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ザック、勝ってこそ、エピソードだ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

サッカー日本代表のザッケローニ監督の会見はオモシロい。監督にとっても、選手にとっても、サポーターにとっても、大事な大事な大一番。W杯アジア最終予選・オーストラリア戦に向けた会見で、ザッケローニ監督はおごそかな口調で漏らした。

「試合はやはり、ディテールであったり、エピソードであったりというところが、勝敗を分けるのではないかと思います」

もちろん、通訳を通した日本語だから、正確なニュアンスはわからない。ただザッケローニ監督は「エピソード」というコトバをよく使う。エピソードってなんだ。

フツーに考えれば、「挿話。本筋とは直接関係のない、短くて興味ある話」である。つまりは、予期せぬ出来事を指すのだろう。ボールをつないでいって、センタリングしたら、相手守備陣がとんでもないミスをする。そこにFW岡崎慎司が走り込んで、頭でゴールに押し込む。あるいは、MF本田圭佑の前に相手の不用意な横パスが転がってくる。そのチャンスを逃さず、持ちこみ、ペナルティーエリア付近で反則をもらう。

どうしたって、ゲームに勝ってこそ、エピソードは意味を持ってくる。敗者にエピソードはいらない。どうでもいいけれど、ザッケローニ監督は日本食を好む。ベテランのサッカー担当記者に聞けば、チューブ入りのわさびが大好物なそうだ。

白いご飯にもわさびを混ぜて食べる。これって、食事の仕方のエピソードみたいなものか。アクセントである。味付けである。内心、わさびのような刺激的なプレーを期待しているのではあるまいか。

選手同様、監督だって、試合前は緊張する。「いまの気持ちは? クラブチームの優勝前と比べては? 高揚感は?」と聞かれると、ザッケローニ監督はイタリア語で「スィ(はい)。スィ」と繰り返した。

「そうですね。(クラブチームの)決勝戦前と同じような感情を持っています。ここまでたくさんのことがありましたし、長い戦いであったので…。目標達成のため、その準備をしっかりしていかないといけません」

W杯出場をかけた大一番。どんなエピソードが飛び出すのか。6月4日の夜。ちょうど11年前の2002年の日韓W杯のベルギー戦(2-2)を思い出す。埼玉スタジアムの記者席からの風景を忘れない。

とくに鈴木隆行がからだを投げ出して、つま先で押し込んだ同点弾。稲本潤一がパスカットからオーバーラップを決めて豪快にけり込んだ逆転弾。あの時の熱狂…。なんだか本田のイメージが、あのときの稲本とだぶるのである。

勝ってこそエピソード。そのエピソードをつくりだすのは、超満員のスタンドの「熱」かもしれない。

【「スポーツ屋台村」より】

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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