子を追って親が飛び込む 親子とも生還させたい 水難事故調レポート
川遊びの親子が渓流に流されて、生還しました。平成27年8月1日午後の出来事で、現場は新潟県湯沢町土樽。上越新幹線越後湯沢駅から南東に3 kmほどいった魚野川です。水難事故に遭ったのは5歳の男の子と30代のお母さんでした。水難学会事故調査委員会が現場検証を行った結果、この事故では奇跡的な生還が成し遂げられたことと、大事な人の元に飛び込む行動を受け入れざるを得ない現実に突き当たりました。
位置関係
図1をご覧ください。○印の現場は湯沢町を流れる魚野川の渓谷です。越後湯沢駅から3 kmほどの距離にあるので、現場周辺には高層のリゾート型マンションが立ち並びます。夏や冬のシーズンには、こういったマンションに滞在しながら季節を楽しむ人たちが多くいます。そのため、夏休み最盛期になれば現場には常に多くの人が川遊びを楽しみます。
南魚沼市消防本部湯沢消防署は、●印の通り湯沢町の中心地より山の方にずれて位置しています。署員は、「むしろ土日祝日に山側の観光スポットからの119番救急・救助要請が多いのです」と話すことからも、消防署がこの位置にある重要性がわかります。
事故の経過
魚野川にて親子で川遊びをしていて、浮き輪に体を通して遊んでいた5歳の男の子が高さ3 mほどの滝から滝つぼに落ち、それを目撃したお母さんが助けようと滝つぼに飛び込み、親子そろって流されました。男の子は100 mほど流されたところで、やはり川遊びをしていたグループによって助けられて、お母さんは200 mほど流されて岩にしがみついていたところを、遊びに来ていた人によって助けられました。
参考 安全に遊べる川はほぼない、思わぬ惨事に巻き込まれたケースも 川遊びの「怖さ」を解説
消防によれば、通報は、現場のバイスタンダー(目撃者)から119番が南魚沼市消防本部に入り、湯沢消防署から救助隊、南魚沼消防署から救急隊が出動しました。現場は湯沢消防署から車の通常走行で5分程度なので、緊急走行すればただちに到着するような場所です。
まず、先着の救助隊によって現場の特定がなされましたが、渓谷沿いに歩いて男の子の救助現場までは3分、さらにお母さんの救助現場まではそこから3分ほどかかりました。歩いて救助隊が2人の傷病者と接触したときにはすでに水から上がっている状態で、救助活動は不要だったそうです。男の子もお母さんも意識清明で会話が可能な状態でした。バイスタンダーによれば、2人とも途中で意識を失った様子はなかったそうです。
そのうち、救急隊も到着し、観察した結果、男の子は不搬送、お母さんは頭部を中心に体に痛みを訴えたため、近くの病院に搬送となりました。結果的にお母さんは軽傷でした。
現場検証
事故調は、翌日の8月2日に現場に向かいました。現場の様子を図2(a)に示します。周辺は典型的な渓谷であり、渓流の水量は人を流すのに十分であるばかりでなく、立つことも立ってその場にとどまることも不可能な深さと水量でした。大抵の水辺から生還できる自信のある事故調査委員でも「ここには飛び込みたくはない」と思わせるほどの現場です。そして2人が生還できたのは奇跡だと感じました。図2に示すように(b)男の子の救出箇所と(c)お母さんの救出箇所が関係者への聞き取りの結果判明しました。
水難事故の直前、男の子は浮き輪に体を通して滝の上で遊んでいました。滝の上はきわめて浅く、流されるような恐れがありません。事実、現場検証の当日にも小学校に入るか入らないかくらいの子どもが親の手を離れて遊んでいました。
滝の始まりに、実は1か所だけ急にえぐられているところがありました。図3に滝の下流側から撮影した写真を示します。写真で示すように、下流側から見ないと、このえぐられている箇所はまったく認識できません。最大50 cmくらいえぐられており、流れ落ちる水量ももっとも激しい箇所です。5歳児の体が引きずりこまれるのに十分なえぐれ方であり、水量も十分です。
