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衆議院議員総選挙が「ゲーム」としてつまらない理由

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
選挙期間は過去最短(写真:ロイター/アフロ)

 岸田文雄首相は14日に衆議院を解散し、総選挙の日程を19日公示・31日投開票とすると明らかにしました。就任(4日)の10日後に解散、5日後に公示=選挙戦スタート。しかも投開票日まで過去最短の17日間という短さです。

 近年、国政選挙の投票率低下が問題視されています。理由はさまざまあるでしょうが、選挙を勝敗のつく真剣勝負の「ゲーム」とみなした時に「つまらない」となる要素が多々見受けられ、今回はそこにしぼって考えてみます。

 なお「つまらない理由」の詳細は「つまらない」ので文尾に注として掲げておきます。

戸別訪問もコンビニ弁当もダメ

 今回の17日はあまりにも短い。戦後最短です。ただそれを除いても「公示」という制度自体が世界でも稀という点を指摘しなければなりません。

 この日を境に公職選挙法が適用されます。これがガンジガラメで「投票を呼びかけるべく戸別訪問をする」「湯茶及びこれに伴い通常用いられる程度の菓子を除く飲食物を提供する」(ゆえにコンビニ弁当も×)「午後8時から翌日午前8時まで以外の時間で選挙運動のための街頭演説をする」(地声はOK)はすべてアウト。さらに法そのものや準用でメディアは公正な報道を公正な報道を心がけます。放映時間や紙幅を均等にするなど。要するに「パァーとやろうぜ」的行為は基本的にダメなのです。

小選挙区制導入以降ストンと投票率下降

 現行の「小選挙区比例代表並立制」は1996年選挙から。それまでは戦後第1回(46年)を除き中選挙区制(1つの選挙区でおよそ3人から5人を選ぶ)でした。なお小選挙区制とは「1つの選挙区で1人を選ぶ」です。

 中選挙区の時期、投票率は高くて7割台、低くても6割後半のボックス圏で推移していました。それが96年にストンと6割を割り込み戦後最低を記録。その記録も、2012年、14年に塗り替えられています。

 05年の「小泉郵政選挙」と09年の「政権交代選挙」は盛り上がって6割後半まで上昇しました。それでも中選挙区時代のボックス下位に相当する程度に過ぎません。すなわち96年を境に「最低でも6割後半」だったのが「最高でも6割後半」へフェーズが変わってしまったのです。

小選挙区制とは人気者が不在の制度

 ゲームとして中選挙区の方が面白いのは「そこそこ著名な候補=人気者がいる」と「アンチ層の願いもある程度かなう」といった点があげられます。

 まず「人気者」から。現行は約300の小選挙区で約300人、中選挙区は約130区で約500人を選びました。人気者を当選者の約1割と仮定し、満遍なく選挙区から立っているとしてみましょう。小選挙区だと1つの区に立っている確率は1割、中選挙区だと約3~4割です。言い換えると有権者が1票を投じられる選挙区に人気者がいない確率は小選挙区で9割、中選挙区で6割程度。「小選挙区制とは人気者が不在の制度だ」といって過言ではありません。

 そこに「アンチ層の願いがかなう」が加わるのです。小選挙区は1人しか当選しないので優勢が確定的な候補がいたら、その者を支持しない=アンチ層は「行っても仕方ない」と諦めてしまいます。しかし中選挙区だといくら強い候補でも「3人から5人」の1人に過ぎませんから、アンチ層でも敵対候補を当選させる1票を投じ得るのです。

比例区で「墓場の中からよみがえる」議員続出

 こう述べると「いや、小選挙区の方がスリリングだ」という反論が出てきます。すべてが「勝つか負けるか」の決勝戦だから有力2候補に収斂されていき、時の情勢で少数派であった勢力がオセロゲームのように黒白をひっくり返して政権交代という劇的な結末も期待できると。確かに09年の総選挙では野党民主党が6割以上を獲得して、ほんの一時期を除き与党であり続けた自民党を野に追い払ったケースがあります。

 しかし、そんな結果は過去8回の小選挙区制度下で1度だけ。他は自民党を中心とする勢力が過半数を占め、直近3回は自民だけで過半数を大きく上回っているのです。

 「非自民勢力が弱すぎるから」と結論づけるのは簡単ですが、ゲームとしてそうなってしまう要因として「単純小選挙区制」でなく「比例代表並立制」がくっついている点があげられましょう。なお中選挙区は「それだけ」ですべて決まりました。

