報持たず、「支援体制」は存在するのか?

また、ベトナム人技能実習生の中には、日本の労働組合や外国人支援組織についての情報を持たない人が多い。

ベトナム人技能実習生に話を聞くと、労働組合や外国人支援組織といった外国人支援の経験やノウハウを持つ組織のことを知っている人が少ないことに気づかされることも少なくない。

私がベトナム人技能実習生にインタビューをした中では、送り出し機関が技能実習生の来日前に、技能実習制度を推進する 国際研修協力機構(JITCO)の情報を教えているケースは少なくないが、より踏み込んだ支援をしている労働組合や外国人支援組織に関する情報を提供している事例はなかった。

また日本の労働法規についての知識を技能実習生が十分に持っているかについても、疑問が残る。

ベトナム側の送り出し機関は、JITCOや監理団体の情報を来日前の技能実習生に伝えることはしているものの、より実践的な支援を行っている労働組合や外国人支援組織については、技能実習生に十分に情報が提供されているとは言えないだろう。技能実習生への支援体制がどの程度整備されているのか不明だ。

◆職場と寮だけに限られる行動範囲

さらに、ニュンさんたちの行動範囲が職場と寮に限られたいたことも、彼女たちが外部への相談ルートを持たない要因となっている。

ニュンさんたちは日々長時間労働をし、休みが少ないため、外出時間をとることは難しい。その上、職場には彼女たちの生活やプライベートな時間を十分にサポートする体制はないようだった。

また、仕送り目的で来日した彼女たちは支出をきりつめて生活しており、余暇活動にお金をつかうことはなかなかできないために、外出の費用を捻出できず、行動範囲が狭まる。

ベトナム人技能実習生と話をすると、職場と寮以外の外出先は近所のスーパーマーケットくらいで、移動手段は交通費を節約するために徒歩か自転車だという話をよく聞く。

私がインタビューを行った人の中では、日本にいてもどこにも旅行に行ったことがないという人が少なくなく、例え旅行したことがあったとしても3年の契約期間のうち限られた回数であるという人が多かった。

実際にニュンさんたちも普段は職場と寮の周辺だけで暮らしており、移動は自転車か徒歩だけで、行動範囲は狭かった。

そうしたニュンさんたちが相談相手につながることができたのは、あるとき偶然、ネットの口コミを通じて支援組織があることを知ったからだった。

彼女たちが相談相手につながることができたのは、あくまで偶然にすぎず、送り出し機関や監理団体、受け入れ企業が問題解決のための情報や相談先を紹介していたわけではなかった。

それまで外部とのつながりを十分には持っていなかったニュンさんは、場合によってはずっと相談先を見つけることができなかった可能性もあるだろう。

◆日本での移動経験の乏しさ

このような状況の中で就労してきたニュンさんたちにとって、支援組織に電車に乗って向かうということも不安要素の一つだった。普段から長時間労働を続け、外出の機会の限られていた彼女たちは、そもそも日本の電車にほとんど乗ったことがなかったのだ。

ベトナムでは公共交通インフラの整備が道半ばで、とりわけ農村部では徒歩、自転車、バイクが主な移動手段だ。離れた場所に行く場合にはバスや鉄道も利用するが、それでもまだ十分には整備されていない。そして日本でも行動範囲が職場と寮に限られる状況の下、ニュンさんたちは電車に乗る機会をなかなか持てなかったのだ。

◆技能実習生を知らない日本社会と日本社会を知らない技能実習生

ベトナム人技能実習生に出会った岐阜県の駅周辺。筆者撮影。
ベトナム人技能実習生に出会った岐阜県の駅周辺。筆者撮影。

「私たちと一緒にきてください」

ニュンさんたちと話すうち、私は彼女たちから、こう頼まれた。ニュンさんたちだけで電車に乗り、相談にいくことへの不安が大きいため、私に一緒に来てほしいのだという。

3人は私をじっと見つめて、「一緒にきてください」と、もう一度繰り返した。

突然の頼み事に私はすこし驚いたものの、彼女たちの不安げな表情をみて、放っておくことはできないと感じた。そして、一緒に電車に乗り、目的地まで行くことにしようと決めたのだった。

