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プーチンVSナヴァリヌイ~バイデン政権も巻き込むロシアの変革となるか

亀山陽司元外交官
副大統領時代のバイデンとプーチン(写真:ロイター/アフロ)

ナヴァリヌイの狙い

反政府活動の寵児ナヴァリヌイは、2月2日の裁判で執行猶予を取り消され、2年8か月の懲役が決定した。これは、プーチン政権がナヴァリヌイを徹底的に排除する方針を鮮明にしたものと言える。プーチン政権にとって、ナヴァリヌイは単に目障りな運動家という存在にとどまらず、すでに強力な反対勢力を結集する力を持った存在になったということである。

ナヴァリヌイは、1月17日にロシア当局に拘束されて以降、獄中からすでに2度の反政権デモを組織している。1月23日と31日である。いずれも当局の許可を得ていない違法デモだが、ロシア全土で数万人規模の参加者があったとされ、拘束者も合わせて7千人以上に上る。

この2度のデモは日本を含め世界中で報じられ、欧州や米国で、ナヴァリヌイに対する同情と、プーチンに対する非難を呼び起こしている。これこそがわが身の危険を顧みずロシアに帰国した反政府活動家ナヴァリヌイの狙いであったことは言うまでもない。

「皇帝」プーチンの玉座の行方

これまでも反政府活動家や野党活動家はロシアに存在した。エリツィン時代の野党「ヤブロコ」のヤブリンスキーやイリーナ・ハカマダは日本でも知られる存在だった。また、野党のロシア共産党はいわゆる「体制内野党」ではない本当の野党として政権批判を行っている。しかし、いずれも既存の政治家の枠を外れてはいない。議会議員になり、政治家として政権を批判するのである。それでもプーチンが大統領になって以降は、プーチンに対抗し得るまともな野党勢力が存在しない。それほどにプーチン政権は安定政権なのだ。

翻ってナヴァリヌイはどうだろうか。現状では市民活動家の域を出ておらず、いかなる政治的バックグラウンドも有していないように見える。もちろん、ナヴァリヌイが政治家になれないのは、彼の出馬を当局が妨害しているからなのだが、いずれにしても彼を支持しているのは力を持った反政府勢力ではなく(現在ロシア政界にそのような存在はない)、ロシア国民一人一人に他ならない。この反プーチンのうねりは、どこまで行くのだろうか。現代の皇帝とも称されるプーチンを玉座から引き下ろすことができるだろうか。

プーチンの政権基盤とは

プーチンの政権基盤は、主として3つある。第一にFSB(連邦保安庁)や内務省などの治安機関である。FSBはプーチン自身の出身官庁であるKGBの後身組織であり、FSBを中心とする部隊を掌中に握っていることがプーチン政権の最大の武器である。

第二に、軍である。拙稿「コロナの年最後に発表された『ロシア軍の復活』に向けたプーチンの挑戦」にも書いたが、エリツィン時代にロシア軍は壊滅的に老朽化・弱体化したが、プーチンはロシア軍の再建を手掛け、大いに成功している。マクフォール元駐露米国大使が、アメリカは核戦力に投資していないが、ロシアは投資し続けていると述べているとおりである(“How to Contain Putin’s Russia” , Foreign Affairs, January 19, 2021)。

第三に、巨大資本である。ロシアは、ソ連崩壊後の1990年代に、それまで国有財産を国民に配分したが、その際、一部の人々がそれらの富を買い集め、巨大な資源を中心とする巨大資本家となった。いわゆるオリガルヒと呼ばれる新興財閥である。エリツィンは、政商と化したオリガルヒの言いなりになり、腐敗しきったが、プーチンは逆にオリガルヒを巧みに支配した。ベレゾフスキーやホドルコフスキーといった、言うことを聞かないオリガルヒを強権的に排除したことでにらみをきかせたのである。

このようにプーチン大統領は、武力と金という最も力のある資源を押さえている。プーチン安定政権の強みはここにあるといってよい。そして忘れてならないのは、中高年を中心とする保守層の支持だ。プーチン大統領は世論調査でも高い支持率を得ており、この支持層が保守的な中高年なのだ。

若者層が新たな勢力に

一方、欧米のリベラルな文化に違和感を持たない若年層ではプーチン支持は広がっていないとされ、2000年代後半以降、与党「統一ロシア」が「若き親衛隊」という青年団体を上から組織し、若者層を取り込もうとする運動を展開したりもしたが、成功しているようには見えない。

今回の反政権デモの高まりは、若年層の反政府的な政治意識に火をつけるかもしれない。若年層は現時点では大きな政治力を発揮しないだろうが、5年後、10年後には社会の中心的存在になる。昨年7月の憲法改正によって、プーチン大統領は最長で2036年まで務めることが可能となった。しかし、それも次回大統領選挙で当選すればということである。現時点ではプーチンに代わる大統領候補は見当たらないが、社会の意識が変化していけば、リーダーに求める資質も変わってくるだろう。プーチンとは正反対の強権的でない、リベラルなリーダーを求めるようになるかもしれない。

例えば、ロシアと敵対的な関係となっている隣国ウクライナでは、2019年の大統領選挙で、コメディ俳優のゼレンスキーがリベラルな政治を標榜して圧倒的な勝利を得た。因みに前任のポロシェンコ大統領は富豪で強面の保守派だった。

米国の介入の可能性

前出のマクフォール論文では、バイデン政権の対露政策として、ロシアの人権派へのサポートを強化することを提案している。ロシアは衰退しつつある国家ではなく十分に強力であるとして、NATOの強化やサイバー攻撃に対する防御によって新たな封じ込めが必要と述べながらも、プーチン後の世界を見据え、交流プログラムや教育プログラムを拡大してロシア国民を取り込んでいくべきだと主張している。

ウクライナにおける2014年の政権転覆も、ウクライナの反露親欧州勢力に米国が肩入れしたことも大きな要因だった。マクフォールは、ウクライナの改革の成功がロシア国内の新たな民主化の可能性を刺激するだろうとして、ウクライナへのさらなる協力を主張している。米国の民主党政権が人権を盾に、ロシアの反政府運動にテコ入れを始めれば、当然米露関係はますます悪化していくだろう。そうなれば、反米で結束する露中の接近を促し、世界レベルでの対立構造が固定化することにもつながる。日本も局外中立などとは言っていられない。対中牽制の観点からも、米国と同調していくことになる。

ナヴァリヌイの撒いた火種は我が国にも飛び火してくる可能性があるのである。

元外交官

元外交官 1980年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、同大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了。外務省入省後、ユジノサハリンスク総領事館(2009~2011年)、在ロシア日本大使館(2011~2014年)、ロシア課(2014~2017年)、中・東欧課(ウクライナ担当)(2017〜2019年)など、10年間以上ロシア外交に携わる。2020年に退職し、現在は森林業のかたわら執筆活動に従事する。気象予報士。日本哲学会、日本現象学会会員。著書に「地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理」(PHP新書)、「ロシアの眼から見た日本 国防の条件を問いなおす」(NHK出版新書)。北海道在住。

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