 この比例区に「重複立候補者の復活当選」という気色悪いルールが連動するのです(※注1)。要するに「負けたが当選する=勝つ」制度。ゲームとしてはしらけますよね。

 実際、初めて実施された96年の復活組の声は「墓場の中からよみがえった」「まるでエレベーター」「とてもバンザイしようという気持ちになれない」と散々。選挙後に朝日新聞が行った「重複立候補はよかったか」という世論調査の質問に7割が「よくなかった」と答えています。

いつの時代でも若者は投票に行かなかった

 低下の理由に若者の政治離れがいわれがち。ただこれは半分しか当たっていません。過去の総選挙の投票者を年代別でみると20代=もっとも若い(※注2)が常に最下位です。ここが「当たっている」部分。外れているのはこのトレンドが60年代あたりからずっと続いている点。つまり今の50代が20代であった時には最下位だったわけです。すなわち「最近の若者は」という論調は当たりません。低下の理由が若者の政治離れだとしたらずっと前から、その時点の若者は政治から離れているのです。

参議院選挙の小選挙区化

 今度は参議院通常選挙をみてみます。「小選挙区比例代表並立制」は衆議院だけだから、この制度がゲームをつまらなくした「本ボシ」ならば影響がないはず。ところが衆院と同時期から参院でも投票率が低下しているのです(※注3)。

 原因はさまざま推測できそうです。比例区の「非拘束名簿式」や「特定枠」という、難解極まる制度(※注4)もつまらなくする原因かも

 「参議院選挙区の小選挙区化」も大きな要因と推測されます。参院は原則として都道府県が選挙区(※注5)。90年代は改選1議席の「小選挙区」が25ほどで、2議席が18ぐらいと拮抗していました。その後「小選挙区」が増えて19年は32。対して改選2議席は4まで減ってしまったのです。

 理由は1票の格差是正。目的自体は正しいのですが47都道府県での45選挙区(※注5)のうち約7割を占めるに至ったのです。多くは「2→1」への変更。わが県の代表が減らされたら士気も上がりません。

 2人区の多くは与野党が分け合うのが常でした。2人ならば衆院と同じく優勢が確定的な候補を支持しないアンチ票の行き場がありました。2人区は与野党どちらも連勝(2勝)が困難なため全体の結果で伯仲させる原動力にもなっていたのですが、それが消滅寸前です。

年間約1000回も行われる地方選挙

 国政以外の首長(知事や市区町村長)や議会議員選挙は本来、統一地方選挙で一斉に決めるはずでした。しかし首長が任期中何らかの理由で欠けたり、「平成の大合併」などで投票日が統一選からはずれたりした結果、統一率は27%台まで低下。今では毎日曜日にどこかで選挙がなされているありさまです。

 それでも首長選は1人を選ぶと明快。問題は議員選で、人口の少ない町村では6人程度、多い世田谷区は50人。市区町村数は1700を超えていて都道府県議を合わせると約3万人。そんなこんながバラバラに毎週どこかで選ばれています。定数も「1」(都議千代田区選出など)から50人規模までさまざま。2021年の地方選は何と約1000(補選・予定も含む)。31日も50個所近い地方選が総選挙と重なっています。実は日本は「選挙ばかりの国」。しかも制度はバラバラ。飽き飽きするのも当然でしょう。

※注1:政党別の名簿には小選挙区との重複立候補が認められていて同一順位に並べていい。比例票は政党名で投じられドント式で各党の獲得議席数が決まる。同一順位内での当選順は小選挙区の落選者で惜敗率の高い順である。

※注2:18歳選挙権で投票されたのは直近の17年総選挙しかないので今回は除外。

※注3:戦後第1回から1989年までは衆院より振れ幅が大きいとはいえ高くて7割台、低くても5割台後半で収まっていたのが92年に50.72%、2001年には44.52%と過去最低を連続更新。その後も5割台に低迷して19年は再度4割台へ低下。

※注4:「非拘束名簿式」は2001年から導入された。19年にはさらに「特定枠」が加わる。

※注5:16年から県域をまたぐ「鳥取・島根」と「徳島・高知」が同一選挙区となる「合区」が設定されている。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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