Withコロナ時代の「新しいスポーツ中継体制」が始まる。日本テレビが切り拓く中継放送の未来
コロナ禍で新しいスポーツ中継の挑戦が、今はじまる
コロナ禍において観光・ツーリズムや飲食業とならび、大打撃を受けたのがスポーツ・エンターテインメント産業だ。スポーツ・エンタメの先進国アメリカでも同じ状態だが、関係者は指をくわえ推移を見守っていたわけではなく、バーチャルスタジアム、オンライン応援、ベッティングなど次々と新しい手を打っている。
そして、スポーツ中継でも新しい挑戦が始まる。
常にスポーツ放送において時代のパイオニアとなってきた日本テレビが、9月12日(土)17時キックオフの女子サッカー・なでしこリーグの「ベレーザ VS INAC神戸レオネッサ」戦の地上波中継・ライブ配信において「日テレリモートプロダクション」という、Withコロナ時代、5G時代を見すえた新しいスポーツ中継体制を実現させる。
こちら地上波ではディレイ放送、オンライン配信は以下の日テレTADAでライブ配信(無料)などで視聴可能となる。https://cu.ntv.co.jp/
テレビ中継技術や放送体制が進化する機会
日本テレビ放送網株式会社(本社:東京都港区、代表取締役 社長執行役員:小杉善信、以下 日本テレビ)が日テレリモートプロダクションで進める放送9月12日(土)プレナス なでしこリーグ1部「日テレ・東京ヴェルディ ベレーザvs INAC神戸 レオネッサ」、そして18日(金)〜20日(日)「プロ野球イースタンリーグ 読売ジャイアンツ対東北楽天ゴールデンイーグルス」だ。
担当するのは、日本テレビスポーツ局チーフプロデューサー・東京五輪/サッカー中継担当の市川浩崇(ひろたか)氏(46)だ。市川氏は慶應大学出身で在学中はスケート部スピード部門に所属した根っからのスポーツマン。入社時からスポーツ局配属というスポーツ放送一筋である。本放送に向けて超多忙ななか、お話をうかがった。
ー 新型コロナ/COVID-19でメディアも多大な影響を受けたと思います。解決策の一つが今回の「リモートプロダクションシステム」と思いますが、うまくいけばテレビ中継技術や放送体制が次のステップへ進化するチャンスでもあります。どういった経緯でこのシステムは生まれたのでしょうか。
市川 もともとは東京オリンピックの中継体制構築のなかで、国際映像センター内や国立競技場脇の特設スタジオを弊社の汐留本社から遠隔スイッチで機材コントロールする“リモートプロダクション化”というプランがあったのです。
ー 以前から構想としてあったのですね。
市川 これは予算の効率化というよりも、働き方改革がメインだったんです。五輪では施設に立ち入ることができるスタッフIDの数が極端に制限されています。約3週間でほぼ24時間体制で続く五輪中継や報道に対応する現場の技術・制作スタッフは交代がままなりません。期間中に極端な超過勤務になってしまうことが労務上の大きな問題でした。
一方で、ID枚数の制限をまったくうけない本社側へオペレート部分を分散すれば、複数の人間でシフト制を導入し健全化をはかれます。この観点から始めたのが五輪のリモートプロダクションシステムなのです。現場から本社への全カメラ映像および音声を束ねて送る方法や回線の研究、逆に本社から現場への指示系統や制御信号の戻し方など多くの課題点の洗い出しとテストができていたんです。
でも、そのなかで3月に東京五輪が延期となり、すべてのスポーツ中継が軒並み中止や延期の判断が続きます。本当に残念な出来事ですが…。緊急事態宣言が終了した後、再開を目指す各スポーツ団体側からはテレビ中継局側にも感染症拡大防止対策を相談されるようになりました。選手だけでなく観客や関係者すべての健康を守ることが目的です。少しでもリスクを減らすためにできることはないか…考えた末、五輪で検討していたリモートプロダクションを今回は衛生管理対策を主目的に導入していくことが解決策の一つになる、という結論に至ったのです。
ー そういった経緯だったのですね。でも、今後の中継放送を考えると、結果をみてみないと分からない部分もありますが英断なのではないのでしょうか。来年の五輪に向け放送面でも新しいフォーマットが必要です。
市川 厳しく管理された本社に中継機能をなるべく移管し、現場の競技場に出向く人員を可能な限り絞る。これができれば不特定多数の関係者と物理的な接触の機会が大幅に減り、大会側も放送側もお互いにリスク軽減することが可能となります。
なでしこリーグの試合で歴史的な挑戦
ー とはいえ、初めてのことばかりです。本放送の日が迫るなか、実現するまでの苦労や課題は絶えないのではないでしょうか。
市川 現場のカメラマンと本社のスイッチディレクターのタイムラグをどう埋めて、相互コミュニケーションラインをどう構築していくか。現場と本社の心の距離を埋めることができるか、が最大の課題ですね。
まずは現場の全カメラの映像を本社のコントロールルームに届ける回線の選定が重要でした。衛星を使うと1秒あまり遅延が起こりますので、今回は遅延が比較的少ないIP回線を本命に遅延がほぼ無い地上マイクロ波を予備に複数同時に利用し、ラグの差を検証していくことに。同時に本社からのディレクターの指示音声や制御信号やスイッチされた中継映像の送り返しも、すべてが同じIP回線の双方向伝送利用で進めます。
例えば12日のなでしこリーグの試合では、本来すぐ隣の中継車で行う業務の根幹部分を12キロ離れた西が丘-汐留間でもストレスなく円滑なコミュニケーションやリアクションタイムで実現できるのか。私自身は新しい試みをとても楽しみにしています。
海外の取材現場を東京・汐留本社からオペレートする時代
ー なでしこリーグの翌週には18日(金)〜20日(日)プロ野球イースタンリーグの巨人対楽天(日テレジータス)での生中継も待っています。今後はどういった展開を考えられていますか。
市川 今回は有人カメラマンでの小規模台数の中継なのですが、徐々に大規模台数を制御できるかなど拡げていきます。本社からの制御信号が遅延少なく送れるなら、無人リモコンカメラをオペレートすることも可能になります。こちらも併せてテストしていきます。
ー 無人カメラのオペレートなどWithコロナPostコロナ、さらにNextコロナへの転換が進んでいます。物理的な問題の克服はどうでしょうか。つまり距離の問題です。
市川 物理的な距離についてもステップアップを現在進めています。今回の通信環境の良い首都圏でのリモートプロダクションのトライアルが成功しましたら、次は国内出張区域での中継で実証します。
例えばですが離島や北海道・沖縄などの遠隔地でも検証していきます。海外の現場を東京汐留本社でオペレートすることも理論上は可能です。現地外国人カメラマンへ日本から英語で指示して中継をすることになるのでしょうか。将来的には本社に集まることすらせずに、各スタッフが在宅から仮想コントロールルームと仮想現地競技場に集合し、海外の現場には無人リモコンカメラを複数台設置して日本からオペレートして海外生中継を仕切ることすら可能になるかもしれません。まさに、ピンチはチャンスの発想です。
始まりとなった労務対策や、有事の衛生管理対策を超えて、平常化した未来の新しい中継へと夢を広げていきたい。私はそう思っていますし、そんな時代はすぐそこまで来ていると信じています。
(了)