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シャンシャン帰国延長で考える「パンダは希少か」

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
ハッピーバースデー(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

「2年で中国帰国」自体は理にかなっている

 上野動物園(東京都台東区)のジャイアントパンダ「シャンシャン(香香)」が誕生したのが2年前の明日(12日)。目当ての訪問客も増加して今や上野の看板娘です。都立だから東京都のアイドルともいえましょう。人工授精でなく自然繁殖ですくすくと育ったのでわがことのように愛しているファンも少なくありません。

 と同時に「2歳」を心配する声も誕生からずっとささやかれていました。両親の「リーリー」と「シンシン」(11年来日)はともに「中国籍」。ゆえにシャンシャンも中国籍です。動物なのに国籍があるのはレンタル(貸与)だから。都と中国との協定で満2歳(24か月齢)で返還すると決まっていました。都の交渉によって期限が20年末まで延長されて一安心。言い換えると12日でサヨウナラの可能性も十分にあり得たのです。

 何でそうなるかというと絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関して定めるワシントン条約がパンダを「絶滅のおそれのある種であって取引による影響を受けており又は受けることのあるもの」(「附属書1」)にしていて国際取引が原則禁止だからです。

 例外的に繁殖・研究を目的とする場合はレンタルできる決まりで、上野動物園は繁殖のため中国と共同で研究している立場。そのためにシャンシャンは将来のペア(オス)を求めて子を産む使命を帯びていて広大な生息環境で多数のパンダを管理する中国へ戻すのは目的達成のため不回避です。2歳はまだまだ子どもとはいえ新たな環境に慣れる時間を勘案すると決して早くはありません。

 絶滅のおそれが強まって個体数が著しく減少した動物は仮にオス・メスが複数生き残っていても近親での子作りしか繁殖させようがなく多様性を失って結局いくら保護を徹底しても滅亡してしまいます。その意味でも多くの離れた血統のオスが暮らす中国へ帰すのは理にかなっているのです。

シャンシャンの行き先は?

 中国のパンダ保護区は四川省の臥龍自然保護区など「中国ジャイアントパンダ保護研究センター」と同省の「成都ジャイアントパンダ繁殖育成研究基地」が有名です。上野が提携しているのが前者でリーリーとシンシンの生まれ故郷。戻れば里帰りとなります。後者は和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドと提携。このテーマパークでは毎年のように生まれ育っていて中国へも多数帰っています。経緯からしてシャンシャンは前者が受け入れ先とみられているのです。

 とまあ理屈は理屈として「シャンシャンがいなくなるなんて悲しい」という心情は当然抱かれるわけで都の延長交渉も意を汲んでのことでした。単なる情感のみならず関連商品や記念グッズにまで範囲が広がる経済的効果も見逃せなくなっています。

 ところで四川、成都、臥龍と聞くと「三国志」ファンはすぐ気づきます。劉備が臥龍こと諸葛亮と建国した「蜀」がかつて立地した地域で成都は首都でした。三分した天下の1つが今やパンダの一大生息地。泉下の孔明もビックリしているでしょう。

絶滅危惧で一番軽い「危急種」へリストダウン

 単なる白黒模様のクマではないという点においては中国も同認識でしょう。懸命な保護活動が評価されて国際自然保護連合(IUCN)が2016年9月、パンダを絶滅危惧種の3段階のうち最も軽い危急種(絶滅危惧2類)に引き下げた際の反響は複雑でした。当局が「時期尚早」との懸念を示したのです。

中国が抱えるジレンマ

 本来は努力が認められたのだから喜びそうなものですが難しい顔をしたのには理由がいくつか考えられます。1つは「まだまだ安心できない」という純粋に科学的な見解。生息地などの環境に不安を抱えるといった現状が確かに認められます。

 ただそれだけでもなさそう。保護区の研究施設は今や見学客が多く訪れる観光地として知られています。むろんパンダ特有の愛くるしさが第一の理由でしょうけど「絶滅危惧種」(=極めて珍しい)というブランドが大いに貢献しているのもまた事実です。

 それがあるからこそ「パンダ外交」も可能という政治的思惑も大いに考えられます。日本で絶滅したトキはかつてありふれた鳥でしたが、絶滅寸前になって注目されました。「最後の一羽」となった「キン」(2003年死亡)はもはや神々しい存在ですらあったのです。

 その後、中国からつがいを贈られて繁殖成功。個体数が400羽ほどに増えた現在、再び話題に上らなくなっています。

 パンダもまた希少性を失ったら単なる「白黒グマ」と化してしまってレンタルするといっても諸外国も有り難がらなくなるでしょう。

 危急種へ「引き下げ」られても絶滅危惧種には変わりないので「附属書1」(原則輸出入禁止)は変わりません。もっとも「危急種」だとライオンやカバと同じ位置づけ。さらに繁殖が成功する(=喜ばしい)とそれすら外れ、準絶滅へとリストダウンし附属書の位置づけも2へ変更されるかもしれません。そうなると希少性を失い(=悲しい)政治的、経済的、環境的な意味合いが薄れてしまうというジレンマを抱えているのです。

 最近はリーリーとシンシンに3度目の出産(第1子は早世)を期待する向きも。シャンシャンも含めて人間の思惑であれこれ話題にされるのは少々かわいそうな気もします。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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