求められるF1改革(1) 〜長すぎる!?伝統的な約300kmのレースにメスを入れるべきか?
2017年のF1世界選手権・開幕戦「オーストラリア・グランプリ」はフェラーリのセバスチャン・ベッテルの優勝で大いに盛り上がった。テストでの好調が伝えられた3年間F1を席巻してきたメルセデス1強時代が終わりを告げたのではないか?そう思わせてくれるフェラーリvsメルセデスのドラマチックな戦いが展開された。
大柄でクイックなコーナリングを見せる迫力あるF1の走りが戻ってきたことは多くのファンにポジティブに受け入れられた印象である。ただ、その反面、予想通り、コース上でのオーバーテイクは少なく、トップ争いはおろか中段争いのバトルも少なかった。この点はガッカリしたファンも多かったようだ。バトルとオーバーテイクが増え、ハラハラドキドキのレースになっていたなら、もっとF1新時代を実感できたかもしれない。
動画:F1公式YouTubeより オーストラリアGPのハイライト(英語)
300kmレースの伝統を守るべきか?
F1の新時代に向けた改革として、近年盛んに議論されているのがF1のレース距離と時間だ。「F1世界選手権」の決勝レース距離は約300km前後と決まっている。「モナコ・グランプリ」(モンテカルロ市街地コース)だけは1968年から約250km前後と少し短いレース距離になっているが、だいたい300km程度のレース距離となる周回数でレースが行われるのが伝統(1950年代は500kmレースもあった)。
このレース距離の定義は長年に渡って変わっていない。雨が降って速度が落ちても2時間以内にレースがおさまるようにレースの最大時間も「2時間」と規定されている。この制限はテレビ中継の放送枠を考えたものであり、通常の晴れのレースではだいたい1時間30分でレースは終了する。ちなみに、先のオーストラリアGPは約1時間24分でベッテルが優勝のチェッカーフラッグを受けている。
短い2レース制のF1
この300kmフォーマットで当たり前に開催されてきたF1のレースだが、1時間30分で終わるレースフォーマットについて、「長い」という意見が近年よく議論されている。最近ではF1前CEOのバーニー・エクレストンが昨年末に英国メディアのインタビューで「40分の2レース制」を提案し、これが賛否両論を呼んだ。
近年、モータースポーツでは2レース制で、1時間以内でレースが終了するフォーマットが増えている。代表的なのがツーリングカーのWTCC(世界ツーリングカー選手権)で、約30分で終了するスプリントレースが2回開催されている。これはプロモーターを務める欧州のスポーツTVチャンネル「ユーロスポーツ」がテレビマンの観点から新たに持ち込んだ概念であり、短いレース距離の方がスタートからの攻防が面白く、視聴者が飽きる前にレースが終わるという考え方だ。
WTCCは「超スプリントレース」を売り物にし、高性能市販車の聖地で1周が約26kmのニュルブルクリンク・北コース(ドイツ)でのレースは僅か3周の周回数で争う。少ないチャンスをモノにしようと多少無理な追い抜きや接触等も辞さないアグレッシブな走りを視聴者に見せることがレースの魅力となっている。
動画:本田技研工業 YouTubeより WTCC Race of Japan 2015 Race1
接近戦のない1時間半
テレビを見るという観点では確かにF1の1時間半は長いと感じる人も多い。F1開幕戦と同日に開催されたオートバイの世界選手権「MotoGP」を見てみよう。先日のMotoGP「カタール・グランプリ」は決勝レース前の降雨でスタートが遅れて周回数が減らされたが、通常はだいたい40分程度でゴールする周回数で争われる。こちらは1レース制だ。
オーバーテイクのチャンスが多く、ライバルとの接近戦が延々と続くことも多いオートバイのレースでは40分という時間も少々長いと感じることがある。特にレース展開が落ち着き、ライバル間の距離が3秒以上離れると途端に飽きが訪れる。ただ、昨今のMotoGPはタイヤ供給メーカー(現在はミシュラン)が様々なバリエーションのタイヤを用意し、その組み合わせでレース展開に変化が起きる。少し落ち着いたレースになっても、柔らかいタイヤを選んで逃げていたライダーのタイムが終盤になって落ち込み、逆に硬いタイヤを選んだライダーが余力の残ったタイヤで終盤にバトルを仕掛けるという構図が毎レースのように繰り広げられ、順位変動や最後のドラマが見所になっている。
