鈴鹿8耐の基礎講座(4)〜鈴鹿8耐、42回目の伝統。8耐にはいくつかの定番がある。
今年も7月25日(木)〜28日(日)に鈴鹿サーキット(三重県)で伝統の「鈴鹿8耐」(鈴鹿8時間耐久ロードレース)が開催される。近年再び注目が集まり、新規の観客が増加傾向にあるということで、42回大会の開催を前に鈴鹿サーキットのレースアナウンサーでもある筆者が「鈴鹿8耐」を観戦するにあたっての基礎知識を交えながら、今年の見どころを紹介していく。普段、オートバイのレースを見る機会がない自動車レースのファンも含め、初心者の方にぜひ読んでもらいたい。
その第4回は「鈴鹿8耐、42回目の伝統。8耐にはいくつかの定番がある」
というテーマに沿って書いていこう。
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11時30分スタート、19時30分ゴール
1978年に始まった「鈴鹿8耐」は今年で42回目の大会となる。「伝統の」という枕詞を付けて紹介されることが多いレースだが、海外の有名レース「インディ500」(4輪)は今年で103回目、「ル・マン24時間」(4輪)は87回目、2輪の耐久レース「ボルドール24時間」は昨年で82年目の大会だったということを考えると、そういったイベントに比べれば後発であり、歴史はずっと浅い。
しかしながら、30回目の大会を迎えたあたりから「鈴鹿8耐」もその歴史が語られ始めるようになり、1978年の第1回大会から長く続けてきたことが価値として認識されるようになってきた。
そんな「鈴鹿8耐」の最も重要な伝統として覚えておきたいのが、「午前11時30分スタート、19時30分ゴール」というスタートとゴールの時間だ。日没後の夜間走行でゴールすること、電車など公共交通機関が動いているうちに観客が帰宅できることを考えて作られた8時間のレースフォーマットなのだ。これは1978年の第1回大会から貫かれている伝統であり、今年も7月28日(日)午前11時30分にスタートする。
ただし、過去41回の大会の中でこのフォーマット通りにならなかった例外がある。まず1982年の第5回大会は台風が三重県を直撃し、レースの開始前に6時間耐久レースへの短縮が決定。この時は24番手スタートの飯島茂雄/萩原紳司(ブルーヘルメットMSC/ホンダ)が土砂降りのレースを制して優勝。当時としては奇跡的な日本人コンビの優勝となった。
そして、東日本大震災の2011年に開催された第34回大会は当時の深刻な電力不足に配慮し、スタンドの夜間照明を使用する時間を極力減らすため、1時間前倒しの10時30分〜18時30分で行われ、夕焼けの中でゴールした大会があった。この他にもスタートが雷雨のため遅れるなど8時間に満たないレースもあったが、上記の2例を除いては11時30分〜19時30分のレースで行われるのが伝統だ。
トップ10トライアル
「鈴鹿8耐」では予選上位10チームの最終グリッドを決定する特別予選「トップ10トライアル」が名物になっている。これは予選上位10チームの2人の代表ライダーが1人でコースを占有してタイムアタックするものだ。その歴史は1994年に「スペシャルステージ」という名前で20チーム40名のライダーのタイムアタックとしてスタート。現在は10チーム20名の戦いになっている。
コースを占有してライダーが走行する際にはライダーやチームが選んだ曲が場内放送に流されるのも伝統である。走りをイメージしたゴリゴリのロックやダンスミュージックを流す選手が多いが、過去には世界耐久選手権の日本人ライダーとして大活躍していた北川圭一が「娘が好きだから」という理由で女の子向けのテレビアニメ「プリキュア」のテーマ曲を流して観衆を驚かせたこともあった。個性的な選曲で笑いを取ったり、真剣勝負の中でもエンターテイメントになる「トップ10トライアル」はお祭り感を増幅させてくれる。
土曜日の予選をショーアップする、この一発アタック予選方式は世界的にはスーパーポール予選と呼ばれており、のちに「スーパーバイク世界選手権」や4輪の「F1世界選手権」「SUPER GT」などが採用。そのルーツは「鈴鹿8耐」だと言われている。
FIM世界耐久選手権(EWC)のシリーズ戦の中でこの方式が採用されるのは「鈴鹿8耐」だけ。金曜日の公式予選では3人または2人のライダーの平均タイムで順位を争い、その中の10チームが「トップ10トライアル」に進出する。ただし、「トップ10トライアル」開催時に雨の可能性がある場合は条件に差が出てくるのを避けるため、昨年のように通常の計時予選方式に変更される場合もある。
※FIM世界耐久選手権(EWC)ではコースレコード記録(歴代最速タイム)は決勝レース中での最速タイムが正式記録となり、予選やトップ10トライアルのタイムは記録には対象外となる
ル・マン式スタート
「鈴鹿8耐」はFIM世界耐久選手権(EWC)のレギュレーションにのっとり、伝統的に2輪の耐久スタート方式である「ル・マン式スタート」で幕を開ける。
これはライダーがコース外側にスタンバイし、バイクをコース内側に並べ、スタートの合図(日章旗)と同時に走って駆け寄り、バイクにまたがってエンジンをスタートさせていく方式。耐久レースの始まりは徒競走から始まるのだ。
長い耐久レースの中でスタートでの速さはあまり重要ではないが、優勝候補のトップチームのエンジンがかからないなど思わぬアクシデントに見舞われることもあるので、そこで起こるドラマは見逃さないようにしたいもの。
