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なぜ我々は「結果の平等」が好きなのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 日本でも格差社会が激しく進行しているが、よく「富の再分配(redistribution of wealth)」などといわれる。非現実的な自己責任論をブチあげて炎上した落語家もいたが、人間は平等や不平等、正義や不正義について敏感で研究も多い。

資源の分配の方法

 人類学の見地から平等と不平等を考えた場合、これはなかなか複雑な性向や心情で単純ではないことがわかる(※1)。貸し借りの関係を避けるために貧者も富者へ贈与したり、富者への陰口が心理的な圧力になっていたりするわけだが、ようするに人間には一方的な施しを恥とする感覚が備わっているようだ。

 スイスの心理学者、ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)や米国の心理学者、ローレンス・コールバーグ(Lawrence Kohlberg)は、人間の道徳形成を自他の関係性の発達から分析した(※2)が、発達心理学などの研究分野では幼児に協力してもらった実験が多い。人間は資源の分配に対し、1歳児でも敏感に反応する(※3)。

 これまで資源の分配についての実験や研究は多かったが、すでに富者と貧者に分けられた後に資源を同じだけ分配される(結果はイコールではない)ことと、富者と貧者の資源を調整して富者も貧者も平等になるよう結果的に同じように分配される(結果がイコール)ことは違う。この違いについて、神戸大学の大学院人間発達環境学研究科の研究者が新たな論文を発表した(※4)。

 神戸大学のリリースによれば、5〜6歳児の幼児24人、大人(大学生)34人について資源の分配について実験したという。まず、全員に飴玉が好きなこと、ビー玉を飴玉とみなしてくれることを確認した後、参加者とパペット(ウシとクマのぬぐるみ)2体で、ビー玉の分配方法など条件を変えながら調査を行った。

 くじ引きで、最初に参加者が資源(飴玉に見立てたビー玉)を持つ場合3パターン、最初に2体のパペットそれぞれが資源(飴玉に見立てたビー玉)を持つ場合3パターンに分け、合計6パターン(2体のパペットで実際は12パターン)で実験した。一方のパペット(ウシ)には「結果が同じ分配」になるように、一方のパペット(クマ)には「分け方が同じ分配」になるようにした。

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赤い玉(飴玉に見立てたビー玉)は最初に分配される資源、黒い玉は新しく分配される資源。上はあらかじめ参加者が資源を、下はあらかじめパペットが資源を持つ。ウシのパペットでは結果に関係なく全て参加者と同じだけの資源が分配され、クマのパペットでは結果が異なり、参加者が結果的に多くなったり少なかったりする。Via:神戸大学のリリースより

結果が同じ分配を好む

 参加者にどちらのパペットへの分け方が好きか尋ねたところ、幼児も大人も「結果が同じ分配」のほうが多く好きと答えた。幼児の場合は、自分が事前に多く持っている条件で「分け方が同じ分配」のほうをより多く好きと答えたが、「結果が同じ分配」では自分の取り分が少なくなる場合では幼児も「結果が同じ分配」のほうを好んだ。この結果により、これまでの平等な分配に関する研究で意味する「平等分配の好み」とは、「結果が同じ分配への好み」であることがわかったという。

 人間の実世界では、生まれながらの平等というのはあり得ない。誰しもスタートで有利な環境にいたりハンディキャップがあったりする。研究者は、この実験研究により、そうした状況で参加者(幼児と大人)がどのような心理状態を抱くのかを示しており、一部の人だけが物資をもっている状況で新たな物資を均等に分配する際、分配者はそれなりの説得力のある説明を用意すべきではないかという。これは、単に幼児や個人の問題ではなく、組織やコミュニティ、国レベルでも当てはまる可能性がある。

 国会ではいわゆる「働き方改革」なるものが議論されているが、その背景にあるのは学歴や正規・非正規を含めた格差社会だ。我々が結果の平等をより好むというのは、考えてみれば当然だろう。格差が世代を超えて引き継がれ、その差が広がりつつある中、結果の平等を求める人間の不公平感についてよく知らなければならないのかもしれない。

※1:編者:寺嶋秀明、『平等と不平等をめぐる人類学的研究』、ナカニシヤ出版、2004

※2-1:Jean Piaget, "The moral judgment of children." Alcan, 1932

※2-2:Lawrence Kohlberg, "The Claim to Moral Adequacy of a Highest Stage of Moral Judgment." The Journal of Philosophy, Vol.70, Issue18, 1973

※3:Alessandra Geraci, Luca Surian, "The developmental roots of fairness: infants’ reactions to equal and unequal distributions of resources." Developmental Science, Vol.14, Issue5, 1012-1020, 2011

※4:Hajimu Hayashi, "Preference for distribution by equal outcome in 5- and 6-year-old children." European Journal of Developmental Psychology, doi.org/10.1080/17405629.2018.1428896, 2018

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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