海外で優秀人材を定着化させる人材マネジメント 〜ベトナム企業の取材からわかったこと〜 連載(5)
連載第5回は「コミュニケーション」を取り上げたいと思います。ここでは、発信よりも受信を大切にしている企業ほど、社員定着率が高いという取材記事も掲載します。
コミュニケーションは発信よりも受信が大切
従業員の定着化や戦力化を議論する際に、「コミュニケーション」が問題にされることが多くあります。しかし、コミュニケーションは一言では片付けられない問題です。今回は組織開発におけるコミュニケーションの問題について、考えてみたいと思います。
まずは、私が招聘研究員をつとめる早稲田大学トランスナショナルHRM 研究所が保有する「G-MAP報告書〜日本人グローバルマネージャーのミッション達成の秘訣〜」による調査結果をみてください。本調査は、日本人派遣者880名と現地従業員2192名を対象にしたアンケート調査によって、日本人派遣者のミッション達成と能力との相関性を調査したものです。現地従業員から聴取しているため、実際に現地従業員からどのように思われているのかが、定量的に明らかになったという点で意義のある調査だと私は考えています。
こちらに掲載した表は全体調査のうちASEAN諸国での調査結果のみを抽出したものです。中国やインドを含めた全体調査結果はインターネットでも公開しているので、ご覧ください。
調査結果では、現地人マネージャーの場合と日本人マネージャーの場合の間で差があるものを示しています。ASEAN地区では、日本人マネージャーの分が悪く、トップマネジメントでは一部の項目、ミドルマネジメントでは大変多くの項目において、マイナスの評価をもらっているのが特徴です。
トップマネジメントでみていくと、「対外交渉力が強い」(t値:-4.30)、「人脈(社内・社外)が広い」(t値:-4.24)、「曖昧な状況や誤解を解消しようとする」(t値:-3.33)などで、現地人マネージャーに比較して低い数値がでています。これらは、外国からきたマネージャーということで当然のことと捉えることができますが、逆に言えば、このような弱点を克服できれば、日本人マネージャーであっても現地人マネージャーに負けず劣らず、しっかりとしたマネジメントができるということが言えます。
その他のマイナス項目をみてみても、全体的に今回のテーマである「コミュニケーション」の問題が本質的な原因になりそうです。そこで、今回は「コミュニケーション」部分で大変に有意義な取り組みをしている会社を取材してみました。
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==='''<取材記事>
ドリカムアジア
清水謙治 CEO/建築家
聞き手:佐々木あや
JIN-Gベトナム'''===
ー会社の紹介をお願いします。
弊社はホーチミンを拠点におく日系の内装と設計のデザインをしている会社です。2005年にベトナムにて設立した会社を2007年に買収し、現在に至ります。「春夏冬」「丸亀製麺」「Pizza 4P's」などの飲食店、「JETRO」「電通」「YKK」などのオフィス、「TRUネイル」や「東屋」など、多くの日系企業の内装や設計を行っています。
ー貴社は社内公用語が他社と違うと伺っています。
社内公用語に指定しているわけではないのですが、社内での会話は基本的にすべてベトナム語にしています。4人の日本人も全員、ベトナム語が話せます。基本的な専門用語は3ヶ月で覚えるように伝えていますし、社内会議はベトナム語で行っています。
ー日系企業としては珍しい取り組みですよね。きっかけはあったのですか?
