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経済復興に向け、長期化を前提にリスク適応化戦略を急げ~独IFO研究所の提言から考えてみる

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
日本の輸出を支えるのは製造業だ。(写真:アフロ)

・なぜ多い?「大事かもしれないが、それ、今、じゃない!」

 悪い予感の通り、4月末になって倒産が急増しつつある。長引く緊急事態宣言と休業要請に対しては、理解はするが、限界に来ていると訴える経営者も増えている。

 そんな中で、政府が打ち出す施策の中には、「大事かもしれないが、それ、今、じゃない!」と言いたくなるようなものが多い。それぞれの重要さは否定はしないが、そんなことよりも先にすべきことがあるだろうという不満が大きくなってくる

・9月になったら、いつも通りになるのか?

 世の中では、「9月入学」の話題で持ちきりである。しかし、9月入学の是非以前に考えておかねばならないことがある。9月入学に替えたところで、日本の気候が変わる訳でも、新型コロナウイルスなど感染症対策になる訳でもない点だ。

 仮に9月入学に変更しようが、休校解除を行って9月以降に授業の再開をしたとしても、従来と同じ換気の充分ではない教室に、同じように密集して生徒も学生も授業を受ける。11月、12月と年末に近づけば、また新型コロナウイルスやインフルエンザの流行期に入る。このまま、「マスクして手洗いしましょう」だけで再開することに、不安を感じないだろうか。

・「三密を避ける」のではなく、「三密を無くす」発想はないのか

 学校が休みの間に、早急にすべきは、学校の教室や体育館などをいかに、感染症対策を講じた安全な場所に改修することだ。「三密を避ける」のではなく、「三密を無くしていく」発想が必要なのだ。この発想が求められているのは、学校だけではなく、工場や公共施設など多くの人が集まる場所も同じである。

 こうした改修工事や、感染症防止に関わる機器類を国内で調達することによって、国内の需要喚起にもつながる。海外から調達するのではなく、あくまで国内調達にこだわるべき理由は、国内での経済循環も重要な課題だからだ。あらゆる予算をこれらに投入しても、無駄にはならない。経済だけではなく、命を守ることにもなる。新しい技術や製品を生み出すきっかけにもなるだろう。

・ドイツのシンクタンクが指摘すること  

 ドイツの経済・社会調査・政策研究を行う公的研究機関であるIFO研究所は、 Ifo企業景況感指数などで日本の金融機関にも知られている。同研究所が、4月2日に発表したレポート(※1)は、日本にとっても非常に参考になる示唆に富んでいる。

 報告書は、まず「2021年より前に新型コロナウイルスに対して効果的なワクチン接種または即効性のある治療を期待することは、現実的ではなく、少なくとも安全ではないと想定する」べきだとしている。つまり、最近よく言われる「After コロナ」はまだ先で、我々は当面「With コロナ」つまり、リスク適応化が求められる。

 したがって、今後は、「病気を治療する医療システムの構築を行う緊急対策だけではなく、現在、引き起こされている経済的被害を長期化させず、早期に封じ込めるための財政および金融政策措置が急務だ」と、この報告書は指摘する。

・経済的生産と経済的利益は、生命と健康の保護に次ぐ、第二位の優先順位

 「経済的生産と経済的利益を、生命と健康の保護に次ぐ、第二位の優先順位において考えていく必要がある」という報告書の指摘は、まさに重要な点である。日本では、この二か月間、経済対策については、少額の給付金や休業補償についての話題ばかりが先行してきた。残念ながら、給付金も補償金も社会的な経済的利益を生み出すほどのものではなく、緊急時の一時しのぎにしか過ぎない。

 もちろん、このように指摘すれば、「お前は経済第一主義か、命はどうでも良いのか」という批判をする人がいるだろう。しかし、「経済か、命か」などという二者択一の発想では、この危機は乗り切れない。

 報告書でも、そうした発想は誤解だとしている。そして、「新型コロナウイルスを制御できなければ、経済活動を行うことは不可能であり、しかし、一方で制御するための多くの制限措置は有害な影響を与え、経済活動だけではなく、人々の心理的および社会的障害を生じさせ、基本的な自由を阻害してしまう」と報告書は警告している。

