時代は再び野宮真貴を、“渋谷系”を求めている--”渋谷系”とバート・バカラックのステキな関係
渋谷系、再評価 野宮真貴、再評価
10月25日、渋谷の街に大歓声が沸き起こった。渋谷・文化村通りをランウェイに見立てて、野宮真貴が渋谷系サウンドに乗って、レッドカーペットを闊歩したのだ。野宮の抜群のスタイル、そのエレガントさに観客の目はくぎ付けになり、また、渋谷系サウンドにも興味津々だった。野宮は、2011年にデビュー30周年を迎え、その記念アルバム『30-Greatest Self Covers & More!!!-』(2012年1月)をリリース。’80年代、’90年代、2000年代を自分のスタイルで、軽やかにそしてエレガントに駆け抜けた彼女に、今改めてスポットが当たっている。アイドルグループNEWSのメンバーで、作家でもある加藤シゲアキの小説「閃光スクランブル」(2013年)の中に実名で登場したり、最近注目を集めているceroなどに代表される”シティポップ”といわれるムーブメントも、その源流は渋谷系にあるといわれているように、野宮が所属していたグループ・ピチカート・ファイヴに代表される渋谷系の音楽が、再評価されているのだ。一説によると渋谷系は、’90年代初頭に渋谷にあったレコードショップ・HMV渋谷店の邦楽コーナーを発信源に拡がっていったともいわれており、そのHMVが今秋渋谷に復活するなど、時代の気分が“機運”となって高まってきている、そんな気がしてならない。
そんな中、野宮真貴が渋谷系の曲をカバーし、また渋谷系のルーツミュージック、アーティストでもあるバート・バカラックをクローズアップしたアルバム『世界は愛を求めてる。 ~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』(11月11日発売)が届いた。
渋谷系とバート・バカラックのステキな関係
当たり前だが、永く聴き継がれている音楽、歌い継がれる音楽、いわゆるスタンダードと呼ばれている音楽のことを名曲と呼び、世界中で愛されているそんな名曲達を数多く生み出しているのが、20世紀最高のヒットメーカーと言われているバート・バカラックだ。ディオンヌ・ワーウィック、カーペンターズ、ダスティ・スプリングフィールド、クリストファー・クロス、名曲「アルフィー」、そして映画『明日に向かって撃て!』のテーマ曲「雨に濡れても」etc…数え切れないほどの「バカラック・サウンド」が、世界中で愛されている。日本では1980年後半あたりから、バート・バカラック再評価の波が押し寄せ、日本のミュージシャンに大きな影響を与えた。そのジャズのタッチと、ラテンのセンス、ポピュラリティと実験的感覚が共存したサウンドは、“オシャレな音楽”には欠かせない要素となった。ストリングス、小粋なホーン、ギターのパーカッシブな表現、とにかくイントロ、メロディ、間奏、全てが聴く人の琴線を捉えて離さない。さらに、確かなロックスピリットを湛えている「バカラック・サウンド」は、日本の様々なジャンルのミュージシャンの“ベース”になっていると言っていいだろう。そんな「バカラック・サウンド」の影響を色濃く受けて出来上がり、一大ムーヴメントになったのがいわゆる“渋谷系”だ。
「ところで渋谷系って何?」という若い人もいると思う。説明しておくと「’90年代初頭に、ピチカート・ファイヴ、フリッパーズ・ギター、オリジナル・ラヴといったアーティストを中心に、カヒミ・カリィ、ラブ・タンバリンズ、ブリッジ(カジヒデキ)といったアーティストが注目を集めたムーヴメントが、いわゆる渋谷系だ。その当時の感覚で言えば、ファッション性の高いオシャレな音楽といったところだろうか」(『世界は愛を求めてる。~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』特設ホームページ)
渋谷系=音楽とアートディレクションが一体になっていた
ピチカート・ファイヴといえば、なんといっても三代目ボーカリスト野宮真貴だろう。渋谷系を「オシャレな音楽」という印象を決定的にしたのはピチカート・ファイヴ、つまり野宮真貴の歌であり、そのファッションであり、小西康陽が作り出す音楽といっても過言ではない。ジャズ、ボサノバ、フレンチポップ、ロックなど様々な音楽のフレーバーが内包され、音ばかりが目立つのではなく、“歌”としてもしっかりと成立していたからこそ評価されているのだ。J-POPでもなく、歌謡曲でもなく、その位置づけが難しいところがオシャレ感を増幅させた。そんな音楽にリスナーは飛びついた。そして渋谷系は音楽だけではなく、ビジュアルと結びついて初めて渋谷系となる。そのキーマンがアートディレクターの信藤三雄だ。フリッパーズ・ギターのアルバム全て、ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラヴ、コーネリアスのCDジャケットは、すべて信藤の手によるデザインだった。
