「働き方改革」のしわ寄せも――メンタル不調は「40代・男性」が最多、予防・復帰のポイントとは
職場で起きるメンタルヘルス不調、若い世代に多そうな気もしますが、日本産業カウンセラー協会が6月に発表したリリース*1によれば、全国で「メンタル不調・病気」を原因として相談を受けた人のうち最も多かったのは「男性・40代」であり、4分の1を超えていました。
リリースでは「中間管理職にあたる世代で『メンタル不調・病気』の悩みを抱える方が多くなっている現状がある」と分析しています。
社会人として経験を積み、管理職として現場を率いる立場の人がなぜメンタルヘルス不調に陥ってしまうのか?そして、いったん不調に陥った人に、どんな支援が必要なのか。
具体的な事例をもとに、実際に企業で職場復帰の支援を行っている産業衛生専門医の平岡美佳さんにポイントを伺いました。
働き方改革のしわ寄せで業務が増え、睡眠不足に陥った40代男性管理職
松田康志さん(仮名・43歳)
10名の部下を持つサービス業の管理職。メンタルヘルス不調に陥ったきっかけは、皮肉なことに会社の方針による「働き方改革」、つまり長時間労働対策だった。
会社より、職場での残業時間(時間外労働)を減らすように指示があり、特に組合員である部下に関しては厳しい上限が設定された。
しかし業務の量そのものは減らされず、効率化の工夫だけでは現場が回らなくなる。
そこで松田さんは、会社側には申告せず、休日出勤や自宅への仕事の持ち帰りを繰り返すようになった。睡眠時間は、平均で4時間ほどしか取れない日々が続いていた。
睡眠不足の中で膨大な仕事をこなす中、うっかり起こしてしまった書類上のミスにより顧客とトラブルが発生。
対応に追われ、さらに睡眠時間を削らざるを得なくなる悪循環に陥る。
自宅に戻って床についても仕事が頭から離れず、浅い睡眠のなかでもクレーム対応をする夢を見るような状態となった。
ある日、起床後にどうしても体が動かず、出社ができなくなる。家族の勧めで精神科を受診した結果「抑うつ状態」と診断された。主治医からは3か月間は休業という指示が出たうえで、内服薬による治療が始まった。
注)複数のケースを組み合わせた架空の事例です。実在の個人ではありません
ーー社会として働き方改革が叫ばれる中で、現場を回さなければならない、いわゆる「中間管理職」へのしわ寄せが強まっているという指摘があります。松田さんのようなケースは、珍しいものではないのでしょうか?
(平岡)はい、実際に企業でも、メンタルヘルス不調の相談にいらっしゃる40代以降のベテラン層や管理職層の方もめずらしくありません。
これは年代を分けたデータではありませんが、厚生労働省*2によれば、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合は0.4%となっています。
ざっくり言うと、250人規模の会社であればメンタルヘルス不調により休業している従業員が1人はいる、ということになります。決して少なくない数であり、いつ自分や自分の身近な人が陥っても不思議ではありません。
重要なのは、メンタルヘルス不調になるのを防ぐのはもちろん、いちど不調に陥った人がスムーズに職場復帰できる環境をいかに作るか、ということです。
企業側から見ても、時間をかけて育成し現場のキーマンとなっている中間管理職が復帰できずそのまま退職、となってしまえば大きな損失です。
ーーメンタルヘルス不調による休業からの職場復帰において、何がポイントとなるのでしょうか?
様々ありますが、特に重要なのは、その人が復帰した場合に「どのくらい働けるのか」を正確に見極めることです。業務遂行能力とか、職務適性評価と言われることもあります。
例えば睡眠障害が休業時に比べればかなり改善したとはいっても、週に1回どうしても寝坊してしまう、ということがあれば管理職として働く上では致命的な問題となりかねません。
また、たとえ治療によって睡眠障害や抑うつ気分などメンタルヘルス不調の症状は改善したとしても、職場の業務量が相変わらず過大であれば元の木阿弥です。
私たち産業医は、職場復帰を希望する方と面談を行うことがあります。たとえ主治医が「職場復帰可能」と診断し、さらに本人が復帰を希望したとしていても、総合的に考えて職場復帰が難しいと判断すれば「不可」とするケースもあります。
少し厳しいと思われるかもしれませんが、職場は病院のような治療の場ではないため、「働けない」状態で無理に復帰してしまうと、症状悪化による再休業や退職など深刻な事態を生んでしまいかねないのです。
ーーなるほど。「どのくらい働けるか」については、どのあたりを見て判断されるんですか?
