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「近所の人気者」だから犬の認知症でも助かった明日香くん おひとり様とペットの注意点

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:アフロ)

柴犬の明日香くんは生後2カ月で、私たちの病院にやってきました。

体重が2~3キロの小さな犬でした。城内さん(仮名)の自慢の子で「いい血統でないけれど、明日香は、素敵な犬になる。わしはわかる」と子犬の明日香くんを抱きかかえて頭を撫でながら、いつも言っていました。

城内さんの予想通り、明日香くんは、ドックショーで賞をもらうほどのイケメンに成長しました。城内さんは、診察が終わっても明日香くんとしばらく待合室にいて、トリーツ(特別なご褒美のおやつ)を食べながらくつろいでから帰宅するようになりました。

明日香くんは城内さんと奥さんと一緒に動物病院へ

明日香くんは、柴犬独特なアレルギーなどがありました。それはそうたいしたことがなかったのですが、11歳の頃、オス独特の病気・会陰ヘルニアになりました。ですが、城内さんの献身的なサポートもあり、なんとか、手術をして克服しました。ただ、その頃から、城内さんは心臓の具合が悪くなったのか、鼻に酸素のチューブを入れて、奥さんと一緒に来院をされるようになりました(犬の症状は根ほり葉ほり尋ねますが、飼い主さんのプライベートなことは質問しません。だから城内さんの詳細は知りません)。

10キロある明日香くんを抱きかかえられなくなった城内さんに代わって、私は明日香くんを診察台にあげるようになりました。やがて、城内さんは、車の中にいて診察室には、入って来なくなりました。私は車まで、明日香くんを迎えに行くようになりました。鼻にチューブを入れた城内は、微笑んでいるだけでした。

明日香くんは奥さんと動物病院へ

次に明日香くんを見たときは、奥さんがひとりで、診察室にやってきました。

「明日香は、まだ、やっぱり引っ張るから。でも私だけだとわかって少し加減しているかな」と言いながら、奥さんは、明日香くんを私に渡しました。明日香くんは、その頃は、犬の平均寿命を超えた16歳になっていました。ひっぱるけれど、部屋の隅に隅に行こうとして、診察台の上でもグルグルと回るようになっていました。日本犬に多い、認知症(ほぼシニアの病気)になっていたのです。

筆者が明日香くんのところに往診

ある日、城内さんの奥さんから「明日香が、まっすぐ歩けないので、往診に来てもらえますか」と電話がありました。筆者は、カルテを持ってタクシーに乗り城内家に向かいました。指定された住所の辺りで、タクシーを降りて探していると、 近所の人に明日香くんの家を教えてもらいました。

「お父さんが亡くなったけれど、近所の人が、明日香のことを心配して日に何回も見にきれてくれるのよ」と奥さんが教えてくれました。明日香くんは、玄関で私を見て興奮したのか、ゆっくり回り始めました。「明日香、先生よ」といいながら、奥さんに明日香くんを持ってもらい、診察は速やかに終了。

奥さんがひとりで

それから数ヶ月経った日、奥さんは、ひとりでお菓子を持って来られました。「お父さんが、毎日、明日香を散歩に連れて行って、近所の人気者でした。だから、私、ひとりになっても、近所の人が、よくしてくれてね。お世話になりました」と静かに笑って、お礼をして出て行かれました。明日香くんは、お父さん、お母さん、そして、近所の人たちに愛されながら大往生したのです。

この明日香くんの場合は、お母さんが丁寧にケアをされたため、おひとり様になっても、トラブルがなかったよい例です。ただ、現実は、そんな綺麗な話ばかりではありません。

飼い主が認知症になっても飼われていたハナちゃん

十歳を過ぎたミニチュア・ダックフンドのハナちゃんは、悲惨な状態でやってきました。

認知症のひとり暮らしのおばあさんが、ハナちゃんを飼っていました。飼い主の認知症が進み、ひとりで住むことが、難しくなったので、ハナちゃんは親戚の女性が引きとりました。

ハナちゃんは、大きな乳腺腫瘍ができていました。そこが自壊して、膿と血が滲んでいて、酸っぱいような化膿したニオイを放っていました。「引き取ったら、こんなことになっていて、急いで連れてきました」と言われました。

ハナちゃんの年齢を考えると、乳腺腫瘍を手術することでショックが起きてもおかしくないほどの大きさでした。私は、自壊しているところを消毒して、抗生剤を投与しました。ハナちゃんの飼い主さんは、なぜ、こうなるまで放置してしまったのでしょうか。人間が年齢を重ねて、認知症になってしまったため仕方なく、誰も責められないため、やるせない気持ちで一杯です。

おひとり様とペット

ひとりが寂しいので、ペットを飼う気持ちはよく理解できます。でも、ペットも命あるものなので、以下の点に気をつけてください。

・犬や猫は、10年以上生きるので、シニアになるとやはり、病気をします。だから医療費もかかるし、手間もかかります。

・子猫、子犬から飼う場合、寿命が伸びているので、飼い主の寿命も考慮しましょう。愛犬や愛猫を残して亡くならないように。そういう可能性がある場合は、次に飼ってくれる人を見つけておきましょう。子ども、親戚の人、仲の良い人など。

・飼い主が、年齢を重ねると嗅覚や視覚が鈍くなりますので、それを自覚しましょう。

・なるべく若い人と交流して、ペットたちの異変に早く気づいてもらえるようにしましょう。

まとめ

おひとり様が、ペットを飼うと自分以外に、守るものがいるので、元気になったりします。笑顔にも大いに癒されることでしょう。そして、犬なら散歩するので、社会の人とコミュニケーションできて社交的になるなどいいことはたくさんあります。

ただ、獣医師として思うことは、犬や猫は道具ではないということです。彼らの幸せもしっかり考えて一緒に暮らして欲しいと切に思います。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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