2018年初夏に食べておきたいホテル中国料理における3つのキーワード
初夏の中国料理
<ホテルの中国料理フェアがうまくいかない理由。成功しているフェアはどれか?>でも述べたように、中国料理はフェアが難しいジャンルです。
その理由は、中国料理が「日本人が最もよく知り、馴染みのある外国料理」だからです。予想していない変わった料理が提供された場合、フランス料理であれば、こういうものであると言われたら、ほとんどの日本人は納得して受け入れるでしょう。
しかし、中国料理であれば、ほぼ全ての日本人が小さい頃から何かしら食べているだけに、食べ慣れていない中国料理を簡単に受け入れることができないのです。
中国料理はフェアが難しい上に、初夏のプロモーションとなるとますます難しくなります。見た目の日本料理、香りのフランス料理、味の中国料理と表される中で、油をたくさんイメージのある中国料理は暑くなると控えられてしまうからです。
こういった観点をもとにすれば、日本の中国料理店が夏場の売上を増やすために冷やし中華を考案したことも、納得がいくのではないでしょうか。
3つのキーワード
中国料理は夏場に苦戦しますが、それでも初夏に関心を惹きつけて食べに行ってみたくなる興味深いホテルのフェアがあります。
- 日本の地域
- 風水
- 裏メニュー
以上をキーワードとして行われている、ホテルの中国料理のフェアを紹介していきましょう。
日本の地域/星ヶ岡(ザ・キャピトルホテル 東急)
中国料理の高級食材といえばフカヒレ、アワビ、ナマコ、ロブスター、燕の巣などを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。ただでさえ、普段はあまり食べられない食材ばかりなので、よいものを揃えるとなると簡単ではありません。
しかし実は日本の中でも、こういった中国料理に相応しい高級食材の多くを用意できる地域があります。しかも、どれもが良質な食材なのです。
その地域とは宮城県です。
宮城県は海、山、地といった豊かな自然に囲まれており、「食材王国みやぎ」と謳うほど食材に恵まれた地域なのです。
ヨシキリザメやモウカザメのフカヒレ、エゾアワビ、三陸ナマコといったブランド価値の高い海産物があります。肉質等級5に限定された唯一の黒毛和牛である仙台牛や仙台黒毛和牛、しもふりレッドや森林鶏と、畜産類も豊富です。
こういった宮城県の素晴らしい食材を用いた「初夏の味覚 宮城県食材フェア ~写真家 平間 至 氏とめぐる美食紀行~」が、ザ・キャピトルホテル 東急の中国料理「星ヶ岡」で2018年5月7日から6月29日までの平日に開催されています。
中国料理ではもともと、日本の特定の地域に焦点を当てたフェアをあまり行いません。地域によっては中国料理で必要となる食材があまり揃えられないからです。
しかし、「星ヶ岡」では2016年9月から地域フェアを継続的に行っています。しかも今回は、これまでよりもさらに力を入れており、4月に「星ヶ岡」料理長の小林昇氏が宮城県へ1泊2日の食材探しの旅に訪れました。宮城県塩竈市出身の写真家である平間至氏も同行し、宮城県の素晴らしい食材や風景を写真に収め、「星ヶ岡」店内に展示しているのです。
日本各地の食材にこだわり、アートとの融合を図る中国料理のフェアは中々ありません。
コース内容
今回のフェアではランチセットとディナーコースが提供されていますが、宮城県の食材のポテンシャルを最大限に引き出した小林氏の料理を堪能できる「宮城県食材フェア ディナーコース」がお勧めです。
宮城県食材フェア ディナーコース
- 宮城県産食材を取り入れた前菜七種盛り合わせ
森林鶏の煮こごり ドルチェパプリカ、海月の冷菜 茗荷竹添え、ホヤ(女川町産)の胡麻ペースト蒸し、仙台黒毛和牛の百合根餡捲き、帆立貝(女川町産)と中華漬物の和もの、しもふりレッドの叉焼、ミニふかひれ(気仙沼産)の山椒ソース
- ふかひれとなまこの煮込み もやし添え
- エゾアワビと海老の炒め 鮑の肝ソース
- 仙台黒毛和牛の豆苗巻き蒸し
