アメリカはミュージシャンにも現金給付だ! フリーも自営も見捨てず「文化と人」を守る姿勢に日本も学べ
アメリカの果断な政策は音楽関係者も救う
アメリカでは、音楽業界で働く人々は自営業もフリーランスもみんな、一定の条件を満たせば新型コロナウィルス感染症対策の現金給付対象となる。この事実が、日本ではあまり知られていない。
それどころか逆に日本では、ミュージシャンや音楽関係者などに対して「好きでそんな仕事選んだんだから、勝手に食うに困ればいい」という声すらある、らしい。あんなのは職業じゃない、遊びみたいなものだ、とか。日ごろ調子こいてるんだから、まあ不況になったら真っ先に、童話のキリギリスみたいになりますわなあ!――なんて心ない声すら、あるという。
西田敏行が「悪目立ちをした」と叩かれる日本
たとえばこれは音楽ではなく、俳優の話だが、日本俳優連合の理事長である西田敏行が、協会員救済のための要望書を政府に提出したところ「逆風にさらされている」という内容の報道があった。3月26日付のZAKZAK(夕刊フジ)に掲載の記事だ。こんな声があった、と同記事のなかで紹介されていた。
大変なのは俳優だけじゃない。保証がないのは覚悟の上じゃないのか。文句言ってないで西田がカネを出せばいい、いっぱい稼いでいるんだろうから……という声があった、そうだ。「悪目立ちしたために、反発する声が少なくない」と、記事はまとめられていた。つまり最終的に西田を「叩く」方向へと話題を収斂させていった、わけだ。
こうした報道を見るたびに僕が連想するのは、白土三平の名作劇画『カムイ伝』だ。いつもいつも庶民(百姓など)は、お互いにののしり合うように仕向けられる。なぜならばそうしているあいだずっと「お上」は安泰だから……なんていう構図を、思い出す。
とはいえ現在の日本は民主主義国家だから、封建時代を舞台にした劇画はアナロジー以上の意味を持たない(はずだ)。だからこれから僕は、アメリカの成功例の話を書く。だれであろうが、「食うに困る」ようなことはあってはならない、と考えるからだ。
アメリカのコロナ対策給付金は、音楽業界人もあまねく対象に
さて、アメリカ合衆国始まって以来の巨額財政出動、およそ2・2兆ドル(約240兆円)の経済対策が確定したのが3月27日。なんとこれはGDPの約10%にもあたる規模の金額なのだが「ここまでやらねばならない」状況が同国にはあった。とてつもない急カーヴで失業率が増加していて、1920年代の大恐慌時代すら上回る可能性があるからだ。
よって、文字どおり「あっと言う間に」この対策は決まった。大人1人に対して最大1200ドル(約13万円)、子供は500ドル(約5万5千円)……そしてこの給付は、被雇用者(会社員)だけではなく、自営業者やフリーランスにも、もちろん適用される。音楽業界で働く人々にも!
ざっと挙げてみよう。こんな職種の音楽業界人が対象となる。まず、ミュージシャン。ステージの前方で主役として実演するアーティストだけじゃなく、サポート・ミュージシャンも、もちろん現金給付の対象だ。ソングライターやプロデューサー、音響エンジニア、ローディー(ライヴ・コンサート時に楽器や機材類のサポート業務全般を担う人々)といった裏方も、もちろん対象になる。ほかにも、いろいろある。
条件は、年収10万ドル(約1100万円)以下であること。それだけで現金給付の救済プランに応募することができる。また、緊急経済損傷災害ローン(EIDL = Emergency Economic Injury Disaster Loan)という名の融資制度に申請することもできる。
だからこれで、暴風雨のような経済変動のなかで、いっときの最低限の「折りたたみ傘」ぐらいには、なるかもしれない。そのほかの職種の人々と同様に、アメリカでは音楽業界人もまた「当然の権利」である生存権を主張できる回路がある――ようになった。
ロビイングして、議員を動かし、法案が変わった
なぜ僕がここで「なった」と言うかというと、当初は音楽業界に多い「会社に所属しない」人々は基本的に対象外となる可能性があったからだ。
これに「待った」をかけた人物がいる。ナッシュヴィル国際ソングライター協会(NSAI)のエグゼクティヴ・ディレクター(常任理事)であるバート・ハービソンがその人だ。彼の活躍は、米〈ローリング・ストーン〉オンライン版3月25日付の記事になった。
