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今、アートで沸騰するダイバーシティ。(その1:美術市場報告)

佐多直厚コミュニケーションデザイナー
アートフェア東京2016展示から(写真:ロイター/アフロ)

ダイバーシティ&インクルージョンの理想はアート市場にある。

2020へ向けて社会全体のダイバーシティ対応は着実に進んでいる実感があります。着実であるといいつつ、じれったいとも言えるのですが。そのような状況の中で、先進的な動きに注目しているのはスポーツやインフラのバリアフリー化などではなく、アートの世界です。今回は特に活発な美術分野について報告します。

ダイバーシティ&インクルージョン=多様性とその一体化については、実は芸術の世界こそが懐が広く、かつ日本は先進的です。さまざまな表現が生まれ、それを育てる土壌があります。ビジネスとしてもグローバルに成功しています。MANGAからKATANAまで世界市場を形成。表現者の多様な個性も尊重されることにおいて実に柔軟で、厚い対応を実現しています。審美眼は幼い時から育てられ、開催される展覧会はどれも多くの人が詰めかけてゆっくり鑑賞もできないくらいです。その日本国内においては育成が望まれる分野があります。企業のアート収集もバブル期とは比較になりませんが盛んですが、欧米ではアートを支えている個人コレクターが、日本では非常に少ないのです。世界のGDPの上位にありながら、美術収集においてはかなりの下位に甘んじています。アート東京がまとめた市場レポート2016によれば、日本人の美術品購入経験は13.3%。うち陶芸が5.4%です。関連品購入でも17.9%。そのうち14.3%が複製ポスター、ポストカードです。眼の肥やしには積極的ながら、美術を所有することで作家を支援したり、暮らしに彩りを加えたりそして株のようには投資していません。真の意味のダイバーシティ社会を形成するには経済活動が回らねばなりません。

ストリートアートの先駆者Ron English作品。モダンアートは若年層市場。
ストリートアートの先駆者Ron English作品。モダンアートは若年層市場。

17日から3日間、東京国際フォーラムで開催される「アートフェア東京2017」はそのエンジンとなるべく企画し、発展しています。この数年の発展と勢いは展示スペースに溢れる熱気から伝わってきます。お台場のビッグサイトで連日開催される産業展示をも凌駕する盛況ぶりです。しかも入場料は前売り2,300円、当日2,800円という通常の美術展とは比較にならない高額にもかかわらず。これは決してバブルではなく、あるべき成長が目の前で展開されているものです。それが絵空事でないのは協賛社に並ぶ経済分野の企業群からも分かります。特に昨年から加わっている三井住友銀行は、投資銀行部門においてアートビジネス、ファイナンシャルに取り組んでいます。

この三日間、あなたにも目の当たりにしていただきたいものです。入場料に見合う喜びを得られるはずです。

参考:アートフェア東京2017ウェブサイト

公開資料:日本のアート産業に関する市場調査2016

和製アール・ブリュットを超えて行く

ダイバーシティの理想を進むアートフェアに2013年から出展しているギャラリー インカーブ|京都。母体は社会福祉法人 素王会 アトリエ インカーブ。代表は今中博之さん。昨年の2020東京オリパラエンブレム審査委員でもあったアート界のリーダーの一人です。アトリエ インカーブはアール・ブリュットの代表といわれることもあります。アール・ブリュットとは、直訳すれば「ナマの芸術」。既成の概念にとらわれずに、自由に表現する芸術。これを正規の美術教育を受けていない人々の、という解釈をすることで明快になりつつも、誤解、トラブルも生んできました。日本では障害のある方々の情操と自己実現の方法として美術活動が展開されてきました。これをアール・ブリュットと呼ぶことは、いささか狭量であり、和製アール・ブリュットと呼ばれるものです。今中さんの目指すのは真のアール・ブリュット。障害があることが作品の価値に影響しない、作家としての評価と経済的自立と社会への貢献を実現してきました。アートフェアへの出展もハイクオリティな作品でのビジネスの場として。展開は今やグローバルに展開。今月2日~5日、ニューヨークのart on paper NY 2017にて4人の作家作品を出展しました。

art on paper 2017展示ブース 提供atelier incurve
art on paper 2017展示ブース 提供atelier incurve

