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不屈の永瀬拓矢九段、朝日杯初優勝! 王者・藤井聡太八冠に終盤で競り勝つ

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月10日。東京都千代田区・有楽町朝日ホールにおいて第17回朝日杯将棋オープン戦決勝▲永瀬拓矢九段-△藤井聡太八冠戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 14時15分に始まった対局は16時48分に終局。結果は129手で永瀬九段の勝ちとなりました。

 永瀬九段は朝日杯初優勝を飾りました。

永瀬「(藤井八冠には)こういう一般棋戦の決勝で初めて当たることができました。本当に厳しいかなというふうに思ったんですけど、最後は幸運にも勝ち筋に入ったのかなと思います。このように皆様に公開対局で見ていただける機会はとても貴重ですので、よい結果をというふうには思っていたんですけど、なかなか、藤井さん相手だと厳しいことも多いので。どうなるかわからなかったんですけど、今日は幸いしてよかったかなというふうに思っております」

 藤井八冠は朝日杯の決勝進出は5回目で、初の準優勝となりました。

藤井「今年も本当に多くの方に見に来ていただきまして、ありがとうございます。この舞台で指せるというのは楽しみでしたし、今日も2局指すことができて、結果は残念だったんですけれども、自分としてもすごく充実した一日を過ごせたのかなと思っています」

トーナメント決勝で初対戦

 準決勝は10時15分に始まり、藤井八冠-糸谷哲郎八段戦は12時2分、99手で終わりました。

 一方、永瀬九段-西田拓也五段戦は、終局は13時33分。総手数は219手でした。

永瀬「午前中に西田さんとの大熱戦で、お客様が右往左往ってわけではないんですけど(会場笑)。困っているのは伝わって来たんですけど。ただこちらに非がないような気がしたので(笑)。一生懸命やっていたつもりではありました。ただ、そうですね。時計をふと見ると1時半近かったので、もうそんな時間なんだなというふうに思いました。そうですね、そこから本当に1時間で藤井さんとの対局ということで。そうですね、準備時間は短かったんですけど。自分の中の課題の将棋をぶつけてみようかなと思いました」

 藤井八冠は過去6回朝日杯に出場して、そのうち4回優勝。わずかに2局しか敗れていません。そのうちの1局が2021年度の2回戦、永瀬現九段戦でした。

 これまで両者は棋聖戦五番勝負や王座戦五番勝負、タイトル戦の挑戦者決定戦など、大きな舞台で戦ってきました。しかし意外なことに、早指しのトーナメント棋戦での決勝では、初めての顔合わせとなります。

永瀬「藤井さんと決勝、対局させていただくのは、たぶん自分がふがいない結果のせいで初めてで。本当に胸を借りるだけなので。こちらは精一杯やるのみかなと。一生懸命集中するのみかなと思いながら指していました」

 振り駒の結果、決勝の先手は永瀬九段。予定より30分遅く、14時45分に対局は始まりました。

戦型は矢倉に

 振り駒の結果、先手は永瀬九段。初手は角筋を開きました。両者の対戦では珍しいオープニングで、矢倉を志向した手でした。

永瀬「(準決勝終了後、作戦を考える)時間も本当になかったかなとは思うんですけど。自分の中で課題の将棋をぶつけてみようかなと思ったのと。最近藤井さんに対して、角換わりがちょっと、将棋にならない対局が多かったので、今日は違う戦型にしてみようかなと思っていました」「本局は矢倉という将棋ではあったんですけど。藤井さんが角換わりを得意にしていまして。自分も角換わりを指すんでけど。最近は少し、藤井さんの研究はより深いのかなという気もしていましたので。今日は矢倉を教えてたいただこうかなというふうには思っていました」

 後手の藤井八冠は飛車先の歩を突きます。相手のどんな注文も受けて立つ王道の姿勢で、2016年のデビュー戦以来、この2手目はまったく変わることがありません。

 現代最新の矢倉は互いに組み合うことなく、序盤の早い段階から戦いに入ることを含みに進んでいきます。

 本局は途中まで、先日指されたA級順位戦8回戦▲佐々木勇気八段-△永瀬九段戦と同じ進行をたどりました。結果は後手・永瀬九段の勝ちでしたが、本局では永瀬九段が先手を持って進めています。

 43手目。永瀬九段は飛車先の歩を交換に出て、前例と離れました。藤井八冠はその動きに応じて反撃の姿勢を見せます。

 どんどん進んでいく永瀬九段の指し手。68手目まで進んだ段階で、持ち時間40分のうち、消費時間は永瀬1分、藤井28分。形勢は互角でも時間で大差がつきました。

永瀬「予定だったので。使うこともあるんですけど。今日はできるだけ、40分の棋戦ですので、温存して。終盤、難所を迎えると思ってたので。時間を温存してどうかかなと思っていました」

 藤井八冠が過去に朝日杯で敗れたもう1局とは2019年度の準決勝、千田翔太七段(現八段)戦。このときは65手目の段階で、千田七段が4分しか使っていないのに、藤井七段(当時)は40分を使い切るという進行でした。

形勢は互角、時間は大差

 71手目、永瀬九段は相手のと金を取り払いながら、自陣に飛車を成り返り、強力な龍を作ります。この龍が受けに効きました。

永瀬「2八に龍ができる将棋で。基本的に龍がいなくなると耐久力が、がくっと落ちる印象があったので。耐久力が落ちたときに、一気に寄せられないようにしようと思いながら、気をつけて指してはいました」