はじめは日本語を使っていたし、今でも日本語の話せるスタッフはいます。ただ、下請けの会社の職人さんは英語も日本語も通じないし、沢山の人がいるので、現場で指示を出すのに必然的にベトナム語でやりとりするようになりましたね。通訳できる人もいたのですが、いつも一緒にいる訳でもないので、必要に迫られてベトナム語を使うようにしていったというところがきっかけです。
ー日本語の話せるスタッフを雇うことを考えないのが興味深いです。
なんでかな。決断が遅くなるからでしょうか。自分の意図をそのまま伝えられないし、伝えないと現場が進まない。自分で本人の話しを聞かないと、間違った認識をしてしまう。とくに専門的な内容なので、自分でやりとりした方がはやい。だいたい、ベトナム人の方が多い環境で、彼らに日本語を習得させるよりも、少人数の日本人がベトナム語を覚えた方がはやいと思っているんです。マイノリティに合わせるつもりはないです。それに、通訳をいれても、それが正しいかどうか分からない。それって、経営者としては恐ろしいことだと思う。契約書も、英語よりもベトナム語が正の世界です。お金のことでごまかしが起こることを防ぐ意味もあります。
ーベトナム語を公用語にした効果はどのようなことでしょうか?
決断が早くなったことのほかには、社員からのコミュニケーションが増えたことです。いつでも話していいよ、という雰囲気を作っていたとしても、100人規模の会社で新入社員が社長へ話しに行くのは行きにくい。例えば、自分の会社の社長がベルギー人で、ベルギー語で話してくれと言われたらハードル高いでしょう。細かいニュアンスまで拾い上げて伝えてくれる通訳がいればいいですけど、そこまでのレベルの通訳はなかなかいない。僕のデスクには、いつも社員の行列ができています。それは、言語の関係が大きいです。この社長は話しを聞いてくれる、ということを社員が理解してくれます。もちろん、中には日本語を勉強したいといって日本語で頑張って声をかけにくる子もいます。そういう時は、日本語で聞きます。つまり、お互いにとって使いやすい言語で話しをしているだけなのです。また、下請けの職人さんたちの、バックマージンの心配がかなり減ります。
ー言語の重要性は理解できても、ベトナム語はとくに習得が難しい言語です。どうやって勉強されたのですか?
学校へは行っていません。教科書類も、ベトナム語入門も、読んだことがありません。すべて現場で職人さんに教えてもらいました。メモもとらない。いい続けたら覚えると思っています。ベトナム語はとにかくヒアリングと発音が難しいので、口や鼻、喉をよくみます。文字をみているとカタカナに置き換えてしまうので。職人さんの口や鼻を実際につまんで構造を見せてもらったり、図面を描きながら鼻の抜き方の練習をしたりしていました。これは笑い話ですが、職人さんから学んでいるので、スラングばかりを覚えてしまって、その点は初め苦労しましたね。
ー従業員マネジメントにおいて、社長が気をつけていることを教えてください。
対人でのコミュニケーションを意識しています。その時に、受け手がひろいやすい言語の方がはやいし正確です。合わせて、日常的なコミュニケーションをとろうとしています。社員の恋人や家族とか、すべて把握しています。新入社員でも、いつもと表情が違うなと思ったら個別で悩みを聞いたりします。トップと下の距離が長すぎるのもよくないので、自分で一番下までおりていって肩を叩きにいくイメージです。規模が大きくなってもその考えは変えていないので、未だに半年に一回は社員全員で集まってパーティーをしています。無礼講も許し、何をされても怒らないです。いつもケーキまみれになります。社員はみんな、家族だと思っていつも接しています。
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さて、いかがでしたでしょうか?
コミュニケーションには「発信」と「受信」の2方向があります。コミュニケーション問題に取り組む時、私たちは「どう伝えるか」、「どう徹底するか」という「発信」部分に着目しがちですが、本当に大事なことは「どう理解するか」「どう共感しあうか」という「受信」であるということがわかります。
「受信」を高めるための特効薬は、現地語を話すこと、食事やタバコ部屋での会話などインフォーマルなコミュンケーション機会を増やすこと、など様々な手段があります。社員意識調査(エンゲージメントサーベイ)を実施して、実態を把握することも有効でしょう。
まずは従業員が何を考えて、何を大事にしているのか、相手が考えていることを「受信」するところからはじめてみてはいかがでしょうか?
(つづく)