野宮は「私にとっての渋谷系のひとつのキーワードは「オシャレ」。『Olive』(マガジンハウス)という雑誌が好きで、アニエス・ベーのボーダーを着ている女の子がイメージ。実は音楽のジャンルでいうと様々なスタイルがあったし。そういう意味で共通しているといえば、コンテンポラリー・プロダクションの信藤三雄が手がけたCDジャケットのデザインなのかもしれない。それまでの80年代のジャケットからガラッと変わって、CDのパッケージがインテリアとして部屋にも飾れるくらい素敵になった。渋谷系の人たちって、音楽だけじゃなくて古い映画やファッション、写真集やグラフィックデザインにも精通していて、リスペクトをもって自分たちのアートとかすごく好きで、ビジュアルも表現していたから。音楽とアートディレクションの両方が一体となっていたのが渋谷系かな」と、渋谷系には信藤の存在が欠かせなかったことを認めている。
そんな渋谷系の象徴ともいうべき二人、野宮と信藤が再びタッグを組んだのが『世界は愛を求めてる。 ~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』だ。
野宮は、バート・バカラック研究家として有名な坂口修氏をプロデューサーに迎え、2013年から「野宮真貴、渋谷系を歌う。」と題し、バート・バカラック~ロジャー・ニコルズ~村井邦彦~はっぴいえんど~ユーミン~小西康陽~小沢健二ら、文字通り渋谷系のヒット曲とそのルーツになっている名曲をカバーするライヴを、ビルボード東京と大阪で行っている。これが好評で、2014年には「実況録音盤」と題してそのライヴ盤をリリースし、いよいよ新録による「スタジオ録音盤」=『世界は愛を求めてる。 ~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』をリリースする。
気になるそのラインナップを見てみよう。
1「東京は夜の七時」/ピチカート・ファイヴ
“トーキョーは夜の七時”というおなじみのフレーズが4ビートジャズに乗って、これから始まる楽しい時間に向けての大人のワクワク感を表現している。甘すぎずクールすぎず、どこまでもオシャレ。カフェミュージックとしてもお酒を飲みながらでもバッチリ。
2「WHAT THE WORLD NEEDS NOW IS LOVE」/バート・バカラック
イントロからバカラック音楽独特の“至福感”溢れる楽曲。スウィング・アウト・シスターのコリーン・ドリューリーとのデュエット。日本語バージョンは小西康陽が訳詞を手がけ、ピチカート・ファイヴ復活!
3「LOVE SO FINE」/ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ
渋谷系に大きな影響を与えたアルバム『Roger Nichols And The Small Circle Of Friends』(‘68年)に収録されている一曲。“オシャレな疾走感”はこれぞまさに渋谷系という感じ。渋谷の街を闊歩するオシャレな女性――そんな画が浮かんでくる
4「或る日突然」/トワ・エ・モア
この曲の作者・村井邦彦とのデュエット。ピアノの美しい音と二人の歌が作り出す、何とも穏やかで優しい空気感が心地イイ。
5「中央フリーウェイ」/荒井由実
優しいストリングスとフェンダー・ローズの音が、’76年当時と懐かしさとともに新鮮さも感じさせてくれるから不思議だ。それはテンポ。野宮のテンポで野宮らしく歌っているのがイイ。
6「ドリーミング・デイ」/山下達郎
ニューオリンズ風の軽やかなアレンジ。大貫妙子の詞とナイアガラ時代の山下達郎のメロディは今聴いても新鮮。それを野宮が歌うとさらに斬新。冒頭の“晴れた午後はいいね 素足にサンダル”という歌詞の中のサンダルが、上質なサンダルに感じるから不思議だ。
7「オー・ハニー」/スクーターズ
渋谷系には欠かせないグラフィックデザイナー・信藤三雄がリーダー兼ギタリストを務め、モータウンのガールズグループをひな型にした伝説のグループ・スクーターズの'82年の作品。クールすぎないモータウンアレンジが◎。このアレンジに野宮の声と歌がドンピシャ。選曲の妙。
8「ガラスの林檎」/松田聖子
‘83年の松田聖子のヒット曲。松本隆×細野晴臣の作品。シンプルなアレンジで野宮の声がより印象的に響き渡る。野宮の声は“肌触り”が抜群だと思っていたが、この曲を聴いてさらにそう感じた。上質のバスローブ、バスタオルにでも包まれているかのような気持ち良さ。
9「音楽のような風」/EPO
‘85年のEPOのCMソング。アップテンポなのにどこかせつないのがEPOの音楽。EPOの声、歌い方も大きな要因だったかもしれないが、野宮の声、歌もハッピー感と共にせつなさを感じさせてくれる。
10「ラテンでレッツ・ラブまたは1990サマー・ビューティー計画」/フリッパーズ・ギター。
フリッパーズ・ギターの名曲にして、渋谷系を代表する曲といっても過言ではない一曲。そんな曲をカジヒデキとデュエットしているというのもなんだか感慨深い。ポップなラテンアレンジでイントロからひきつけられる。
