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安倍首相はよりプラグマティックに、「右傾化」懸念を一掃せよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
英キングス・カレッジ・ロンドンのアレッシオ・パタラーノ講師(木村正人撮影)

橋下発言の尻拭い

小野寺五典防衛相はシンガポールで開かれているアジア安全保障会議で、「防衛費増額や人員の増強、集団的自衛権を含めた憲法論議について、日本の『右傾化』を指摘する声もあるが、全くの誤解だ」と理解を求めた。

橋下徹大阪市長の従軍慰安婦をめぐる発言についても、「安倍政権は、野党党首の発言や歴史認識にくみするものではない。先の大戦でアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止めている」と述べた。

国際会議で安全保障を議論する前に、安倍政権が橋下発言の尻拭いから始めなければならない現実を国民は直視すべきだ。歴史にはそれぞれの言い分がある。関係国の反応も考えず、自分勝手な立場を主張することがどれだけ国益を損なうか、日本もそろそろ学んだ方がいい。

「侵略」を語る理由

英キングス・カレッジ・ロンドンのアレッシオ・パタラーノ講師は沖縄県・尖閣諸島問題や日本海軍の歴史に詳しい。大学の部屋には海上自衛隊の写真まで飾っている知日派だ。

パタラーノ氏は「日本の状況を完全に把握している人はいない。安倍晋三首相の『侵略性の定義』発言、閣僚の靖国参拝、橋下市長の『従軍慰安婦は必要だった』発言が断片的に出てくる。僕自身、安倍首相がなぜ、先の大戦が侵略か否かを語るのか理解できない」と指摘する。

安倍政権が夏の参院選で勝利して衆参両院で3分の2以上の多数を占めた場合、現行憲法をどんな形でどこまで変えようとしているのか、欧米の知日派も見通せず、困惑を広げている。日本が単独で北朝鮮や中国に一撃を加えることができるようになりたいのか、米国も押し測りかねている。

パタラーノ氏は、オバマ米政権にアジア政策を提言している米民主党系知日派の重鎮、ハーバード大学ケネディスクールのジョセフ・ナイ教授と同様、集団的自衛権の行使は現行憲法を改正しなくても政府解釈の変更だけで容認できると考えている。

国際法上、国家は、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(集団的自衛権)を有しているとされる。

しかし、戦争放棄を定めた現行憲法9条で認められている自衛権の行使は「わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまる」とされ、集団的自衛権の行使はこれを超えるもので憲法上許されないと日本では考えられている。

パタラーノ氏もナイ教授も、これは政府の方針に過ぎず、政府の意思さえあれば変更できるとの立場だ。「北朝鮮の核・ミサイル、尖閣で危機感が高まっているときに、急ごしらえで憲法を改正するのは適切ではない。危機に際してではなく平時に、憲法改正に取り組むべきだ」と説く。

「憲法改正で中国を刺激するよりも、より現実的に尖閣の主権を守りぬく対策を講じるべきだ。現行憲法下でもできることはたくさんある。今、憲法改正を急ぐことは中国に間違ったメッセージを送ることになり、リスクが大きい」とパタラーノ氏は指摘する。

北朝鮮や中国への対応は、現行憲法下で集団的自衛権の行使を容認し、米国と共同歩調をとれば良いというのがオバマ政権からのメッセージだろう。

中国の戦術

パタラーノ氏は尖閣をめぐる中国の戦術について、こう分析する。中国は段階的に圧力をエスカレートさせ、日本が手をこまぬいていれば、そのまま尖閣をせしめてしまおうという魂胆だ。日本が譲らなければさらに押し、日本の「勇み足」を誘う。

中国国家海洋局の航空機による領空侵犯に対し、自衛隊機が出動すれば、中国側は「民間機に対し、軍用機が出動した」と非難し、常に新しい「現状」を作り出す。「悪いのは中国ではなく、日本だ」というレトリックを持ち出すのも中国の常套手段だ。

