がん患者・年間100万人時代「がんになる前」にどうしても知っておきたいことは
もしあなたが、友人や家族から「がんが見つかった」と相談されたら、どうしますか?
言葉を失うでしょうか。それとも、何か力になれればと、ネットで必死に情報を探すでしょうか。
最新のデータでは、日本で1年に新しくがんにかかる人は99.5万人に上っています。一方で、1年に生まれる赤ちゃんの数は92.1万人。日本ではいま、赤ちゃんより多くのがん患者が生まれています。人生のうちにがんにかかる確率は、「2人に1人」といわれています。
そんな「ありふれた病気」にも関わらず、健康なうちに「がん」について知識を持っている人は、それほどいません。
「どの医療機関に行けばよいのか?」「より良い治療を受けるにはどうすれば良いのか」「医師に言えない悩みやグチを、相談できる場所はあるのか」
がんが見つかった人の多くは、突然、こうしたこれまで考えもしなかった疑問に直面します。そして限られた時間の中で情報を集め、治療の方針などを決定しなければならないことに戸惑います。
もし、がんになる「前」にこうしたことを知っておけたら…。そんな思いに応えようとする映画が、2月2日(土)に公開されます。
題名は「がんになる前に知っておくこと」
どんな映画なのか、そして、どのようなことを伝えたいのか。監督の三宅流(みやけ・ながる)さんにお話を聞きました。
Q)今回、この映画を撮ろうと考えたきっかけを教えてください
よく、がんの映画というと「余命半年の患者さんが、どういうふうに生きたか」とか「スーパードクター登場」というものがイメージされます。でも「本当に必要なことって、そういうことなのかな?」という疑問がありました。
がんに関して、「自分がなったらどうしたらいいか」をあらかじめ知っている人って、ほとんどいないと思うんです。そこで今回、そういう基本的なところを全体像として描いた映画を探してみたんですけれども、なかったんです。
だったら、本当に必要なものを作ってみようと思いました。
Q)映画では、主人公の鳴神綾香(なるかみ・あやか)さんが、「がんになる前の人」の代表として、様々ながん医療の現場を訪れて、そこで働く人や経験者の話を聞きながら、がんについて学んできます。
主人公のオーディションには、50人くらいの応募がありました。
その中で鳴神さんに話を聞いたら、以前、乳がんの検診を受けて「疑いあり」と言われた経験があることがわかりました。
すごく不安になって、いろいろインターネットで探しても、全然何が正しいのか分からない。そういう不安を感じた経験があることで、映画を見る人と同じ目線に立って、知ってくれるんじゃないかなと思ってお願いしました。
Q)映画の前半、鳴神さんは「がんの3大治療」と呼ばれる、手術・抗がん剤治療・放射線治療を行っている医師のところに話を聞きに行きますね。
医師たちは治療の内容について、できるだけわかりやすく話そうとしているのですが、やはり専門用語が多く、鳴神さんも戸惑う瞬間があったように見受けられました。
がんで治療を受けるときに一番最初に出会うのは医師ですから、そこからひもといていこうという思いがありました。
今回、出演してくださった専門家の皆さんは、本当にできるだけわかりやすくお話しくださいました。ただ最低限の専門用語はどうしても出てきてしまう。
さらに患者側からすると「雰囲気にのまれる」というか、専門用語が出てきてもついつい「わかったふり」をしてしまうことがあると思います。それで家に帰ってきた後で「あれ?あれも聞けばよかった、これも聞けばよかった」と後悔することもあるでしょう。
鳴神さんの反応は、ある意味で、そうした実際の診療現場の患者さんのリアルな反応にも近いものだったかもしれないですね。
Q)確かに映画を拝見していて、鳴神さんの表情が、前半の医師の話を聞いていた時と、後半の看護師や経験者の話を聞いている時では、違っているように思いました。
映画冒頭の、若尾文彦先生(国立がん研究センター・がん対策情報センター長)の話にもありますが、全国すべての都道府県に「がん相談支援センター(※)」が設置されています。
そこでは患者さんやご家族だけでなく、まだ「がん」になったことのない人も含め、その地域に住むどんな人でも無料で相談できます。
そして最近では、がんを抱えた人が自らの悩みを落ち着いた環境で、ゆったりと話せる「マギーズ東京(※)」のような場所もあらわれています。そこでは、もうちょっと生活実態に根ざしたような言葉で相談することができる。
医師としっかり話すのはもちろん大事なことですが、それが難しいときでも色々な選択肢があるんだということを、映画を通じて知ってもらえればと思います。
※がん相談支援センター…全国の「がん診療連携拠点病院」や「小児がん拠点病院」に設置されている相談の窓口。地域のどの病院に設置されているかは国立がん研究センター「がん情報サービス」から検索できる。
※マギーズ東京…がんになった人とその家族や友人など、影響を受けるすべての人が、気軽に訪れて安心して話したり、また自分の力をとりもどせるサポートを提供することを目指す施設。公式ウェブサイトはこちら。
Q)この映画の製作を通じて、三宅さんご自身、「がん」に対するイメージに変化はありましたか?
