【京都市】上京区 「廬山寺」は「源氏物語」執筆の地で「紫式部邸宅趾」ー「京の冬の旅」特別公開中♪
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京都にある京都御苑は、その昔、皇族が住んでいた場所です。
京都御苑の東側に佇む「廬山寺(ろざんじ)」は天台系の単立仏教寺院です。
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「廬山寺」は、紫式部邸宅跡としても有名な寺院です。
節分や桔梗のお寺としても知られる「廬山寺」は、『源氏物語』が執筆された場所と伝わります。
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紫式部が育ち、未婚時代を過ごしたのは堤第といわれた藤原兼輔(紫式部の曽祖父であり、堤中納言といわれる)が建てた邸宅。
紫式部の父である藤原為時の邸宅です。
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「廬山寺」は、938年に比叡山十八世貫主の元三大師良源が、船岡山の南麓に創建した天台圓淨宗の本山。
応仁の乱で焼失したあと、安土桃山期の天正年間に豊臣秀吉の寺地替えにより現在地に移転されました。
現在の仏殿(本堂)は、1794年(寛政6年)に光格天皇が仙洞御所の一部を移築したもの。
老舗会社である『高津商会』でも平安時代や源氏の間のセットでは、小道具たちがあちこちで今、大活躍しています。
なので、私たちにとっても美術装飾などの勉強になる大切な場所の一つです。
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境内に入ってすぐのところに「廬山寺の紫式部歌碑」があります。
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに雲隠れにし 夜半の月かな(紫式部)」「小倉百人一首」に入選した歌です。
「有馬山 いなのささ原 風吹けばいでそよ人を忘れやはする(大弐三位)」
大弐三位は、藤原宣孝と紫式部の娘です。
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「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 「廬山寺」
2024年1月6日(土)~3月18日(月)
時間10:00~16:30(16:00受付終了)
大人(中学生以上)800円/小学生400円
白砂に州浜形の苔と桔梗を配し『源氏物語』の世界を表現した「源氏庭」が作られている。仙洞御所から移築された本堂では、住吉派の絵師による源氏物語「若紫」や「絵合」の図、「源氏絵屏風」や貝合わせのほか、「京の冬の旅」期間中は与謝野晶子自筆の和歌集「源氏物語礼賛」も特別展示。特別公開の元三大師(がんざんだいし)堂では、鬼のような形相の「鬼大師像」や明智光秀の念持仏「地蔵菩薩像」が拝観できる。(HPより)
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また境内には「筆塚」もあります。
私もフォトジャーナリストの端くれですので、前を通る時にはいつもお参りさせていただいております。
今、話題の「紫式部」の生きた場所に伺えた上に、非公開文化財特別公開で平常観れないものが拝見できるのは嬉しいですね♪
「廬山寺」
〒602-0852 京都府京都市上京区北之辺町397