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月9『ナイト・ドクター』と日曜劇場『TOKYO MER』、並走する「救命ドラマ」の異なる方向性

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

フジテレビの月9『ナイト・ドクター』に続いて、TBSの日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』がスタートしました。

2つの放送局の代表的ドラマ枠で、同時に「医療ドラマ」が登場したこと。しかも通常の医療ではなく、「救命」という共通点を持つことが興味深いです。

医療ドラマは、どれだけ娯楽の要素を含んでいても、本質的には<社会派ドラマ>です。なぜなら、医療システムは社会システムそのものでもあるからです。

また、現在ほど医療が危機に直面している時代はありません。そして、市民の間に医療に対する危機感や不安感が充満している時代はありません。

それでいて、医学や医療の世界は外部からうかがい知ることが難しい。視聴者が持つ医療への関心こそ、医療ドラマが支持される要因の一つです。

思えば、医療ドラマの主人公である医師は、基本的に「強き(病気)を挫き、弱き(患者)を助ける」存在だと言えます。つまり、「ヒーロー」の要素を持った職業です。

これまで医療ドラマの多くが、生と死という究極のテーマを扱う<ヒーロードラマ>だったのはこのためです。その代表格が、米倉涼子主演の『ドクターX』シリーズ(テレビ朝日系)ですね。

救命救急チーム<TOKYO MER>は、事故や災害の現場に、大型の療用特殊車両で駆けつけます。しかし、大活躍を見せるのは、あくまでもリーダーの喜多見幸太(鈴木亮平)です。

その勇姿は、「私、失敗しないので」と豪語する、ドクターXこと大門未知子を思わせる。まさに「スーパー救命救急医」です。

昨年から続くコロナ禍で、私たちは逼迫(ひっぱく)する医療現場のリアルを見聞きしてきました。以前のように、医療ドラマをエンタテインメントとして無邪気に楽しめない人も少なくないでしょう。

いや、だからこそ逆に、喜多見が見せる、躊躇(ちゅうちょ)なき、その「スーパーぶり」に留飲を下げ、拍手するのかもしれません。

ただし、毎回のラストで、「死者ゼロ!」と歓喜するお決まりのシーンは、あまり感心しません。

一方の『ナイト・ドクター』は、ある病院が試験的に発足させた、夜間救急医療の専門チームです。メンバーは波瑠が演じる主人公、朝倉美月を含む若手医師5人。

しかし、腕のいい美月も成瀬(田中圭)も、いわゆる「天才外科医」や「スーパードクター」ではありません。時には救えない命もあるのです。

この作品では、医師たちの活躍ぶりよりも、彼らが悩みや葛藤を抱えながら成長していく姿に重点が置かれています。医療ドラマでありながら、青春群像ドラマの色合いが強い。

それでいて、医師が抱える現実的な欲望や、仕事に対する割り切れなさ、さらに医療現場に対する疑問までも描こうとする姿勢に好感が持てます。

並走する2本の「救命ドラマ」。対照的なそれぞれの持ち味を堪能していこうと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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