なお、この「ル・マン式スタート」は2輪の「ル・マン24時間」がルーツではなく、4輪の「ル・マン24時間」が伝統的に採用していたもの。4輪レースにシートベルトの使用という概念が生まれてからは、シートベルトの装着時間を削るためにシートベルトを装着せずにスタートする選手が続出したため、4輪の耐久レースではローリングスタートが定番になった。シートベルトがない2輪では「ル・マン式スタート」の伝統が受け継がれている。オートバイ耐久の最大の見所と言えるだろう。
ライトオンボードの提示
夜間走行の時間帯に向け、夕刻の日没時間の前後にホームストレートではオフィシャルからライトの点灯を指示する点滅方式のボード「ライトオンボード」が掲示される。いよいよ、夜間走行のクライマックスに向かうことを観客に知らせるシーンだ。
実は「ライトオンボード」は「鈴鹿8耐」だけで使用されるオリジナルのもの。現在のFIM世界耐久選手権(EWC)のルールではスタートからゴールまでの全時間に渡ってヘッドライトを点灯させることが義務付けられている。もし、トラブルでライトが消えてしまった場合は昼間の明るい時間帯でもピットに戻って修復しなくてはならない。そのため、「ライトオンボード」の掲示はレースのルール上は大きな意味を成すものではない。しかし、鈴鹿サーキットのレース運営チームは「ライトオンボード」を鈴鹿の伝統として掲示し続けている。
先述した2011年の大会は10時30分スタート、18時30ゴールとなり、観客にとって少々寂しい夜間走行がない大会となったが、鈴鹿サーキットのオフィシャルはそれでも機転を利かして「ライトオンボード」を掲示し、観客の気分を盛り上げた。「鈴鹿8耐」で生まれた名物「ライトオンボード」は世界選手権のレギュレーションから外れてもなお、伝統として生き残っているのだ。
花火で締めくくる
夜間走行に入ってからはグランドスタンドの観客に鈴鹿サーキットから色を自由に変えられるライトスティックが配られる(要返却)。そして、グランドスタンドの応援席ではそれぞれのメーカーやチームのイメージカラーなど推し色を選択し、まるでコンサート会場のようにライトスティックでライダー達を応援する。
19時30分が過ぎ、チェッカーフラッグが振られると「花火」が1コーナー方向で打ち上がり、まずレースの終わりを告げる。そして表彰式では優勝チームのライダーがマイクを持ち、カウントダウンを行い、さらなる花火を打ち上げるのだ。
実はゴール後の花火は1978年の第1回大会から続く伝統で、煌めくオートバイのライト、ライトスティックで光り輝くグランドスタンド、そして、花火。これこそが、また来年も来たい、と思う「鈴鹿8耐」の大きな魅力と言えるだろう。
なお、表彰式は「FIM世界耐久選手権(EWC)」の年間表彰式に続いて、「鈴鹿8耐」の表彰式が行われる。SSTクラスの表彰式は完走メダルを授与する「完走賞授与式」にて行われる。
ヨシムラの参戦
最後に「鈴鹿8耐」で忘れてはならない伝統、定番を紹介しよう。それは名門チーム「ヨシムラ」の参戦だ。今年も伝統のゼッケン12番を使用し、スズキGSX-R1000で参戦する「YOSHIMURA SUZUKI MOTUL RACING」(加賀山就臣/渡辺一樹/シルヴァン・ギュントーリ)は第1回大会の優勝チーム。過去41回の鈴鹿8耐に連続出場し、優勝4回という実績を誇る。
「ヨシムラ」はF1でいうフェラーリのような存在で、まさにこの大会の魂と言える存在だ。その理由は生粋のプライベーター魂を貫き通し、常にワークスに立ち向かっていく姿勢を変えていないことだ。第1回大会の時は優勝最有力候補だったホンダの耐久ワークスマシン「RCB1000」を撃破し、スズキ「GS1000」で優勝。スプリントレースではメーカー直属のワークスには歯が立たないが、耐久レースではプライベーターでも独自のモディファイを加えたマシンでもワークスを相手に勝負ができると考え、鈴鹿8耐に「ワークスvsプライベーター」という図式を作り上げたチームである。
創業者のポップ吉村こと吉村秀雄の孫である加藤陽平が監督としてチームを率いる現在のヨシムラ。スズキの代表チームとして常に優勝を争う存在ではあるが、ヤマハ、ホンダ、カワサキの3メーカーがワークスチームを参戦させる中、メーカーとの関わりという意味ではヨシムラはプライベーターに分類される独自体制だと言っていいだろう。
そんなチームに今年、加わったのが2007年に圧倒的な勝負強さで「ヨシムラ」を27年ぶりの優勝へと導いた加賀山就臣(かがやま・ゆきお)。自身のチーム「Team KAGAYAMA」で3位表彰台を獲得する活躍を見せていたが、今季は「ヨシムラ」に電撃復帰。チームの要として、そして鈴鹿8耐で想像以上の結果を残せるライダーとして、45歳のベテランは再び名門で8耐にリベンジする。
今年はワークスチームの参戦に話題が集中している「鈴鹿8耐」だが、そんな42回大会だからこそ、よりその存在感が際立つのがプライベーターの雄「ヨシムラ」だ。ライバルメーカーを応援していても気になってしまう、「ヨシムラ」は特別な存在なのである。
誰かが作ったストーリーでもなんでもない。毎年同じことを繰り返しながら歴史を重ね、毎年違うストーリーが生まれてくる「鈴鹿8耐」。その歴史は少しずつ知っていけば大丈夫。それは後にして、日本でここにしかない真夏の耐久レースをまずは思いっきり楽しんで欲しい。
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