アートフェアは凱旋展示として期待しています。作品の評価はうなぎのぼりです。これは有名現代アート作家とともに日本の現代アートとしての価値が認められたのです。冒頭のアート東京による市場調査では、現在高齢層のコレクションは骨董分野が多く、現代アートについては若年層が中心。そして育てる喜びと投資成果への期待が集まっています。個人事業者の投資としても税務会計対応として100万以下のコレクションが成長してきました。芸術にビジネスを持ち込むことは決して悪ではなく、むしろ自立した表現者へのあるべき報酬として理想です。それはダイバーシティ社会の理想でもあるのです。

*動画はアトリエ インカーブを代表する作家のひとり、寺尾勝広氏のショートドキュメンタリー。

寺尾勝広氏のプロフィール

全国各地でもアート支援をアートビジネスに成長させようという活動が芽生えています。東京の近郊都市立川市では2015年から展示会を開始した「アール・ブリュット立川」があります。障害者福祉の専門家たちが立ち上げた組織ですが、委員は制作者の家族ではなくプロのキュレーターとして作家の発掘と成長支援そして自立をサポートを目指しています。2年間の展示会場も公共施設ではなくアートに造詣の深い伊勢丹の立川店でした。屋外にアート作品があって多摩地域の中核として活発な立川から多摩地域の通謀な作家が世界に発信される日も近いでしょう。

アール・ブリュット立川2016会場から 提供:アール・ブリュット立川実行委員会
アール・ブリュット立川2016会場から 提供:アール・ブリュット立川実行委員会
代表的作家鈴木伸明氏のドローイング
代表的作家鈴木伸明氏のドローイング

10月開催に先駆けて新たな展示企画「Art Brut・TAMA」をTV鑑定番組で活躍する永井龍之介氏の所有する永井画廊立川ギャラリーにて4月29日(土)-5月7日(日)開催。輝きはじめる作家に出会える場となりそうです。

あるべきグローバルなアートビジネスへ

障害があるなどの生きづらさを抱える人が才能あふれる人物なら、作家として自立できるチャンスがあるなら支えるプロデューサー、キュレーターが必要です。実現すれば権利関係処理、財務処理、情報発信などこなすべき管理業務が発生します。才能あるダイバーシティは軽々と海を渡るでしょう。さらに管理業務は複雑化します。こういった人材との対応能力と管理能力を持った人材を揃えることが急務です。難しくもあり、人生経験豊富な人材が増えている高齢化社会日本には意外にそういう素地があると思います。そしてこのアートビジネスのダイバーシティビジネス成功はすべての分野での手本となるはずです。さて、あなたの身近にもいるかもしれない有名作家の卵を見つけてみてください。もしかすると自分自身なのかもしれません。

ダイバーシティなコレクター環境づくりも

最後に見落としがちな視点。楽しむ側もダイバーシティで。誰もが楽しみ、所有し、応援する喜びを持てる社会づくりです。これは作家周辺のプロデューサー対応とは異なり、デジタルでのサポートや人的組織支援が必要です。その端緒となる取り組みをパナソニックが実施しています。2月にパナソニック汐留ミュージアムにおいて「視覚障がい者向け美術鑑賞ガイド」実証実験 が行われました。見えない絵を観る喜びがあふれています。口コミで拡大したユーチューブに上がった動画の閲覧数がそれを裏付けています。この延長線上において視覚障害があっても絵を所有し、作家を支援し、投資する喜びが実現できるのではないでしょうか。制作にも、鑑賞にもそしてビジネスにもバリアはない理想環境=パラディスがそこに。

次回の記事はその2としてパフォーマンス系アートで沸騰するダイバーシティをレポートします。お待ちください。

コミュニケーションデザイナー

金沢美術工芸大学卒。インクルーシブデザインで豊かな社会化推進に格闘中。2008年、現在の字幕付きCM開始時より普及活動と制作体制の基盤構築を推進。進行ルールを構築、マニュアルとしての進行要領を執筆し、実運用指導。2013年、豊かなダイバーシティ社会づくりに貢献する会議体PARADISを運営開始。UDコンサルティング展開。2023年7月(株)電通を退職後2024年1月株式会社PARACOM設立。 災害支援・救援活動を中心に可能な限りボランティア活動に従事。ともなってDX事業開発、ノウハウやボランティアネットワーク情報を提供。会議体PARADISの事業企画開発を担います。

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