日本柔道 2人の「会長」の歴史的対話――全柔連と被害者の会の初協議会 事故対応委員会の設置は吉か凶か
スポーツ競技団体と事故被害者との連携――新しい時代がはじまる
7月30日午後、講道館の会議室にて、2人の「会長」が顔を合わせた。一人が、「全国柔道事故被害者の会」の会長である村川義弘氏、もう一人が「全日本柔道連盟」(全柔連)の会長である宗岡正二氏である。これまでけっして交わることのなかった二者が、柔道の重大事故防止に向けて、ついに「協議会」というかたちで、話し合いのテーブルについたのである。
スポーツ競技団体と事故被害者団体が手を携えるということは、じつに画期的なことである。そもそも特定のスポーツ競技に限った被害者団体というものが、全国柔道事故被害者の会以外には見当たらない。ましてやその被害者団体が、当のスポーツの全国組織と協議会をもつなど、まったくの新しい動きである。これは、日本の柔道史、延いてはスポーツ史において後々、「事故被害防止の出発点」と振り返られるべき重大な動きであると言える。
「いまこそ、柔道を立て直さなければ、柔道に未来はない」
協議会には、被害者の会から村川会長と田中副会長他5名(被害児童・生徒の母親)の計7名が、全柔連からは、宗岡会長と山下泰裕副会長、近石康宏専務理事のトップ3と幹部4名の計7名が出席した。
全柔連からは、現在進行中の安全対策について説明があり、被害者の会からは、母親による個別事故事例の経緯と7項目の要望を記した「要望書」の内容について、説明があった。被害者の会が、要望書の説明に入る前に個別事故事例を紹介したのは、具体的な現実を全柔連の首脳陣に知ってもらいたかったためである。「たくさんの具体的な悲しみや苦しみがあり、だからこそいま、ここに要望書がある」と被害者の会の村川会長は語る。
要望書には、指導者資格の厳格な適用(事故や事件を起こした場合の資格はく奪を含む)や、事故発生時の第三者による調査機関の設置など、計7つの項目が記されていた。全柔連は,重大事故の多発だけでなく,助成金の不正使用や女子強化選手へのハラスメント問題で窮地に立たされている。「いまこそ、柔道を立て直さなければ、柔道に未来はない」と村川会長は全柔連首脳陣に訴えた。
「重大事故総合対策委員会」の設置は吉か凶か
被害者の会が提案した、事故発生時の第三者による調査機関の設置については、全柔連側もすでに同種のものを準備していた。有識者を含む15名から成る「重大事故総合対策委員会」(仮称)である。被害者の会の要望とも重なり、この委員会は迅速に整備が進められると考えられる。ただしここで、これまでさまざまな学校事故対応を見てきた私の経験から、一つだけ注意を促しておきたい。
被害者の立場を重視した事故対応委員会は、両刃の剣である。これまで個別の事故に対して、全柔連側がほとんど見向きもしなかったことからすれば、なるほど事故対応委員会の設置は大きな前進である。その点は、高く評価したい。
しかしながら私は、その委員会の善意なる活動が、事故被害者の口を封じてしまうことにならないかと危惧する。競技団体側が、誠意をもって被害者に対応しようとするほど、被害者は文句が言いにくくなることがある。
事実究明なくして再発防止なし
被害者の不満が生じやすいのは、事実究明を疎かにしたままに、誠意や善意が示されるときである。たとえば学校の部活動で死亡事故が起きたときに、学校や教育委員会が十分な調査もしないままに、「命を大切にしましょう」と集会を開いたり特別なイベントを催したりする場合である。遺族はその前にまず、何が起きたかを知りたいのである。
万が一事故が起きてしまったときには、何よりも事実究明を優先させること。事故現場にいた指導者や生徒から、事故状況について迅速に聞き取りをおこない、どのような経緯で事故が発生したかを速やかに明らかにしなければならない。その作業を怠ったままに再発防止というきれい事を言っても、被害者は納得しない。そもそも、事実が何かもわからずに再発防止策など立つはずもない。「事実究明なくして再発防止なし」である。村川会長は、全柔連と手を結んだとしても、「自分たちはつねに全柔連のチェック機関として機能したい」と主張する。そのチェック機能に期待したい。
被害者の会も全柔連も、目指すべき方向は同じ、重大事故の防止である。そのためには事実究明を第一とすること。それこそが、柔道再生に不可欠の要件である。