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そしてトランプは「殉教者」になる――不当な権力の犠牲者は誰か

六辻彰二国際政治学者
記者会見に臨むトランプ大統領(2020.11.5)(写真:ロイター/アフロ)

 たとえ大統領選挙で敗れても、トランプは「駄々をこねる」ことで支持者のアイコンであり続ける。

不当な権力による弾圧

 選挙での劣勢が報じられるなか、トランプ大統領の言動はこれまでになく常軌を逸してきた。5日夜の会見では、証拠も示さないまま「票が盗まれた」、「我々は勝っている」と連呼し続け、あまりのことに米メディアは中継を打ち切った。身内の共和党からも「失望した」という声があがっている。

 しかし、トランプの意図はともかく、「駄々をこねればこねるほど」支持者はトランプを支持する。彼が反対し続けた郵便投票がトランプを追い詰める状況は、支持者からみて「不当な権力に弾圧される殉教者」と映るからだ。

 実際、アメリカ各地では開票作業の中止を求めてトランプ支持者が開票所に押し寄せている。

 大手メディアがトランプの記者会見の放送を(観るに耐えないと)途中で打ち切り、警察が開票所に向かうトランプ支持者の前に立ちはだかり、共和党議員からもトランプを見放す発言が出てくる状況は、熱烈な支持者の目には「国家が総力を結集して不当な選挙を強行している」と映るのだろう。

 もともと、コアなトランプ支持者のなかには、アメリカがユダヤ人、FBI、大手メディアなどによって牛耳られていて、トランプはこれに敢然と立ち上がった数少ない「本物の愛国者」である、といったイメージが流布している。日常への不満や、「どの政治家も自分たちを無視している」という疎外感がその背景にあるが、Q-Anonなどの振り撒く陰謀論が、これに拍車をかけている。

 このストーリーからすると、ケネディが「影の国家」に立ち向かったために暗殺されたのと同じく、トランプは身の危険を感じたエスタブリッシュメントによって排除されようとしている、となる。それがトランプ支持者の熱狂とエスタブリッシュメントへの憎悪を、これまで以上に高めているとみてよい。

アイコンになるトランプ

 歴史を振り返ると、時の権力に弾圧された者が、支持者によって殉教者、英雄として祭り上げられることは珍しくない。イエスをはじめとするキリスト教の受難者たちは、その典型だ。あるいは、入植者である白人と戦い、最終的にアメリカ軍に囚われたアパッチの戦士ジェロニモに例えてもいい。

 ともかく、カリスマが去った後、残された支持者たちは自らの存在意義を確認するため、殉教者や英雄に拠り所に求めようとしがちである。いわばアイコンだ。アイコンは本人の意志や生命を超え、支持者を鼓舞し、熱狂させる。

 だとすると、たとえトランプが敗北を認め、やがてホワイトハウスを去っても、コアな支持者はトランプを懐かしみ、「もしトランプさえいてくれたら」と思いながら、日常への不満を抱きつつ生きていくことになる。それはリベラル・エリートやその庇護を受けるマイノリティへの反感と敵意を再生産し続けることになるだろう。

 その意味では、今回の選挙結果がどうなったとしても、トランプが大きな影響をもっていることは確かなのである。今後ともノーベル平和賞をとる見込みはほぼないだろうが。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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