知らぬ間にあなたも最低賃金を下回ってるかも 月給制の人もできる確認方法は?
近年、最低賃金の上昇に伴い、違反の労働相談が増えている。今年10月1日からは、ついに東京都の最低賃金が1,000円を超え、1,013円となった。
最低賃金は時間単位で定められているため、パートやアルバイトなど、時給制で働いている方であれば、自らの給与が最低賃金を上回っているかは確認しやすい。
一方で、月給制で働いている方は、支給されている給与が最低賃金を上回っているか確認するためにはある程度の計算が必要になる。給与明細を見ただけでは最低賃金を満たしているか分からない。
だから、気がつかないうちに最低賃金を下回っていることが多いのである。
そこで、今回は、正社員や契約社員など、月給制で働く方に向けて、最低賃金を上回っているかを確認する方法を解説していきたい。
実は、世の中には、最低賃金の改定を契機にこっそりと労働条件の不利益変更を行う会社もある。「そういえば最近条件が変わった」というような方は、この記事を読んで、いつの間にか不利益な変更が行われていないかを再確認してほしい。
尚、後述するように、労働者に周知されていない不利益変更は違法・無効であり、後から未払い賃金を請求することができる。
事例から考える
今月から最低賃金が改定された。全国平均で27円の引き上げとなり、東京都などでは1,000円を上回った(東京都1,013円/神奈川県1,011円)。
地域別最低賃金は都道府県ごとに定められており、実際に働いている事業所のある都道府県の最低賃金が適用される。各都道府県で適用される最低賃金については次のリンク先をご確認いただきたい。
まず、簡単な事例で、月給制の場合に「時給」を割り出すための計算方法を見ていこう。
以下の図は、東京都の飲食店で正社員として働くAさんの給与明細だ。Aさんの会社は、1日の所定労働時間が8時間で、年間所定労働日数は250日である。
- 基本給 140,000円
- 職務手当 20,000円
- 通勤手当 5,000円
- 時間外手当 35,000円
- 月額合計 200,000円
この場合、次のように計算すると「月給」から「時給」に換算することができる。
1 支給された賃金から最低賃金の対象とならない賃金を除く。ここでは、通勤手当と時間外手当が対象とならない。
【200,000円−(5,000円+35,000円)=160,000円】
2 この金額を時間額に換算し、「時間当たりの賃金額」を求めて、最低賃金額と比較する。
【時間当たりの賃金額=(160,000円×12カ月)÷(8時間×250日)=960円 < 東京都の最低賃金額1,013円】
このように計算すると、Aさんの場合、最低賃金を53円下回っていることが分かるのだ。
最低賃金を満たしていない場合
ごく一部の例外的なケース(都道府県労働局長の許可を受けた場合)を除き、「時間当たりの賃金額」を最低賃金額よりも低くすることはできない。
最低賃金額に達しない労働契約が定められている場合には、その部分について無効となり、最低賃金額で契約したものとみなされる。
最低賃金に満たない額しか支払われていなかったときは、最低賃金との差額を使用者に請求できる。賃金の請求権の消滅時効は2年なので、過去2年間分の請求が可能だ。状況によってはかなりの金額になる。
Aさんの場合、差額が53円だから、仮に最低賃金額を53円下回る状態が2年以上続いた場合には、20万円以上の未払い賃金があることになる(53円×8時間×250日×2年)。もちろん残業代についても最低賃金額で計算し直すことになるため、実際に請求できる金額はそれ以上になる。
月給を時給に換算する計算方法
このように、月給制で働いている方が最低賃金を満たしているか確認するためには、月給額を時間額に換算し、「時間当たりの賃金額」を算出しなければならない。「時間当たりの賃金額」は、原則として次のとおり計算することになっている。
【時間当たりの賃金額=月給額÷月平均労働時間数】
実際に計算しようとすると、この計算で使用する「月給額」と「月平均労働時間数」について、どのように求めればよいか迷うはず。少し細かくなるが、以下に解説していく。
(1)月給額
まず、「月給額」だが、これは基本給とイコールではないので注意していただきたい。Aさんの事例で見たとおり、特定の手当などは「月給額」に含めることができる。
一般的には、給与明細に記載されている手当のうち、残業手当、休日手当、深夜手当、家族手当、通勤手当、精皆勤手当といったものを除外する。
除外する賃金の詳細については、次のリンクから厚生労働省のホームページをご確認いただきたい。
(2)月平均労働時間数
次に「月平均労働時間数」だが、通常、月によって労働日数が異なることが多いため、月ごとに労働時間を数えていこうとすると、とても大変だ。
そこで、Aさんの事例で行ったように、年間の「月給額」の合計(「月給額」×12カ月)と、年間の労働時間の合計(1日の所定労働時間×年間所定労働日数)から「時間当たりの賃金額」を算出する。
年間所定労働日数は自分で数えるしかない。労働条件通知書や求人広告の休日の項目に記載されている内容(「完全週休2日制」、「年間休日115日」など)をもとに年間所定労働日数を求めよう。