 74手目。藤井八冠はふわっと端1筋に歩を打ちます。なんとも難しい手で、形勢は互角。ただし残り時間は永瀬38分、藤井2分と、さらに差が開きました。

藤井「ちょっと途中で、残り時間がもう39分対1分みたいな状況になってしまって(会場笑)。ちょっと厳しいかなと思いながらやっていたんですけど。ただ局面としては、少し自信ないような気もしたんですけれど、難しいかなというふうに思っていて」

 ここで永瀬九段の手も止まりました。そして温存していた時間を使います。

永瀬「△1五歩とされた局面はなんていうか。△1五歩はかなり、なんでしょう。こちらがどうするか難しいなと思いながら。ちょっと準備がない手を指されてしまったので。ただ△1五歩、かなり有力というイメージがあったので。そこで▲4五桂と指したんですけど。ちょっとバランスが取れていたかわからないまま指していました」

 永瀬九段が桂取りに銀を打ったのに対して、藤井八冠は40分の持ち時間を使い切り、あとは一手60秒未満の「一分将棋」に。そして銀を逃げました。

レジェンドも当たらぬ予想

  82手目。藤井八冠は中段に桂を跳ねて永瀬玉にプレッシャーをかけます。残り27分の永瀬九段。ここで手を止めて熟慮に沈みました。

 現地の大盤解説会では、羽生善治九段と佐藤康光九段が登壇していました。朝日杯では過去に5回の優勝を誇る羽生九段。現在は日本将棋連盟会長として文字通り東奔西走の日々を送り、的確な大盤解説でもファンを楽しませています。

羽生「序盤は本当にもう永瀬さんの研究というか、事前の準備が万端というところで。藤井さんも、対応に苦慮されている印象を持ってたんですけど。でもさすがにそこで崩れずに、局面の均衡を保たれているというのは、さすがだなという印象ですかね。いまは本当に中盤のねじり合いで。ここからが本当の勝負というか。お互いの力というか。棋風がいろいろ出るところかなっていうふうに思いますね。ずっと、どちらかというと、藤井さんの方が悩むというか、手が広い場面だったと思うんですけど。ここは逆に今度、永瀬さんが悩む番という感じがします」

 もしも永瀬九段が歩を突いて、藤井八冠の桂を取りにいくと、どうなるのか。

羽生「そうですね。いま(藤井八冠が)桂馬跳んで。(永瀬九段が)▲6六歩突けば桂馬は取れますけど。なんか毒饅頭っぽい感じですよね(笑)。まあなんかよくないことが、解説になってないですけど、よくないことが起こる気がしますね(笑)」

 永瀬九段は27分のうち、実に20分を使いました。そして「毒饅頭」と言われていた、桂取りの歩を突きました。

羽生「おお!? ええ!? すごい! 大丈夫なんですか、これは」

佐藤「いや、さっきは(検討の結果)大丈夫じゃないという結論が出ましたが」

 どよめく大盤解説場。堂々とした催促で、読みの裏付けがなければ指せません。レジェンド羽生九段をもってしても、このあとの両対局者の指し手は、なかなか当たりません。

羽生「なんかさっきから一手も当たってない感じがする。難しい将棋なんだなあ」

 羽生九段はいかにも楽しそうに、そう語っていました。

永瀬九段、競り勝ち優勝

 形勢はなおも互角のまま、終盤に入りました。87手目、永瀬九段も持ち時間40分を使い切り、あとは両者ともに一手60秒未満で指す「一分将棋」に。そして永瀬九段は桂を取りました。

永瀬「基本的には終盤は自信ないのかなと思いながら指してはいたんですけど。そうですね、ちょっと相対的な自玉の強度というものが正確に測れてないような気がしたので。わからないまま指していました」

藤井「(本譜に代わる手は)すぐにはわからないんですけど。ちょっと途中から、(88手目)△3七銀を成か不成かとか。(89手目)▲5五桂を先に取るかとか。細かいところで少しずつミスが出ていたのかなとは思ったんですけど。ただ、それでもまだ難しかったと思うので」

 終盤、競り勝ったのは永瀬九段でした。

 107手目。永瀬九段は自陣にとどめていた龍を中段に踊り出て、スパートをかけます。

藤井「▲1五龍と出られたあたりから、はっきりダメにしてしまったような気がします」

 藤井八冠は過去の朝日杯において、何度も信じられないような、奇跡的な大逆転劇を演じてきました。しかし本局、永瀬九段は逆転を許しませんでした。

 122手目。藤井八冠は自玉に迫る相手の成桂を取ります。そして中空を見上げました。

 永瀬九段は角を打って、王手をかけました。

永瀬「最後、▲5一角打から(藤井玉は)詰む形になっていましたので。そこで勝ちになったんじゃないかなという気がしました」

 129手目。永瀬九段は藤井玉の横から飛車を打って王手をかけます。

藤井「負けました」

永瀬「ありがとうございました」

 両対局者が一礼をしたあと、会場からは大きな拍手。永瀬九段の朝日杯初優勝が決まりました。

永瀬「棋戦優勝がすごい少ないなという気がしていたので。一般棋戦優勝がたぶん初めてなので。それはすごい自信になるかなと思います」

 王座4期、叡王1期で、合わせてタイトル5期の経験を誇る永瀬九段。全棋士参加の、早指しのトーナメント棋戦では、今回が初の優勝となりました。

 藤井八冠と永瀬九段の対戦成績は、藤井15勝、永瀬7勝となりました。

藤井八冠、残り全勝で最高勝率更新

 藤井八冠の今年度成績は42勝7敗1持将棋(勝率0.857)となりました。

 藤井八冠の勝率は少し後退しましたが、依然史上最高記録ペースです。

 藤井八冠は現在ベスト4に残っているNHK杯で2連勝して優勝し、さらに棋王戦で3連勝して防衛すると、史上最高勝率を更新します。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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