- 北京ダック
- みやぎサーモンのチーズ巻き 胡麻まぶし揚げ
- しもふりレッドのチャーシューと宮城葱のつゆそば
- 本日のデザート
- 小菓子二種
デザートや小菓子を除いて、前菜から最後の麺まで宮城県の食材がたっぷりと使われています。
注目の料理
「宮城県産食材を取り入れた前菜七種盛り合わせ」は、盛り合わせとなる料理が7種類と多い上に、どの料理にも宮城県の食材が使われています。森林鶏、ドルチェパプリカ、女川町の名産物であるホヤ、同じく女川町産の帆立貝、仙台黒毛和牛、しもふりレッド、気仙沼でとれたヨシキリザメの腹ビレを用いたフカヒレ、さらにはベビーリーフと、これだけで宮城県の素晴らしい食材を網羅したかのようなワンプレートに仕上げています。
「ふかひれとなまこの煮込み もやし添え」は、立派なヨシキリザメの尾ビレと海の珍味であるナマコを合わせた中国料理らしい逸品。ナマコは10日間かけて戻しており、旨味が深く増しています。
「仙台黒毛和牛の豆苗巻き蒸し」は、中国料理の肉料理にしては珍しく、炒めものではなく、蒸し料理として提供。仙台黒毛和牛は、肉質等級が3もしくは4なので仙台牛よりもさっぱりしており、蒸すことによって脂が落ちて、非常にさらりとした味わいとなっています。まさに夏でも食べたくなる中国料理であると言えるでしょう。
仙台牛の条件が黒毛和牛の中で最も厳しいことからも分かるように、宮城県は畜産業に力を入れている地域です。特に肉用牛では、全国でも飼養戸数(全国4位)や飼養頭数(全国7位)が上位となっています。また、農家1戸あたりの飼養頭数が全国平均45.8頭の約半分となる20.5頭になっていることから、小規模農家が多く、1頭1頭を丁寧に育てていることが読み取れます。
背景
「宮城県食材フェア ディナーコース」では食材の約8割に宮城県産の食材が使われており、小林氏がいかに力を入れているかが分かります。また、店内に展示された平間氏の作品が料理に奥行きを与えているので、アートを中国料理に融合させる試みは成功していると言ってよいでしょう。
今回の先進的な試みはどのような経緯で行われる運びとなったのでしょうか。
平間氏の知人であるジャーナリストの田中敏惠氏がザ・キャピトルホテル 東急に平間氏を紹介したことによって企画が持ち上がりました。
平間氏は多くのミュージシャンを撮影しており、2008年に塩竈で「塩竈フォトフェスティバル」、2012 年に「GAMA ROCK」を立ち上げるなど、注目されている写真家です。宮城県塩竈市に生まれ、高校を卒業するまで在住していただけに、宮城県の豊かさを伝える人物としては、最適なのではないでしょうか。
今後について尋ねると、小林氏は「次回は宮崎県をテーマにしている。このような試みは中国料理では貴重なので、北海道や秋田県など新しい地域にもチャレンジしていきたい」と述べます。
中国料理でここまで日本各地の食材に焦点を当てた継続的なフェアは見掛けられないだけに、今後もとても楽しみにしたいところです。
風水/唐宮(ヒルトン東京お台場)
ほとんどの日本人が知っている中国の思想として、約4000年前に誕生した風水が挙げられるのではないでしょうか。
風水は気の力や流れを対象とした環境学で、建物内でどの什器をどこに置くかを決める際に参考にされます。風水の基本的な考えには、万物は「陰」と「陽」に分けられるという「陰陽」と、万物は「火」「土」「金」「水」「木」の性質を持つという「五行」があり、この2つを合わせた「陰陽五行」がよく知られているでしょう。
そして、この日本人に馴染みのある「陰陽五行」をテーマとしたコースが、ヒルトン東京お台場の中国料理「唐宮」で2018年5月8日から6月30日にかけて提供されています。
コース内容
五行と、味覚や主な食材との関係は以下の通りです。
- 木
仕事運/柑橘類/酸味
- 火
生命力/生命力、情熱、やる気/チリソース、海老、夏野菜/苦味
- 土
家庭運、健康運/味噌、牛肉、根野菜/甘味
- 金
金運/卵、餅、チーズ、鶏肉/辛味
- 水