抗がん剤治療の専門家・勝俣範之先生(日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科教授)とのお話のときに、「QOL(※)って言葉の意味、分かりますか」と問われて、普通は「生活の質」と言うところなんですが、鳴神さんは「人生の質」と答えました。
Lifeと聞いて直感的にひらめいたのだと思います。まあ和訳として一般的ではないんですが、実はこの「人生の質」という言葉こそが、がんについて考えるときのキーワードになるのではないかと感じるようになりました。
「生活の質」と聞くと、例えば日常生活で「トイレに一人で行けるかどうか」がポイントになる気がしますよね。でも、例えば落語家さんだったら、トイレに1人でいけなくなってもいいから、とにかく「話せる」その一点だけは守ってくれということになる。
つまり、治療の選択は、人生の生き方を選択することにつながるのではないかと。
※QOL=Quality Of Life 通常は「生活の質」と訳すことが多い
Q)がんになったときに、人は「自分の人生とは何なのか、何を大切にすべきなのか」を突き付けられるということでしょうか。
はい。大野智先生(島根大学医学部附属病院臨床研究センター長・教授)との話のなかで、本当は映画に使いたかったんだけれども使えなかった話がありました。
最近では、よくEBM(Evidence-Based Medicine・根拠に基づいた医療)という言葉を使うじゃないですか。
根拠(データ)はもちろん大事です。でも、「これをやったら100%治る」という治療があるわけじゃありません。データで分かるのは「Aの方法はBの方法に比べて何%の人の治りが良くなった」ということだけです。
判断の材料としての情報が0と100の間の灰色の状態である一方で、どの治療をするのか、あるいは治療をしないのかという決断は白黒がついてしまいます。
データはあくまで手段であって、大事なのはそれを解釈してどう選び取るかということです。つまり、その人の置かれた状況とか、人生で何を重視しているのか、という価値観に左右されるのがEBMだということをおっしゃられました。
「がんになる前に知っておくこと」というのがこの映画のテーマです。その一番大事なことは、「がんになっていないときにも、自分の人生で何を優先しなければならないのかについて考えを至らせておくこと」なのかもしれません。
Q)最後に、この映画を見た人に感じてほしい「体験」とはどんなものでしょうか。
この映画は、日本のがん対策の現場にいる人に15人、ひとりひとり会っていって、言葉の情熱とか、生きざままで含めて話を聞いています。
なかなか、こういう人の話をずっと、順繰りに聞いていくという体験ってないと思うんです。でも、それを15人経て、初めて全体が分かるということがある。
もし、あなたが「がん」になったとき。限られた時間の中では、出会って話せる人も、触れられる情報も限られてしまうかもしれません。日本の第一線で取り組む人たちの話をじっくりと聞ける、この貴重な経験を、上映を通じて多くの人にシェアしていただければと願っています。
映画「がんになる前に知っておくこと」は、2月2日から東京・新宿のK's cinemaほか、全国で順次公開されます。詳しくは映画オフィシャルサイトをご覧ください
http://ganninarumaeni.com/
【取材協力】
映画監督 三宅流(みやけ・ながる)さん
1974年生。多摩美術大学卒業。在学中より身体性を追求した実験映画を制作、国内外の映画祭に参加。2005年からドキュメンタリー映画制作を開始。伝統芸能とそれが息づくコミュニティ、ダンスなどの身体表現におけるコミュニケーションと身体性について独自の視点で描き続けている。『究竟の地−岩崎鬼剣舞の一年』は山形国際ドキュメンタリー映画祭などで上映され、『躍る旅人−能楽師・津村禮次郎の肖像』は毎日映画コンクールにノミネートされる。
この記事の執筆にあたって、筆者は試写会に参加しましたが、この映画の配給会社など一切の組織・個人から、報酬を含めた利益の供与を受けていません。