・日本も同じ状況だ

 報告書は、「ドイツ国内の1ヶ月間のシャットダウンとその後の経済の緩やかな回復のための損失は、GDPの4.3〜7.5%(約1500〜2600億ユーロ)に及ぶ」と試算し、「もし3か月間継続すれば10〜20.6パーセント(354〜7290億ユーロ)という莫大な損失を生じる」としている。こうした影響は、雇用にも及び、「失業し、社会保障拠出金(失業保険)の対象となる人は最悪で181万人、さらにアルバイトなど非正規従業員で職を失う人は同じく78万人に及ぶ」としている。

 そして、こうした膨大な経済的な損失をくい止めるためには、「(政府による)あらゆる投資を行うことが正当化できる」としている。

 日本では、諸外国に比較しても、積極的な財政出動に消極的である。財政規律を死守しようとする財務省にしても、限られた財源を確保するために、GOTOキャンペーンなどへの既存の延長線上の施策へ巨額の予算措置を求める経済産業省にしても、残念ながら長期的に発生しつつある膨大な経済的な損失をくい止めようとする姿勢が伺えないのは、残念を通り過ぎて、恐怖を感じる。

・付加価値が高く、重要な製造業の再開を優先せよ

 3月以降、日本での観光産業、飲食業、サービス業などへの影響が大きくなり、その対応に政府も追われてきた。しかし、いよいよ4月末になり、5月に入る時期になり、製造業でも倒産や廃業が目立つようになってきた。ドイツと同様に日本でも、売上高こそ卸売業・小売業の方が多いが、付加価値額では製造業が最も多いのだ。

 自動車産業などでは、中国の生産が急激に再開しつつある。欧米や日本などが、コロナ対策でもたつく中、中国や東南アジア諸国の追い上げが厳しくなるのではと懸念する経営者の声も多く耳にする。いろいろな意見はあっても、依然として日本の輸出を支えているのは、自動車をはじめとして製造業であるのも事実である。

 

 報告書では、「膨大な経済的な損失をくい止めようとするために必要なのは、シャットダウンの期間をいかに短くするかのために、効果的な防疫措置に対する施策を急ぐこと」と、「国家にとって付加価値が高く、重要な、特に製造業の一部に関しては、優先的に再開を認めるべき」だとしている。

・いずれの国も製造業の再開を急ぐ理由

 

 製造業は、「全体的な経済的重要性の面でも、雇用された一人当たりの付加価値生産性においても、重要である。ですから、付加価値の高い分野を優先して規制を緩和していくことが重要なのは明白だ」と報告書は解説する。

 

 そして、政府は企業が経営を継続できるように積極的な支援を行うべきであり、それは特に「国境を越えたバリューチェーンの復元や、デジタル技術の導入のための支援制度の拡充は、感染拡大による産業に与えるリスクを軽減させるために、迅速に対応するべきだ」と指摘している。各国政府が、製造業の再開を急ぐ理由は、製造業の経済的重要性にあることを見逃してはいけない。

・教育の長期的なシャットダウンも、長期的に経済に大きな影響を与える

 日本では、例えば「大学は授業料を返還せよ。奨学金を用意せよ」と大学をターゲットにした運動も起きている。日本の大学の場合、すでに学生の授業料収入が大きな割合を占めており、授業料の返還などが拡大すれば、経営のひっ迫を引き起こす大学も多い。ネットでの講義だから、低コストだという思い込みが強いが、各大学とも新たな投資を余儀なくされている。報告書でも、政府による投資や補助を行わなければ、引き起こされる大学や学校の長期閉鎖による負担が増加し、結果的に教育への投資が減少すると指摘している。

 さらに、報告書では、長期閉鎖は教育水準の低下を招くだけではなく「高等教育の機会均等が損なわれ、卒業する大学生たちにとっても、将来の労働市場への参入への困難さを高める」とし、また「幼年教育におけるケア(デイケアセンター、幼稚園、障害を持つ人々をケアする施設)が中断されることは、子供たちの将来の幸福と発達に大きな影響を与える」と警告している。 