その駅から目的地までは、電車でわずか20~30分程度だった。

ただし、移動はそう順調ではなかった。

トラブルが起きたのは駅の構内に入ってすぐのことだった。

切符売り場で切符を買い、改札を抜けてホームに向かう途中、1人がキオスクでペットボトルのミネラルウオーターを買おうとしたとき、問題が起きた。

「お金払って――」

キオスクの店員の怒鳴り声があたりに突然響いた。

1人がキオスクで人数分のミネラルウオーターを買うためにお金を払おうとし、他の何人かがペットボトルを受け取ったところ、キオスクの店員はその状況を見て、ベトナム人女性たちが料金を払わずに水を飲もうとしたと勘違いしたらしかった。そして、事情も聞かず、怒鳴りつけたのだった。

ニュンさんたちはお金を払わずに水を持ち去ろうとはしておらず、きちんとお金を払おうとしていた。だが、店員の女性のところからは、その様子が見えていなかったのだろうか。

ニュンさんたちは日本語があまりできない。怒鳴られたことはわかるだろうが、なぜそうした対応をされたのかはよく分からなかっただろう。ニュンさんたちは店員の突然の怒鳴り声に驚きつつも、お金を払って、さっとその場を離れた。

一方、店員の女性がベトナム人女性たちをにらみつけているので、私が「彼女たちはちゃんとお金を払おうとした。怒鳴ることはないのではないか」と抗議すると、店員の女性はなにも語らず、苦々しい顔をし、こちらをにらんだだけだった。

お金を払おうとしているのに、なぜ怒鳴りつけられなければならないのだろうか。お金を払おうとしているのが見えなかったとしても、頭ごなしに怒鳴りつけるということはあるのだろうか。

ちょっとした行き違いだったのかもしれないが、ニュンさんたちは普段、駅のキオスクを利用することが限られていたため、お金の払い方がスムーズにいかなかったのだろう。キオスクの店員はそうしたニュンさんたちを静かに待つことはなく、怒鳴りつけることで対応したように見えた。しかし、果たして日本人にも同じような対応をとっただろうか。

ニュンさんたちは電車を利用することも、キオスクでものを買うこともあまり経験していないなど、日本社会の習慣やルールをよく知らないだろう。長時間労働を続けているほか、日本語支援も十分ではないため、日本にいても日本語を学ぶ機会がなく、日本語の能力も限られている。

キオスクの店員にとっても、ベトナム人技能実習生の就労状況やそれに影響を受けた彼女たちの日本社会に関する知識・経験や日本語能力の不足についてはよく知らないだろう。もしかしたら店員は状況がよく分からなかっただけで、さほど悪気はなかったのかもしれない。

双方が双方をよく知らないために、こうした出来事が起きてしまったのではないだろうか。

電車の中でも、みな緊張して落ち着けなかった。そして、ベトナム人女性のうちの1人は電車に乗ってすぐに乗り物酔いのために気分が悪くなってしまったのだった。

彼女たちは技能実習生として来日して以来、休みがほとんどなく、毎日長時間の労働をこなし、出歩く時間もなかった。彼女たちの暮らすまちの駅から数十分で都市部に出ることができるが、女性たちはその都市に出たことはそれまで一度もなかったのだった。普段の暮らしは、就労する工場と寮とを徒歩で往復したり、近くのスーパーに自転車でいったりするだけだった。