このMotoGPのフォーマットは非常にうまく機能しており、テレビ視聴者が一旦落ち着いたところでトイレに行ったり、SNSを見るためにスマホを触って情報を得ることもできる。また、バトルのない単独走行になっても転倒するケースも多々あるため、基本的には最後まで集中して観戦できるのがMotoGPだ。
MotoGP 公式YouTube より 2017年カタールGPダイジェスト
F1の場合、近年のマシンは空力が突き詰められており、前方のマシンが作り出すタービュランス(乱気流)が追うマシンのバランスに影響するため、接近戦が起こりにくい。そのため、ピット作業の速さを突き詰め、タイヤ選択の最適解を予測した戦略で順位を逆転するのが最も無難なレースの進め方だ。オーストラリアGPでフェラーリのベッテルがピット作業で逆転優勝できたのは、まさに現代のF1の象徴的なレース展開だったと言える。
近年はDRS(ドラッグ低減システム)という直線スピードを増加させるギミックによって、コース上のオーバーテイクシーンは増えているが、毎周ごとに使うチャンスがあるものでもなく、何も起こらずにスマホで情報を得たり、解説に耳を傾ける時間も多くなってしまう。テレビでは最後まで見てもらえない=チャンネルを変えられる可能性も高いといえる。
ピットインはF1最大の見所
バーニー・エクレストンが提案した「40分2レース制」のF1は賛否両論というよりは一種のアレルギー反応のような否定的な意見も数多く見受けられた。F1の格式や伝統を重んじてきたエクレストンからの突然の発言に首をかしげるファンも多かった。ただ、F1の2レース制については2015年末のF1ストラテジーグループの会合でも話し合われたことであり、土曜日に予選レースを行うという案もある。ドライバーたちからはこれまでの「伝統」が途絶えることを危惧する意見も出ていた。確かに短距離レースの1戦あたりの勝利の価値は昔と同じものにはならない。
仮に短いレースの2レース制が採用されたならば、F1の一つの見所である素早い「ピット作業、タイヤ交換」を義務化するのか、全く無くすのかという議論も出てくるだろう。ピット作業はテレビにとっても大事な画変わりの要素であり、これが無いとスタートして数周以降は単調なレースになってしまう可能性が高い。
逆に短いレースで「タイヤ交換を義務化」すると、スタート直後にタイヤ交換するドライバーが続出するかもしれない。先にタイヤ交換義務をこなし、ライバルの車列から離れることでタービュランス(乱気流)を受けずにスムーズに走った方が速く走れるケースが多いからだ。スタートに成功して上位進出したドライバー、印象的なバトルをレース中に見せたドライバーがタイヤ交換のためにピットに入ったら、先にピットに入って誰ともバトルをせずに走り続けたライバルに逆転される。国内の「スーパーフォーミュラ」でもしばしば見られた光景だが、毎戦同じパターンになってはそもそも「タイヤ交換を義務化」する意味が無くなってしまう。F1をはじめとするフォーミュラカーレースにおいて、抜きづらいフォーミュラカーをいかにバトルさせるかは既に20年以上に渡っての課題なのだ。
今後、スマートフォンなどのモバイルを使ってライブやオンデマンドでレースの行方を楽しむ人がさらに増加することが予想される。そういったメディアで1時間半に渡って競技を見続けるというのはちょっと辛いものだ。日本ではまだメジャーではないが、あっという間に勝負がつく「ラリークロス」は近年人気を増しており、セバスチャン・ローブなどのラリー世界チャンピオンが参戦するほか、F1を引退したジェンソン・バトンも参戦に興味を示している。こういった今の時代にあった競技に覇権を奪われないために、F1は伝統のフォーマットにメスを入れることになるのだろうか。
動画:世界ラリークロス選手権 公式YouTube