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猪瀬知事のイスラム蔑視発言があろうとなかろうと、2020年東京五輪はありえない。もう撤退しましょう!

山田順作家、ジャーナリスト

■翻訳のバイアスはかかっていない発言

これで2020年の東京五輪はなくなった。それほど決定的な内容の猪瀬直樹都知事の発言が『ニューヨーク・タイムズ』紙(2013年4月26日付)によって暴露され、波紋が広がっている。この記事のもとになるインタビューは、4月16日、滞在中のニューヨークで行われた。インタビューしたのは、NYタイムズのベルソン記者で、タブチヒロコ記者も同席したという。

タブチ記者がツイッターで明らかにしたところによると、「記者の翻訳バイアスの可能性を排除するため、公式の通訳さんの言葉を使うことにしました。ベルソン記者や私が翻訳し直していても、あまり内容は変わらなかったと思います」というので、発言内容は確かと思える。

では、その発言のなにが問題なのだろうか?

■イスラム諸国は喧嘩ばかりしていて、階級社会

NYタイムズ記事によると、猪瀬知事は「アスリートにとっていちばんよい開催地はどこか。インフラや洗練された競技施設が完成していない、二つの国と比べてください」とほかの立候補都市に言及し、そのうえで、「しかしイスラム諸国に共通するのはアラーだけで、あとはいつも喧嘩ばかりしている。それに彼らには階級制度がある」と述べている。

さらに「トルコは日本よりも平均年齢がはるかに若く、貧しいので子供がたくさん生まれる。日本は人口増加も止まり、高齢化が進んでいるが健康的で落ち着いた生活を送っている。トルコの国民も長生きしたいと思っているのは同じだろう。彼らは早死にしたくないのならば、日本と同様の文化を創造すべきだ」と言っている。

■謝罪しただけではすまない「イスラム蔑視」発言

以上の発言で、猪瀬知事は、2つのミスを犯している。一つは、ほかの立候補都市との比較論を持ち出したこと。IOCはオリンピックの招致活動についての行動規範で、各都市は互いに敬意を払うべきだとして、ほかの都市との比較を固く禁じている。このルールを破ってしまったのだ。

もう一つは、政治家、リーダーとしてやってはいけない宗教、文化批判をしてしまったことだ。グローバル化で多文化主義がいきわたった世界で、イスラム蔑視観を披露することは、政治家、リーダーとしての見識を疑われる。

IOCの行動規範を破ってしまったことは、もし知らなかったのなら「申し訳ない」ですむかもしれない。しかし、イスラム蔑視発言は、思想・信条の問題だから、謝罪だけではすまない。猪瀬知事は「イスラム教国初の開催というが、それは仏教国初やキリスト教国初と同様に重要な意味を持つものではない」とも言っているので、彼が、イスラムを見下しているのは明らかだ。

■これ以上招致活動をしても五輪は東京に来ない

こうなると、もう致命的である。2020年東京五輪招致は、もともとそれほど盛り上がっていなかったし、開催目的・意義も明確でないので、今回を契機に辞退したほうがいいのではないだろうか?

4月26日、五輪委員会の水野正人専務理事は、招致費用のうち38億円を見込む民間資金が、予定の半分弱しか集まっていないことを明らかにしている。招致予算は75億円で、東京都が37億円を負担することになっているが、民間企業は乗り気ではないのだ。ちなみに、前回の2016年開催招致活動では、150億円を投じ、民間資金不足で6億9000万円の赤字を計上している。

となると、今回も招致失敗は確実だから、税金をドブに捨てる前に、撤退すべきだろう。

実際、これ以上、招致活動をしても東京に決まる可能性はほとんどない。すでに、大勢はイスタンブールに傾いているのだ。日本のメディアは、水を差すのを嫌うので、そういった水面下の話はほとんど報道しないが、2020年五輪は、トルコのイスタンブールで内定している。

■「コンパクトな五輪」「都市力」「安心、安全」にアピール力なし

東京の可能性がなぜないかは、この欄の4月7日のブログ《「2020年東京五輪」落選ショックで、「アベノミクスバブル」は崩壊か? 来年まで持つのか?》に書いたとおりだ。

その内容を繰り返すと、今回の東京のライバルは、イスタンブールとマドリードであり、すでにマドリードは、スペイン経済の低迷で事実上撤退している。となると、ライバルは経済が好調なトルコのイスタンブールだけだが、東京とイスタンブールを比べると、東京はアピールポイントがあまりに乏しいのだ。

東京のアピールポイントは、「コンパクトな五輪」「都市力」「安心、安全」の3つだが、どれも決め手に欠ける。 とくに「コンパクトな五輪」というのは、選手村を中心に半径8キロ圏内に主要な競技会場を集中させる、メーン会場の国立競技場は、8万人収容のスタジアムに大改修するということという。しかし、そんなものに、選手も、観客も興味ないだろう。

また、「都市力」「安心、安全」などは、候補都市ならあって当たり前のことで、わざわざアピールする話ではない。

■リオデジャネイロとパリの間にイスラム初の五輪を!

さらに、もう一つハードルがある。それは、2020年大会の次の2024年大会には、パリが立候補を表明していて、これはすでに決まったも同然ということだ。したがって、IOCとしては、リオデジャネイロとパリの間にどこを入れるかを考えているのだ。

オリンピックというのは、クーベルタン男爵が始めたことでわかるように、元は欧州貴族の社交の場だ。その社交の場で、ゲーム観戦に集まった彼らは、経済の話に熱中する。 

つまり、オリンピックの開催地は、経済発展をしているところではなくてはならないのだ。

となると、現在のトルコ経済が好調なことは、イスタンブールにとって大きなアピールポイントである。トルコの GDP成長率は2010年9%、2011年8.5%と、世界的にも突出して増加している。また、イスタンブールに決まれば、イスラム圏で初のオリンピック 開催となり、これも大きなアピールポイントだ。

しかも、 IOCに連なる欧州の投資家たちが握る欧州資本は、いま大量にトルコに投資さ れている。トルコの銀行システムの大半は、ユーロ圏諸国の銀行によって部分的に所有されている。また、トルコの輸出の半分は欧州向けである。

これで、どうして東京がイスタンブールに勝てるのか? 

NYタイムズ紙の記事を契機に、撤退したほうがお利口だし、税金もドブに捨てないですむと思うが、どうだろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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