そうした生活の中、電車に乗るということは緊張することだろう。同時に、この日は意を決して外部に相談に出向くのだから、なおさら緊張していたことだろう。

◆果物に込めた思い

私たちは電車に揺られ、なんとか目的の駅までたどり着いた。ニュンさんたちにとっては、ほとんど初めてといっていい日本の大都市だった。

約束の時間までまだ少しだけ時間があったことと、体調を崩した女性がいたため、みなで近くにあるコーヒーチェーンに入った。冷房のきいた店内に入り、席についたことで女性たちはやっと人心地ついたようだった。たった数十分の電車での移動にもかかわらず、みな疲労し、ぐったりしていた。アイスコーヒーを前に、女性たちは疲れきった表情を隠せなかった。

そんなニュンさんたちの様子を見ていると、ふと彼女たちの座席近くにあるスーパーマーケットの袋の中が目に入った。それはニュンさんたちが大事に抱えてきたものだった。

袋の中に入っていたのは、彼女たちが相談相手のためにお土産として買った、つややかで甘い香りがするきれいな桃だった。

農業がさかんでさまざまな果物がとれるベトナムでは贈り物やお土産に果物を選ぶことが少なくない。市場に行けば、女性たちがロンガン、ドラゴンフルーツ、マンゴー、グアバ、パイナップル、ミカンなどを売っている。

ニュンさんたちは、きっと相談相手に感謝の気持ちを表すため、このきれいな桃を選んだのだろう。技能実習生として働き、その多くを故郷に仕送りしているであろう彼女たちにとって、日本のスーパーで買い求める桃は決して安い買い物ではない。彼女たちがこの美しい果物を選び取ったことの重さが伝わってきた。

◆暴力と暴言を長期間にわたり我慢、「相談すれば帰国させられる」

こうしたニュンさんたちとの出会いにより私が思い出したのは、ベトナム北部の農村を訪れた際に出会った元技能実習生の男性、トゥアンさんだった。彼もまた、日本での就労中に困難に直面しながらも、相談相手に恵まれずに、重い悩む日々を過ごしていたという。

ベトナム北部の農村で生まれたトゥアンさんは高校卒業後、両親と共農業をしていたが、実家の経済状況は厳しかった。そのため、家族を助けたいと技能実習生として来日することを決意し、手数料1,500米ドルと「保証金」1万米ドルの計1万1,500米ドルに上る渡航前費用を送り出し機関に払い、19歳の時に来日し、技能実習生として就労した。「保証金」が契約期間を満了し、帰国すれば返金されるものだが、もしなにかの事情で契約を満了できなければ、かえってこない。

生活の苦しいトゥアンさんの家族に1万米ドルを超える渡航前費用を捻出することが難しく、費用はすべて借金でまかなった。トゥアンさんはこれだけの借金をしてでも、送り出し機関の喧伝する「稼げる日本」で働いて、高い収入を得ることにより、家族の生活を改善したかったのだ。

一方、トゥアンさんは日本では工場で金属塗装の仕事をしていたものの、彼は職場で1年以上にわたり週1度の頻度で日本人社員から殴られ、また毎日のように怒鳴られていた。

トゥアンさんは暴力と暴言に悩み困り果てていたが、借金をして来日していたため、途中で「強制帰国」させられると、「保証金」は返金されない上、借金だけが残ることになる。

トゥアンさんは警察に行くことも考えたものの、「強制帰国」を恐れ、結局のところ、警察には行けなかった。

この半面、トゥアンさんは、日本側の監理団体には当初から職場での暴力と暴言について相談していたものの、監理団体側はトゥアンさんに「がんばってください」と言うだけで、なにもしてくれなかったという。

トゥアンさんは暴力を受けていた期間、警察だけではなく、労働組合やJITCOなどへの相談も頭に浮かんだものの、「強制帰国」を恐れ、誰でも相談できなかった。

ニュンさんはやっとの思いで、外部への相談に踏み出したが、トゥアンさんは外部には相談できなかった。2人の事例からは、技能実習生が相談相手を見つけることが難しいこと、相談先をみつけたとしても容易には相談に踏み出せないということが浮かび上がる。(「孤立する技能実習生(3)実習生を「顔の見えない」存在にしないで、「助けて」と不安募らせる故郷の家族」に続く。)

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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