中国は領土問題の存在を固定化させ、国際社会にアピールする目的を十分に達している。米国が「日米同盟は尖閣に及ぶ」と明言している以上、中国がとれる軍事的な選択肢は限られており、尖閣をめぐって日本と戦争する意思は中国にはないとパタラーノ氏はみる。

これに対し、尖閣を守る日本は中国以上の戦略的思考、軍事的思考が求められる。挑発する側の中国に比べ日本の負担は大きく、日本は中国にジリジリと押される展開になっている。しかし、日本には海洋国家というアドバンテージがある。

中国海軍は他国と連携した経験が浅いのに対し、海上自衛隊は米海軍と緊密に連携している。中国は南シナ海や東シナ海を支配しようとしているのに対して、日本は貿易を活発化させるため自由航行を確保しようと主張しており、国際社会の協力を取り付けやすい。島嶼防衛に関して海上自衛隊は中国に比べ一日の長がある。

尖閣周辺海域での漁業をめぐる台湾との懸案を解決したことも、現実的な対応として注目できるとパタラーノ氏は強調する。中国海軍は飛躍的に「接近阻止・領域拒否」能力を向上させているが、全体的に海軍力を分析するとまだまだばらつきがある。

日中関係は今年後半から好転か

権力移行期の安倍首相も中国の習近平国家主席もこれまで互いに弱腰を見せることはできなかった。「安倍首相が夏の参院選で勝利して政権基盤を安定させることができれば、習主席との交渉に臨んで、建設的な日中関係を構築できる」とパタラーノ氏は予測する。

中国にとって尖閣は「海洋利権」「政治的シンボル」という2つの意味を持つ。その一方で、日本は成長力の回復、中国も経済成長の維持に努めなければならず、安倍首相にも習主席にも共通した利害が存在する。緊張を高めるか、現実的に対応するかの選択を迫られる両首脳は建設的な議論を始める可能性がある。

日本維新の会共同代表の石原慎太郎・前東京都知事が昨年4月、尖閣購入をぶち上げた後、中国は尖閣を「核心的利益」と言い出し、緊張を一段と高めた。石原氏はその後、都知事をやめて国政に進出した。パタラーノ氏は石原氏の行動について「政治家として極めて無責任だ」と批判する。

参院選を前にした橋下市長の従軍慰安婦発言も、日本の国益を大きく損なった。

日米中という三角関係の中で日本の果たす役割は極めて重要だ。中国が国内世論にばかり目を向け、米国や日本を軽視すれば、中国と日米が衝突する恐れが出てくる。中国が南シナ海や尖閣で傍若無人に振舞ったため、米国は2020年までに海軍力の60%を太平洋に集中させる方針を打ち出した。

中国の友人はアジアで、核やミサイルの脅威を振りかざす北朝鮮の金正恩第1書記しか見当たらない。

参院選後、安倍首相が自民党右派に目配せしながらも、よりプラグマティックなアプローチで対中関係の改善に乗り出せるか、「靖国への対応が大きなカギになる」とパタラーノ氏はいう。台湾との漁業協定は尖閣をめぐる日本の現実的アプローチのモデルだ。

歴史問題

日本と同じく第二次大戦で敗戦国となったイタリア出身のパタラーノ氏は「国を愛するということは、歴史から目をそむけないことだ。歴史のダーク・サイドも直視する。否定することからは何も生まれない」と指摘する。

英国の歴史家は今も第二次大戦について議論している。これに対して、アジアでの議論は冷戦が終結した1989年以降に活発になったばかりで、学問としてはまだ若いとパタラーノ氏はいう。

「政治家は保守的な地盤に対して靖国や侵略を語る必要があるのかもしれないが、過去にこだわる代償を語るべきだ。過去にこだわって、国際社会の信頼と友人を失うか。日本にとって先の大戦の教訓は国際社会から孤立したことにあったはずだ」

安倍首相には保守化する国民世論の受けを狙った政治パフォーマンスより、現実的で安定したリーダーシップが求められている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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