滝つぼの水深分布は不明ですが、典型的な箇所で深さは3 m弱です。図2(a)の〇印で示したように近くの岩の上にサンダルが1足放置してあったので、浮き輪ごと落水した男の子をお母さんが見て、とっさに飛び込んだのではないだろうかと思われます。実際、救助されたお母さんは素足でした。
2人はそのまま滝つぼより、狭い流路を流されることになります。図4に示すような箇所がいくつかあり、大人が流されれば、頭部や腕を中心に四肢に打撲傷や擦過傷を負うことは容易に推測することができます。お母さんの傷はこのようなところを流されたときにできたのかもしれません。そして、ここから数十mにわたり、流速1 m/sの流れが続く。水温は24℃前後でさほど冷たさは感じません。
男の子が救助されたのは、図2(b)に示したとおりですが、ここは水深が1 mから2 m程度で、流れが緩慢になっています。浮き輪から外れた状態で浮いているところをここで遊んでいたグループにより救い上げられました。意識は最初からあったということです。
初めに流された地点からここまで100 mほどあり、秒速1 mで流されたとしても100秒はかかることになります。救助される直前まで浮き輪につかまっていなければ浮いて呼吸を確保することは難しく、あるいは直前に背浮きになって浮いていたのかもしれないけれども、間一髪の助けが入ったようです。
お母さんは、ここからさらに100 mほど流されることになります。これだけの激流ですから、男の子を見失ってしまって、流れにのったまま下流に探しに行き、最後は体力を使い切りました。
この事故から見えてくるもの
この事故では奇跡的な生還が成し遂げられたこと、大事な人の元に飛び込む行動を受け入れざるを得ない現実に突き当たりました。
男の子が遊泳していた別のグループの人達に助けられたこと、お母さんはこの激流の中でも呼吸を確保できるほどの力があったこと、この2点が2人の生還のポイントだと考えられます。ただ、今年の夏の期間中に多くの大人が水難事故から子供を助けようとして命を落としています。もちろん、毎年のようにこのような事故が繰り返されています。基本としては、「愛する家族であっても、自分の泳力が備わっていなければ、助けに飛び込まない。」
参考 沖に流されたら、どうして大人が犠牲になる?そうなるのが水難事故だ
わが国では中学生以下の子供の生還率が、平成30年中の統計で89%に達しています。つまり、今やわが国の子供は、水難事故に遭っても浮いて救助を待つことができるようになっています。全国の小学校等で夏休み前を中心に実施されている「ういてまて教室」がその原動力の一つです。子供が背浮きで浮いていたら、周囲にバイスタンダーは慌てずに119番通報をして、柔らかく浮くものを投げて渡します。
ただ、やはり愛する家族が目の前で水に落ちれば、「そばについていたい」と思うのも家族です。この行動は受け入れざるを得ないのが現実です。事故は瞬間的に起こるので、とっさに飛び込んでしまう。周囲の人が諭したり、止めに入ったりする時間はほとんどの場合、ありません。このとき、もちろん「救助できない」ことは薄々感じているはずです。
そのため、こういったバイスタンダーの行動を水難学会では、「寄り添い」と定義し、救助とは分けています。寄り添いは、陸にいるバイスタンダーの役割です。基本として陸から「ういてまて」と声をかけて励ます。そして119番通報して救助隊を呼びます。柔らかく浮くものを背浮きで浮いている人に投げ渡します。もしとっさに水に飛び込んでしまったら、最初に落ちた人と一緒に背浮きで浮いて救助を待つしかありません。でもこれでも寄り添っているわけです。
まとめ
これまで発生した多人数水難事故の調査結果を受けて、水難学会ではこれまでのういてまて教室に加えて、よりそい教室の普及に乗り出しています。今週末11月9日にはういてまて教室の指導員、11月10日にはよりそい教室の指導員をそれぞれ、新潟県長岡市で養成します。その講習会の様子を含めて、それぞれの教室でどのような実技を教えているのか、次回以降にお伝えします。