産業医は職場復帰支援の際には大きく次の3点に注目して業務遂行能力や職務適性を評価しています。
1)生活リズムが整っているかどうか
睡眠や食事などの生活リズムが整っていない状態では、職場復帰はうまくいきません。
多くの場合、職場復帰のためにはフルタイム勤務できることが条件となります。日常的に一定以上の昼寝を必要とする状態や、起床時間が始業に到底間に合わない状態では、まだ早いという判断をせざるを得ません。
こんな状態で無理に職場復帰をすれば、短期間のうちに再休業となってしまうでしょう。
そのため、生活リズムの確認・共有のために休業者本人から情報をもらったり、主治医と連携をとったりすることはよくあります。
2)体力(日中の活動性)が十分かどうか
デスクワーク中心の職場であっても、毎日所定の時間、席で作業をすることは意外と疲れるものです。
休業中にあまり活発でない生活をしていると、職場復帰後にリズムがつかめなかったり体力面でついていけなかったりして、早期の挫折につながるリスクが高まります。
ですので、いわゆる「体力」がどれだけ戻っているかを評価します。
休業中のかたにお勧めするのが、実際の仕事や通勤を想定して「練習」をしておくことです。具体的には、図書館などで新聞や本を読んだり、何らかのレポートを作成したりすることをお勧めすることが多いです。
また毎日30分のウォーキングや週2回のジムでのトレーニングなど体を動かすようにすると、体力の回復だけでなく精神的にも安定し、職場復帰への自信となることがあります。
3)不調に陥った原因の整理と再発防止対策が済んでいるかどうか
典型的なうつ病の場合、治療により回復すれば、一般的にはもとの職場でもとの職務を果たすことが可能です。
一方、本人の適性や人間関係トラブルなどが不調の原因である場合には、単純な元職場復帰ではうまくいかないことが予想されます。
別の職場、別の人間関係の環境への職場復帰が望ましいこともありますし、本人が何らかの訓練を受ける必要があることや、職場側への教育が必要なケースもあります。
産業医は会社の状況と本人の事情や適性を知り得る立場にあるため、適正配置について検討・助言したり、本人や職場へ指導したりすることで職場復帰を支援します。
状況は個別に異なるため、それぞれのケースで具体的に問題をひとつひとつ整理して対策を検討・立案することと、対策の実行を支援することが重要です。
事例としてあげた松田さんのようなケースであれば、根本の原因である「管理職が過重に働かなければならない職場環境の改善」が必要です。具体的には、管理職層を含めた勤務時間の把握を徹底するような対策が考えられます。
そして同時に、松田さんご自身にも、「(良かれと思って)自分ひとりで何とかしなければならない」という考え方を変えるトレーニングを受けていただくのも有効かもしれません。
例えば精神療法の一種でうつ病などへの効果が実証されている認知行動療法を通じて、ご自分の経験した状況やその時の自分の考え方を振り返ることなどが考えられます。
「抱え込まず早めに上司や周囲に相談し、納期の調整依頼なども検討したほうが良い」などと考えられるようになれば、トラブルが起きた時により前向きな対応をとりやすくなります。
ーーいま、仕事によるメンタルヘルス不調に悩んでいたり、休職からの復帰を目指したりしている人にメッセージをお願いします
(平岡)メンタルヘルス不調は誰でもなりうるものですし、治療のために仕事を休む必要が出てくることも少なくありません。
1か月以上など一定以上の期間仕事を休むことに抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、しっかり回復してまた職場で活躍するための準備期間として必要な時間です。
また、職場復帰の際に焦ってタイミングを早めると再発、再休業のリスクが高まるため、慎重に進めなければいけません。
本人、主治医、職場(管理監督者、人事部門等)といった関係者間の連携や情報共有が十分に行われるかどうかも職場復帰支援においては重要なポイントですが、これは仕事や職場のことを良く知っている産業医が間に入ることでよりスムーズになります。
次のイラストに、職場復帰の際に関わる企業内での職種についてまとめました。企業ごとにケースバイケースな部分もあるのですが、参考にしてみてください。
【取材協力】
平岡美佳さん(産業衛生専門医)
大手製造業の産業医。メンタルヘルス対策や海外で働く人の健康管理などに関する実務や施策づくりのほか、健康情報の発信にも力を入れている。
産業医広報推進部
働く人の健康を守るための学問である産業医学を専門とする5人の専門家チーム。
【参考資料】
1)一般社団法人・日本産業カウンセラー協会 6月12日プレスリリース「男性管理職のメンタル不調は深刻化か?メンタル不調の悩みの約4分の1は40代男性から!」
2)平成29年労働安全衛生調査(実態調査)