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むなしく響く「がんばろう!」の声  日産自動車の検査不正 経営と現場との信頼関係を築け

安井孝之Gemba Lab代表 フリー記者
新型「リーフ」ラインオフ式でこぶしを上げる現場社員と西川社長(中央、筆者撮影)

日産自動車は19日、日産車体を含む国内にある全6工場で生産している国内向け車両の出荷を停止した。国交省が9月18日に日産車体の湘南工場に立ち入り検査をし、正規の完成検査員以外が完成検査に携わっていたことが発覚。検査体制を見直したはずだったが、不正がその後も4工場で続いていた。

19日夜に会見した西川廣人社長は「完成検査工程は完成検査員だけでやれと伝えていたが、実施されていなかった」と述べ、経営陣の指示が現場まで徹底されていなかったことを認めた。また生産部門のトップから工場長、部長、課長、そして現場の係長に指揮命令が伝わる過程について、西川社長は「課長と係長のコミュニケーションのギャップが大きく、そこに落とし穴があったのではないかと思う」と述べた。

横浜にある日産グローバル本社で開かれた社長会見を聞きながら、愕然とした。

1か月まえには現場と社長が「がんばろう!」

1か月前の9月19日、電気自動車、新型リーフのラインオフ式が神奈川県横須賀市にある追浜工場で開かれ、出荷が始まった新型リーフの前で西川社長ら経営幹部と現場従業員とが「がんばろう!」とこぶしを上げた。だが経営と現場が一体となり、声を合わせている姿は形ばかりで、実態が伴っていないものだったことが明らかになってしまった。

西川社長は経営と現場との関係について、こうも語った。

「現場が自立性を持って解決することが、日本のものづくりの強さの原点。ただし、現場任せが強すぎてもいけない。現場に対するコントロールが課題ではないかと思う」

この発言にも違和感を持った。

今後、外部監査も入れて、ルール通り検査が行われているかをチェックしたり、検査工程に覆いをして、完成検査員しか立ち入れないような措置を取ったりするという。現場を強制的にコントロールするという意思の表れだが、根本的な問題は解決できないのではないかと危惧したからだ。

「伝えたとつもり」の落とし穴

今回の不正の背景にある問題は、経営陣と現場との大きなコミュニケーションギャップの存在であり、コミュニケーションの前提となる両者の信頼関係が築けていないという現実ではないだろうか。信頼関係がない中ではいくら「指示を伝えた」つもりになっても、伝わらない。今後の対応策は応急措置にはなるが、今の日産が抱える経営問題を根本から変えるものではない。

日産の場合、課長以上の多くが大卒社員だ。一方、現場を仕切る係長の大半は高卒である。係長が課長以上に昇進する道はあるが、極めて狭い道だという。今回のコミュニケーションギャップは、大卒で入社して現場に配属されても、課長以上となり昇進していく社員と現場で働き続ける社員との風通しが良くないことが原因で、西川社長も「ポイントは課長と係長をうまくつなぐことだ」と会見で述べた。

今回の不正で課長以上と係長以下との間にある溝はとても深いことが見えてきた。会見での説明によると、新型リーフの完成検査ラインの詳細を7月に国交省に届けているが、8月1日に完成検査の一部(約10項目)を商品検査ラインに移した。変更があった場合、法令上は30日以内に国交省に届けなくてはいけないが、これを怠っていた。

経営幹部と現場は、見ているものが違うのか

現場のラインが変わっているのに、1か月以上も工場内で働く大卒の課長以上の幹部がラインの変更に気が付かなかったのだろうか。一緒に工場で働いているのに、見ているものが違っていたと思わざるを得ない。あるいは課長以上が変更に気付いたとしても、届け出の必要性を指摘もせず、あるいはその必要性を認識していなかったとすれば、係長以下の現場ばかりか、課長以上の幹部社員にも法令順守の意識が希薄だったことになる。

現場に関する研究の第一人者である東京大学大学院の藤本隆宏教授は近著「現場から見上げる企業戦略論」(角川新書)の中で面白いエピソードを紹介している。

藤本教授のゼミ生が大手鉄鋼メーカーに就職し、ある製鉄所の経理課に配属された。藤本教授が朝方、製鉄所を訪問したら、教え子はヘルメットに現場服で手ぬぐいを巻いてあらわれたという。そんな恰好で経理をするのかと聞くと、教え子はこう答えたという。

経理は現場を知らなければならないと考え、毎朝早起きして、生産現場の朝礼に出ている。これで現場の問題や改善の流れがかなりわかる。それから職場に行って着替えて通常の経理の仕事をしている。

経営幹部になるエリート社員だろうが、現場に足を運び、その現実を見つめる社員がいるかどうかで、現場はおろか経営自体を左右する。日産にはそんな経営と現場との一体感がなかったのではないかと思う。

カルロス・ゴーン氏が経営不振になった日産の経営に関わる前の日産は「いいプランをつくるが実行できない会社」と揶揄されたものだ。ペーパーづくりが得意な優秀なエリート幹部がつくる経営計画は素晴らしいが、現場を巻き込み、愚直に目標に向かって組織を動かすことができない会社だった。ゴーン氏が経営トップになり20年近くになる。その間、必達目標を掲げ、実行する組織に変わったのは事実だと思う。

だが、経営層と現場のギャップという過去にもあった課題が、解決されず残っていたのではなかろうか。今回の不正は、現場をコントロールするだけでは改善されない。経営と現場との信頼感の回復なくして、不正はなくならない。そのためには現場にとどまらず、幹部社員ら経営層の意識改革こそが必要なのではなかろうか。

Gemba Lab代表 フリー記者

1957年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界、産業政策、財政などを取材した。東京経済部次長を経て、05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリー記者に。日本記者クラブ会員、東洋大学非常勤講師。著書に「2035年『ガソリン車』消滅」(青春出版社)、「これからの優良企業」(PHP研究所)など。写真は村田和聡氏撮影。

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