 そして、それらは、日本でも指摘されることが多いように、特に恵まれない子供たちに影響を与える。しかし、こうした問題は、政治家たちやタレントなどが大学、学校、教育委員会、教員をおもしろおかしく批判の対象にすることで、長期的な問題がどこにあるか隠されてしまうのだ。

・教育現場や製造現場の「三密解消」設備や装置導入は、製造業の活性化にも繋がる

 大学や学校にのみ、負担を押し付けるというかたちをとれば、長期的に必要となるオンライン教育の開発や新たな感染症対策に必要な設備機器への投資ができなくなる。その結果、大学キャンパスの閉鎖が長引いたり、見切り発車での再開によって、新たなクラスター発生をくり返す可能性がある。

 結果的に、現段階でこうしたオンライン教育開発や感染症対策の設備機器(例えば、強力な換気装置やトイレ、食堂などの改修工事)を怠れば、長期的に教育の機会を減少させ、特に高等教育の機会均等が失われる。すでに日本で最先端の研究開発を行っている大学院などの研究室が、充分な換気装置や空気清浄装置などが装備されていないために、長期間の閉鎖に直面しており、「一分一秒が争われる最先端分野での研究開発で、中国などの諸外国に後れを取る可能性がある」(ある大学の研究者)と懸念する声も多い。

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・長期化を前提にリスク適応化戦略を急げ

 「三密」を解消し、安心して教育を受けられる、研究開発が行える、働ける場とすることは、一見、遠回りに見えて、実は即効性があり、なおかつ経済効果も期待できる。

 もし、こうした全国の施設に、例えば強制換気装置や空気清浄装置の設置や増設、トイレや食堂など水回りの改修などの感染症防止設備へ積極的な公的資金と補助を投入すれば、経済波及効果も大きい。(※2)さらに、食品業界や医療機関などを参考にした新たな衛生基準の導入を行えば、新しい感染症が次々に襲ってくるともいわれる次世代に向けての布石ともなる。このようにして、対応ができた産業分野、企業、組織から再開を進めるべきだとしている。(表参照)

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 IFO研究所の報告書の指摘は、新規で革新的な提案がある訳ではない。しかし、こうした対策を怠れば、「経済の危機と失業の増加は、人々の身体的健康を失わせ、精神的疾患の増加に繋がる」とし、さらに「影響を受ける一部の個人だけではなく 広く社会の両方に大きな損害をもたらす可能性があります。結果として、社会全体が、中期的には政治的に不安定になる可能性がある」という指摘は、日本でも、すでにその端緒が見えつつある。

 今、必要なのは、迅速なリスク適応化戦略とその実行だ。日本では、1960年代に大きな犠牲を生んだ公害問題も、1970年代のオイルショックによる急激な原油価格の上昇も、新しい技術の研究やそれらを基にした設備機器の開発などで、乗り越え、そして、それらを次世代の新たな産業の糧としてきた。その時代の危機に対して、日本社会は迅速なリスク適応戦略で乗り越えてきたのだ。

 「ドイツの報告書だから」ではなく、参考にすべき点は参考にし、「今だけ」を考えるのではなく、将来を見据えて、次世代に向けたリスク適応化戦略を積極化するが重要だ。「経済も命も取りに行こう」という前向きな発想をしなければ、どんどんと世界の競争からも取り残されそうだ。政治家の方たちも党利党略、利権などではなく、今、我々が何をすべきか、考えて欲しい。官僚のみなさんも、そろそろ本気を出してもらえないだろうか。もうそういう状況なのだ。

※1 「新型コロナウイルス感染拡大と社会・経済の復興に関してのレポート」”Making the Fight against the Coronavirus Pandemic Sustainable”  IFO経済研究所(ドイツ)

※2 環境省が、飲食店向けに行う「大規模感染リスクを低減するための高機能換気設備等の導入支援事業」(令和2年度補正予算)を、大学等教育機関、工場等製造現場などに拡大する必要性がある。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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