もう少し簡単に計算したいという方は、1日8時間、週40時間の勤務形態の場合に限り、「月給額」を173.8時間で割ると、大まかな「時間当たりの賃金額」を算出することができる(173.8時間は計算上の月平均所定労働時間の上限値)。
ざっくりと最低賃金を下回っていないか確認するだけなら、この方法でも構わない。
以上の方法により、「時間当たりの賃金額」を求めて、最低賃金を下回っていないか確認することができる。
この方法で確認してみて最低賃金をもらえていない可能性がある場合は、私たちのような専門の団体に相談してほしい。未払い額の計算や会社への請求を手伝ってくれることもある。
なお、会社によっては、裁量労働制や変形労働時間制といった分かりにくい賃金形態を採用している場合もあるので、よく分からない場合や厳密な計算を行いたい場合にも専門の機関や団体に頼る方が良いだろう。
固定残業代がある場合は不利益変更にも要注意
特に、給与に固定残業代が含まれている場合は特に要注意だ。実は、固定残業の場合、いつのまにか労働条件を違法に変更されている場合が極めて多いのだ。
固定残業代とは、実際の残業時間にかかわらず、一定額の残業代を毎月支払うというものだ。給与額を高く見せかけるために固定残業代を採用する会社が多く、問題視されている。
例えば、「月給」は30万円だが、そのうちに10万円の残業代が含まれている、といった具合だ。
違法な賃金引き下げのからくりをわかりやすく説明するために、9月まで東京都で次の労働条件で働いていたとしよう。
最低賃金改定前
- 基本給 172,000円
- 残業代 111,000円(定額支給・90時間分)
- 総支給額 283,000円
90時間以内であれば、どれだけ残業したかにかかわらず、約11万円の残業代が支払われる。一見高い残業代が支給されているようにみえるが、実は最低賃金ぎりぎりの額になっている(従前の東京都最低賃金985円×1.25×90時間≒110,813円)。
同様に、基本給も最低賃金ぎりぎりとなっている(172,000円÷173.8=989.6円)。
このような場合、もともと最低賃金ぎりぎりの水準であるため、10月になって最低賃金が引き上げられたら、基本給と固定残業代の双方が引き上げられなければならない(計算は省略するが、基本給は約4000円、残業代は約3000円の引き上げが必要)。
もし会社が賃金を変更しなければ、最低賃金法違反となる。
しかし、人件費を抑えたい会社は、「総支給額」は変更せずに、「一時間当たりの賃金」を減らすという巧妙な細工を行う場合があるのだ。その場合、例えば次のように労働条件を一方的に変更することになる。
最低賃金改定後
- 基本給 176,000円
- 残業代 107,000円(定額支給・80時間分)
- 総支給額 283,000円
最低賃金の引き上げに合わせて基本給が増加しているが、その分固定残業代の額が減少している。それに合わせて、残業代に相当する時間が90時間から80時間に減少している。
最低賃金改定前と比較すると、総支給額は以前と変わっていないが、その内訳が変わっているわけだ。
上に述べたとおり、本来であれば、最低賃金の改定に伴い、労働者に支給される給与額は引き上げられるはずだった。しかし、この方法を取られると給与は上がらない。
一見すると支給額が変わらないように見えるが、本来上がるべきものが上がっていないのだから、これは「不利益変更」なのだ。
しかも、もし固定残業時間分以上に残業したり、休日労働しているのであれば、直接1時間あたりの賃金が減額され、実際にこれまでよりも賃金が減ってしまうことになる。
もちろん、労働条件を変更するためには原則として労働者の合意が必要となるため、会社が一方的にこのような不利益変更をできるわけではない。
しかし、きちんと労働者に説明をせずに一方的に労働条件を変更する会社も少なくないので、10月以降の給与明細をきちんと確認する必要がある。
(尚、固定残業代については、そもそも労働契約を締結する際に、残業代に相当する金額とそれに相当する残業時間が明示されているなど、一定の要件を満たしている場合に限り有効と判断されている。固定残業代の違法性については以下の記事を参照)。
参考:「固定残業代100時間」をめぐり集団訴訟へ 問われる「脱法」制度のあり方
最低賃金法違反は犯罪
最低賃金を下回る賃金で労働をさせた雇い主は処罰され、50万円以下の罰金に処せられる。最低賃金法違反はまぎれもない犯罪であり、他人の財布からお金を抜いているのと同じようなものだ。
もし最低賃金を満たさない額しか受け取っていないことが判った場合には、労働者は働いた分の賃金を受け取る権利があるので、遠慮なく請求した方がよい。
ただ、個人で未払い賃金の請求をしても、言い逃れをして支払おうとしない経営者も多い。行政機関や私たちのようなNPOでは無料で相談を受け付けており、請求方法に関するアドバイスや未払額の計算のサポートをしているので、ぜひ活用してほしい。
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