出会い運、縁、恋愛運/豆腐、豆乳、黒胡麻、海藻/塩味
中国料理 副料理長を務める東郷裕之氏は、こういった五行をベースにして運気が上がるとされる食材や味を組み合わせて、以下のコースを仕上げました。
陰陽五行のコース
- 風水五色の冷菜盛り合わせ(五行)
- 燕の巣入り柑橘で酸味を出した辛味スープ(木)
- チーズ入り小龍包と大根もち、北京ダックの変わり揚げ(金)
- 大海老のチリソース 夏野菜の塩炒め添え(火)
- 牛ハラミの中国味噌甘辛炒め(土)
- 黒胡麻の豆乳坦々麺(水)
- 杏仁豆腐、サンメイタンのジュレ(木)
最初の前菜盛り合わせから最後のデザートまで、「木」「火」「土」「金」「水」のいずれかがテーマとされており、全体的にバランスのとれたコース構成になっています。
注目の料理
「風水五色の冷菜盛り合わせ」は、中国料理の最初の盛り合わせにしては珍しく、5品とも全てがグラスで提供されており、それぞれ五行を意味しています。「鶏モモ肉の粉チーズ焼き」が「金」、「海藻と干し豆腐の和え物」が「水」、「大海老とアボカドとゴーヤの和え物」が「火」、「牛舌の紹興酒漬け」が「土」、「クラゲの木姜油 (ムージャンユ) レモン添え」が「木」というように、この一皿だけで五行の料理がどういったものであるかを体験できるのです。
「チーズ入り小龍包と大根もち、北京ダックの変わり揚げ」は、3種の点心がワンプレートで提供されており、チーズや大根が使われていることによって「金」の性質を持っています。チーズを加えた小籠包や揚げた北京ダックは他ではあまり体験できません。
「牛ハラミの中国味噌甘辛炒め」は牛肉と味噌が「土」を表していますが、面白い特徴は、葱ソースとチリソースの2種類のソースを使って、陰陽を表現した太極図をプレゼンテーションしていることです。
背景
風水をテーマにしたフェアはどのようにして、企画されたのでしょうか。
2018年3月に陰陽五行をテーマとした企画が持ち上がったということですが、企画を考える時に東郷氏は「最初に日本人に馴染みのある風水が思い浮かんだ」と振り返ります。
苦労したことに関しては「コースに意味をもたせることに腐心した。全体の構成が大変であった」と述べ、特にお勧めの料理については「デザートまで五行を考えて創り上げており、全ての料理がお勧め」と自信を持ちます。
ゲストの反応を尋ねると「面白いプロモーションであると評価いただいている。同じテーマで、違う料理に挑戦してみたい」と次回への意気込みを伝えます。
風水は日本人が関心のある中国の思想であり、中国料理との親和性も高いだけに、定期的に開催することを是非とも望みたいです。
裏メニュー/花梨(ANAインターコンチネンタルホテル東京)
中国料理といえば、裏メニューが多いことで有名です。フランス料理や日本料理に比べるとアラカルトメニューが多い上に、それひとつで食事となるご飯ものや麺ものが充実していることが主因となります。
裏メニューをサービススタッフにリクエストすれば、よく知っている上客として認められ提供してもらえますが、サービススタッフからは決して積極的に案内されません。
そのような状況にあって、「裏メニュー」=「シークレットレシピ」をあえてフェアとして提供しているホテルの中国料理があります。
それは、ANAインターコンチネンタルホテル東京の「花梨」です。
2018年4月から6月にかけて「大久保調理長のシークレットレシピ」が開催されており、普段の「花梨」では提供されない特別なメニューが提供されています。
コース内容
中国調理長の大久保武志氏による渾身のコース内容は以下の通りです。
大久保調理長のシークレットレシピ
- 三種海鮮と二種アスパラガスの炒め XO醤葱をからめて
- キビまる豚ロース肉のステーキ 特製甘酢ソース仕立て
- 黒毛和牛フィレ肉と芽キャベツの炒めと野菜入り卵焼き 生胡椒ダレをつけて
3品とコースにしては少ない構成となっていますが、そのどれもがメインディッシュとなる料理なので、実際にはとても満足度が高いものとなっています。辛味、甘味、酸味がよく考えられているので、バランスもとれているでしょう。