同記事によると、民主党フロリダ州選出の下院議員テッド・ドゥイッチから電話をもらったハービソンが「このままでは音楽業界に多いフリーランスや自営業が補償されない」可能性を示唆された。そこでハービソンは行動を開始。NSAIはもちろん、北米ソングライターズ(SONA)や全米音楽出版社協会(NMPA)といった団体に声をかけ、足並みを揃え、コロナ対策の給付金法案の条文に新たなる一文を加えることを申し入れた。
その一文とは、法案のなかに「自営業、個人事業主、独立請負業者」もその対象となる、ということを明らかにさせるものだった。これによって「多くの音楽業界人もその対象となる」ことを明確化させたわけだ。
ドゥイッチのみならず、共和党テネシー州選出の上院議員マーシャ・ブラックバーンも賛同した(ブラックバーンが上院の根回しを担当した)。そしてさらに多くの議員たちの賛同も得て、見事、給付金法案のなかに「音楽業界人も」含まれることになったという。
ライヴがなくなって、1万4千ドル(約154万円)の収入が消えた、という声があった、という。文字どおり「家賃が払えない」という声もあった――ソングライターたちの悲鳴が、ハービソンの耳には入っていたそうだ。だから彼は「自分がNSAIのディレクターになってからの25年間で、最も大きなことを、みんなでいっしょに成し遂げた」と語っている。
ちなみに、個人に対する給付だけでなく、ジョン・F・ケネディ・センターに2千500万ドル(約27億5千万円)、国立芸術基金(NEA)にも7千500万ドル(約82億5千万円)の支援をおこなうことも、法案に盛り込まれた。
イングランドも、自国のアーティストを見捨てはしない
大西洋をはさんだイギリスでも、広義のアーティストを救おうとする行動は迅速だった。BBCによると、24日、イングランド芸術評議会(ACE)が同地のアーティストや劇場、ギャラリー、美術館などに計1億6000万ポンド(約210億円)を注入することを発表した。またストリーミング大手のネットフリックスは、UKの映画およびテレビ業界の緊急支援基金に100万ポンド(約1億3千万円)を寄付する、という。
ACEの支援は、個人向けが1人あたり最大2500ポンド(約33万円)だという。宝くじ基金や開発基金からの助成金、緊急時用の準備金などがその原資となるそうだ。
そしてどちらの国でも「あんな奴ら(アーティストら)」なんか、勝手に飢えればいい、という声は、きっと巷にはあったのだろう。だが寡聞にして、僕は直接目や耳にした記憶はない。あまつさえ、大企業が発行するメディア上に「そんな声」がすくい取られて、あたかも正論のように提示された例は、いまのところ一件も見てはいない。
いがみ合うのではなく、助け合うべきときだ
どうやら日本では、芸術家、なかでも音楽関係者というのは、とみに「叩きやすい」存在であるようだ。ライヴハウスこそが「クラスター」の出どころだとか。「自粛期間中なのに」コンサートをやる奴は人間のクズだ、とか……もちろん、クズもいるのだろう。悪い奴、嫌な奴もいるのだろう。どんな業界や業種にも、それなりの比率でいるのと同じぐらいには。
しかし「だとしても」いがみ合うよりは、助け合いたいと僕は思う。労働によって対価を得なければ、日々の生活が成り立たない人々――つまり、日本人の大多数――は、このような事態のなかでは、まぎれもない社会的弱者なのだから。意見の相違はあれども、とにもかくにも、いまは大同団結して「助け合う」ときだと僕は堅く信じる。
日本だって、やれるはず
そして、いつまでも和牛券だのお魚券だの「笑えない冗談」を言って遊んでるだけの議員連中に「一刻も早く、正気になって真面目にやれ」と強硬に圧力をかけるべきだ。
だいたい、なにが「肉と魚」だ。日本にもヴェジタリアンはそれなりの数いると思うのだが、彼ら彼女らの生存権は、どうなっているのか? 多様性について、一瞬でも考えたことがあるのか? それとも「勝手に飢えろ」とでも言うのか? そんなワガママ勝手な「偏食」をしているのだから、とか――まるで、音楽関係者や俳優を叩くような口調で??
そんなことは、あってはならない。いかに貧しようが鈍しようが、そんなのが「日本の現実だ」なんてことは、あり得るわけがない。『カムイ伝』の世界じゃないんだから。