11「パリの恋人/東京の恋人」/観月ありさ
女優・観月ありさの3rdアルバム(‘94年)に収録されている、小西康陽が作詞・曲・アレンジを手掛けたフレンチフレーバー漂う隠れた名曲。とにかくアレンジが素晴らしい。絶妙なストリングスアレンジに引き込まれる。当たり前だけど、観月のアプローチとは全く違う野宮の歌が、また違うカッコよさを感じさせてくれる。
12「ぼくらが旅に出る理由」小沢健二
シンプルなアレンジが、都会的ではあるが郷愁感も漂うアルバムの最後、“〆”に相応しい一曲。野宮の声がもたらす安心感、温もりが渋谷系へと続くのだと感じさせてくれる。渋谷系はオシャレでカッコいいけど、どこか温もりも感じさせてくれていた、と。
“だれかへの愛ではなく すべての人々へ愛を”、と歌う野宮真貴。渋谷系はエレガント
アルバム一枚を通して感じたことは単純明快、いい曲が多いということ。そしてアレンジの素晴らしさ。原曲のアレンジに忠実な曲もあれば、全く違うアプローチのアレンジもあるが、それがアルバム一枚の中で自然に溶け込んでいる。楽器ひとつひとつが、歌の良さを最大限に引き出すよう、歌に寄り添うように演奏しているが、控えめながらもしっかりと主張していて、素晴らしい音を弾き出している。そして歌もアレンジも、原曲へ、そのアーティストへのリスペクトであふれているところが、このアルバムの素晴らしさだと思う。渋谷系のカバーだけではなく、そのムーブメントを作ったアーティストが影響を受けたアーティスト、ルーツミュージックを丁寧に取り上げることで、良質のポップスをスタンダードとして後世に残していくという“表現者”としての使命を果たしている。それほど今回の作品は意義がある仕事、作品だ。
野宮真貴が何年か前、あるインタビューで語っていた言葉が非常に印象的だった。「洋服で着飾ることじゃなくて、誠実でいることや他人を思いやる気持ちがエレガントなんだと思います」。その言葉、想いがこのアルバムの隅々にまで行き渡っている。「世界は愛を求めてる。」という曲をアルバムタイトルに持ってきたのもそう。この曲の日本語訳詞で小西康陽は“愛しあう心がこの世には必要かもね 愛し合う気持ちが何よりも大事だから”と歌い、アルバムのラストを飾る「ぼくらが旅にでる理由」について彼女は「この曲が作られて20年経ちますが、その間に震災など悲しい出来事もありました。大切な人を愛おしく思う気持ちを歌っているので、今だからこそ本当に心に響くように思います」と全ての人への愛を説く。なんてエレガント。“だれかへの愛ではなく すべての人々へ愛を”、そう歌っている野宮真貴とこのアルバムは、どこまでもエレガントだ。渋谷系はエレガントなのだ。
【野宮真貴PROFILE】
ピチカート・ファイヴ三代目ボーカリスト。渋谷系文化のアイコンとして日本及び海外で熱狂的な人気を集めた。1994年に世界発売されたアルバムは50万枚のセールスを記録し、ミック・ジャガーやティム・バートンもファンを公言するなど、ワールドワイドで活躍。2001年ピチカート・ファイヴ解散後ソロ活動を開始し、2011年にはデビュー30周年を迎え、セルフカバーベストアルバム『30』がスマッシュヒット。2010 年に「AMPP 認定メディカル・フィトテラピスト(植物療法士)」の資格を取得。現在、音楽活動に加え、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュース、エッセイストなど多方面で活躍中。
【アルバム情報】
『世界は愛を求めてる。 ~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』
◆初回生産限定盤
渋谷系アート・ディレクター信藤三雄のデザイン、21世紀の“渋谷系ビジュアル・ブック”つき
・全56Pの特別ブック + CD
・信藤三雄の撮り下ろしによるスペシャルフォト満載。
・野宮真貴と坂口修の対談による楽曲解説…などを掲載予定
~“渋谷系ビジュアル・ブック”監修は坂口修に加え、様々なメディアで詳細な音楽解説を執筆している栗本斉を起用。
ジャケット画像:アート・ディレクター=信藤三雄
【ライヴ情報】
『野宮真貴、渋谷系を歌う−2015−。〜Miss Maki Nomiya sings Shibuya-kei Standards 2015〜』
■公演日:11月13日(金)
■会場:ビルボードライブ大阪
1stステージ開場17:30/ 開演18:30
2ndステージ開場20:30/ 開演21:30
チケット発売中
■公演日:11月19日(木)・20日(金)
■会場:ビルボードライブ東京
1stステージ開場17:30/ 開演19:00
2ndステージ開場20:45/ 開演21:30
チケット発売中
【インストアイベント情報】
■11月12日 19:00~タワーレコード渋谷店
http://tower.jp/store/event/2015/11/003112
■11月14日 12:00~タワーレコード難波店