また、シェフソムリエ佐藤雄介氏が料理に合わせたワインペアリングとプレミアムアイスティーペアリングを提案していることも新しいです。
注目の料理
「三種海鮮と二種アスパラガスの炒め XO醤 葱をからめて」は海老、帆立貝、紋甲イカといった魚介類をさっぱりと味付けしています。季節の食材であるアスパラガスは、白と青を使って食べ比べできるようになっているのが嬉しいところです。カタクチイワシの稚魚であるシラスをプレート状にしたタタミイワシが添えられているのは、面白い試みです。ソースはオリジナルで、XO醤、黄ニラ、ネギ、ショウガのみじん切りが使われており、熱い油をかけて香り高くなっています。
「キビまる豚ロース肉のステーキ 特製甘酢ソース仕立て」では、沖縄の自然のもと、最高の条件下で飼育された沖縄県産ブランドのキビまる豚が使われています。キビまる豚は、まろやかな肉汁と肉質が印象に残る贅沢な食材。ソースはパイナップルのみじん切り、香菜、プチトマト、タバスコから構成されています。酢豚を現代風に再解釈した一品であり、大久保氏が最もお勧めする料理。
「黒毛和牛フィレ肉と芽キャベツの炒めと野菜入り卵焼き 生胡椒ダレをつけて」は、てりやき風にした黒毛和牛フィレ肉がほんのりと甘くて柔らかいです。生のブラックペッパーホールを加えた上湯と胡椒のソースは、フランス料理のように自分でかけます。日本人の誰もが知るカニ玉をイメージした料理であるだけに、新しさが感じられるでしょう。
背景
レストランでは通常、シークレットレシピは公にされないものですが、どのようにしてこの「大久保調理長のシークレットレシピ」が開催される運びとなったのでしょうか。
大久保氏はフレンチで有名な「KIHACHI」グループの「キハチ チャイナ銀座」料理長を務めた経験があり、在籍時にレシピ本を出版していました。ANAインターコンチネンタルホテル東京へ移った後に、レシピ本を高く評価する料飲部長から、普段の「花梨」では提供していない料理をゲストに届けたいと提案されたことがきっかけでした。
そして、2017年にトライアルでシークレットレシピのフェアを行い、クラシックな「花梨」の料理と違うところがリピーターに好評を博し、引き続き行うことになったのです。
今回のフェアでは、「中国料理にはワインも合うので、広めたい」という大久保氏の言葉通り、ワインペアリングも提供されています。「花梨」は2004年のリニューアル時にワインのディスプレイを始めるなど、ワインに力を入れた中国料理の先駆けであるだけに、ワインペアリングはとても素晴らしい試みであると言えるでしょう。
大久保氏に苦労した点を尋ねると「常に新しい料理を生み出すことは容易ではない。通常では提供できない新しいメニューを考えているが、あくまでも中国料理がベースとなっている」と答えます。
次回に関しては「肉の食べ比べを考えている。しゃぶしゃぶとサイコロステーキをご用意するなどし、食べる楽しさを広げていきたい」とアイデアを披露します。
「花梨」は伝統的な中国料理店のブランドであり、思い切った試みを行うことは難しいだけに、シークレットレシピという形で新しい料理を提供する姿勢を今後も応援していきたいです。
中国料理の進化
ここまでみてきたように、ザ・キャピトルホテル 東急「星ヶ岡」では日本の地域に焦点を当て中国料理に相応しい高級食材を提供できる宮城県をテーマにし、ヒルトン東京お台場「唐宮」では日本人に親しみのある風水から開運につながるコースを構成し、ANAインターコンチネンタルホテル東京「花梨」では中国料理の技法は変えず、皿盛りのイメージで新感覚を打ち出した料理を裏メニューとして提供しています。
中国料理のプロモーションが難しいことは引き続き変わりません。しかし、紹介したホテルの中国料理のように新しい試みを行っていくことによって、日本ではフランス料理やイタリア料理に比べて進化の遅い中国料理に、ポジティブな刺激を与えていけるのではないかと私は考えています。