Yahoo!ニュース

インフルエンザの診断に迅速検査は本当に必要?

忽那賢志感染症専門医
インフルエンザ迅速診断キット(筆者撮影)

インフルエンザが流行入り

今年のインフルエンザは流行開始が早く、12月25日の時点で定点当たり報告数は21.22となっており、正月はまさに流行のピークに近づいています。

インフルエンザ流行マップ(国立感染症研究所 第51週 2019年12月25日現在)
インフルエンザ流行マップ(国立感染症研究所 第51週 2019年12月25日現在)
インフルエンザ過去10年間との比較グラフ(国立感染症研究所HPより)
インフルエンザ過去10年間との比較グラフ(国立感染症研究所HPより)

インフルエンザ流行シーズンのこの時期、受診する患者さん全員が鼻に綿棒をホジホジされインフルエンザ迅速検査を行っているという風景が日本全国でみられますが、インフルエンザの診断に必ずしもこの迅速検査が必要ではないということをご存知でしょうか?

インフルエンザの迅速診断キットとは

インフルエンザの迅速診断キットはイムノクロマト法と呼ばれる方法でインフルエンザ抗原を検出するものです。

インフルエンザ迅速診断キット(筆者撮影)
インフルエンザ迅速診断キット(筆者撮影)

このAのラインに線が入ればA型インフルエンザ、Bのラインに線が入ればB型インフルエンザを意味します。Cに線が入ればC型インフルエンザ・・・というわけではなく、これはコントロールのCで、検査が正しく行われたことを表すものです(ちなみにC型インフルエンザというものも実際にあり、稀に人間にも感染します)。

さて、このインフルエンザ迅速診断キット、約10分でインフルエンザが診断できるというものでありまして、優れものであるのは間違いないのですが残念ながら万能ではありません。

最も大きな落とし穴の1つはその感度です。

感度というのは「本当にインフルエンザであるヒトのうち、このインフルエンザ迅速診断キットで陽性となるヒトの割合」のことです。

インフルエンザ迅速診断キットの感度はだいたい60%くらいと言われています(Ann Intern Med. 2012;156(7):500.)。

つまり!インフルエンザの人が100人いたら40人は迅速診断キットをやっても陰性と出てしまうということです!

特にインフルエンザを発症して間もなくは陰性になりやすく、発症12時間以内だと感度は35%だった、という報告もあります(Eur J Pediatr. 2011 Apr;170(4): 511-7.)。

感度35%というとインフルエンザであっても陽性と出る人の方が少ないということになります。

もちろん多くの医師はこの「迅速診断キットは発症早期は感度が悪い」という事実を知っています。

しかし、肝心の迅速検査の結果の用い方がしばしば間違っていることがあります。

発症してすぐ検査したインフルエンザ迅速検査が陰性、どう対応する?

数年前、うちの娘が39℃の発熱と咳、咽頭痛のため妻に連れられて近くのクリニックを受診しました。

娘のクラスではインフルエンザが流行っており、学級閉鎖寸前です。

隣の席の子も数日前にインフルエンザと診断されたそうです。放課後に一緒に遊んでいた子もインフルエンザで休んでいます。

クリニックの医師も当然インフルエンザっぽいと思ったはずです。

しかしうちの娘は熱が出てからまだ6時間くらいしか経っていません。

このとき妻がなんと言われたかといいますと、

「今日は検査しても陽性と出ないだろうから・・・また明日来てください」

でした。

さて、この対応は正しいのでしょうか?

流行期にインフルエンザ様の症状があれば80%の確率でインフルエンザ

私の娘のときのようにインフルエンザで学級閉鎖になりそうな学校に通っている小児が高熱と咽頭痛、咳嗽があればそれはもうインフルエンザの可能性が非常に高いと言えます。

インフルエンザ流行期にインフルエンザに矛盾しない症状(発熱+咳+α)があれば約80%の確率でインフルエンザであったという報告もあります(Arch Intern Med. 2000 Nov 27;160(21):3243-7.)。

周辺の感染者の状況が確認できれば確率はさらに上がるでしょう。

この場合、わざわざ翌日に再度受診させてクリニック内で感染を広げる必要はありません(私もされたことありますけど、あの鼻ホジホジ辛いですしね)。

私の娘の場合、最初からインフルエンザ迅速検査は不要だったと考えられます。

インフルエンザの診断に迅速検査は不要

患者さん側もときどき「とりあえずインフルエンザの検査をしてください!」と言って来院される方がいらっしゃいます。

迅速検査をしてインフルエンザかどうか診断してほしいというわけです。

これは医師でも誤解していることがあるのですが、インフルエンザと診断するのは迅速検査ではなく、医師です。

医師が流行状況、インフルエンザ患者との接触歴、症状、診察時の所見からインフルエンザと判断すれば、診断はインフルエンザと言い切って問題ありません。

前述のように、迅速診断キットには限界がありますのでインフルエンザの診断のために迅速診断キットを使用しないという選択肢も十分にありえるのです。

というわけで私はインフルエンザ流行期には臨床像が非典型的など悩ましい事例を除いてほとんど迅速検査をしません。

患者さんにも

「私の見立てではあなたはインフルエンザの可能性が極めて高いと思います。迅速検査にも限界があり、あなたがインフルエンザであったとしても4割は陰性と出ますので、検査をする意義は乏しいと思います」

などとご説明し、ほとんどの患者さんにはご納得いただいています。

迅速検査をしなくても診断書も書けます(インフルエンザウイルスがA型かB型かは分かりませんが診断書に書く必要はありません)。

医師も患者さんも、迅速検査の結果に振り回されないようにしましょう。

ちなみにそれほど症例が多くない流行早期にはインフルエンザの検査前確率(検査をする前の時点で目の前の患者さんがインフルエンザである確率)はそれほど高くないので、流行の度合いによっては私もインフルエンザ迅速診断キットを使用することはありますし、医師の迅速診断キットの使用を否定するものではありません。

検査は正しいタイミングで使い、正しく解釈することが大事なのです。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

忽那賢志の最近の記事