韓国内の「政争」が外交や軍事に飛び火…深まる左右対立の行き先は?
来年4月の総選挙まで1年を切った中、第一野党・自由韓国党の露骨な「自党ファースト」の姿勢が目立つ。それが軍事・外交面にまで飛び火し、国内では正常な議論の場が完全に失われている。
●米韓電話首脳会談内容を「漏えい」
話はすこしさかのぼる。5月9日午前、自由韓国党の姜孝祥(カン・ヒョサン)議員は国会で記者会見を開き、7日に行われた米韓首脳会談の内容を「暴露」した。
それは「韓国の国民が望んでおり、北朝鮮に対するメッセージとしても必要」と、文在寅大統領がトランプ大統領の訪日(25〜28日)直後に訪韓を要請したというものだった。
姜議員はさらに、「これにトランプ大統領が『興味深い』と答え、『日程を考えると日本を訪問したあと、米国に帰国する際に少しだけ立ち寄る方式が望ましく、在韓米軍の前で文大統領と会う方法もある』と答えた」と明かした。
通常、米韓首脳による電話会談後には、韓国の青瓦台や米国のホワイトハウスから報道資料が配られる。公開範囲が多少異なることもあるが、その内容はほとんど変わらない。
だが、姜議員の会見内容は、両国の発表にはない内容だった。青瓦台は「両国首脳はトランプ大統領が近い日時のうちに訪韓する方案について、緊密に協議していくことした」と明かすにとどまっていた。
このため、青瓦台はすぐに反発した。同じ日の午後に会見を開き「報道された(姜議員の発言)内容のうち、訪韓方式・内容・期間などはまったく事実ではなく確定していない。無責任で外交慣例にもそぐわない根拠のない主張に対し、姜議員は責任を負うべき」と強いトーンで非難した。
結局、トランプ大統領の訪韓が明らかになったのは、5月16日になってからだった。時期は日本で行われるG20サミットの前後とされるが、今も分からないままだ。
そして韓国のケーブルテレビ『JTBC』は22日、姜議員への情報の出処が駐米韓国大使館に所属する参事官K氏であることを報じたのだった。これを受け24日、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官は「外交公務員が意図的に機密を漏らしたもので、厳重に問責する」と立場を明かした。結局K氏は召喚され、27日に外交部による監察を受けた。
なお、韓国紙『中央日報』によると、28日にK氏は弁護士を通じ「姜議員と30年間特別には連絡していない。国会議員に外交部の政策を知らせるのも業務の一部と考えてやったことで、意図があった訳ではない。姜議員が内容を『屈辱外交』と表現し、政争の道具として活用するとは想像もできなかった」と立場を明かしている。
一方、姜議員が所属する自由韓国党の立場は「政府批判」で一貫している。
同党のナ・ギョンウォン院内代表は23日、「暴露内容は政権の屈辱外交と国民扇動の実態を明かす公益にかなう性格のもの」とし、外交官に責任を転嫁するものと政府の姿勢を批判した。
当時、姜議員は自身の行動について、「韓国の外交にとって、とても重要な事であるため、青瓦台やホワイトハウスが伝えない事実を国民に知らせるのは義務だと思う。党利党略を離れた行動」と説明していた。なお、与党・共に民主党は24日、検察に姜議員を告発、27日に捜査が始まった。
●黄教安代表の危険な「扇動」?
同じ頃、やはり自由韓国党でもう一つの「問題」が起きた。
同党の黄教安(ファン・ギョアン)代表が23日、南北が対峙する最前線の江原道鉄原(チョロン)の軍部隊を訪問した際に行った発言がそれだ。
複数の韓国メディアによると、昨年9月の南北軍事合意に従い撤去作業が行われていた哨所(GP=Guard Post)を訪れた黄代表は、兵士たちに対し「政府の安全保障意識が弱まったことで、国防システムを壊してはいけない」、「政治が平和を話しても、軍は『(敵を)防ごう』と言わなければならない」、「軍と政府、国防部の立場は違わなければならない。軍も譲歩する立場を見せてはいけない」などと発言した。
さらに、取材に訪れた報道陣に対しては、「南北軍事合意を早急に廃棄すべき」と語り、「政府の安保政策を一つ一つ点検する」と明かした。
こうした黄代表の発言を受け、国防部は25日に「9.19南北合意の締結後、今まで南北間の接境地域一帯で軍事的な緊張を造成する活動は一切識別されていない」とし、「政府の政策を強い力で支えている我が将兵たちの士気を低下させる無分別な発言は国家安保の助けにならないことを認識すべき」との立場を示した。
一方、与党・共に民主党の李仁栄(イ・イニョン)院内代表は27日、黄代表の発言について「どんな意味なのか。(軍に)命令に逆らえということなのか。ひどすぎる発言だ。自粛せよ」と批判した。また、野党・正義党などからも「軍に対する文民統制という民主主義の基本を無視した発言だ」との批判が相次いだ。
●自由韓国党は「右向け右」
見てきたように、自由韓国党は外交と軍事という安全保障の根幹に関わる部分で、政府との対決姿勢を鮮明にしている。
その背景に何があるのか。韓国政治に詳しい、西江大学社会科学研究所の李官厚(イ・グァンフ)選任研究員は28日、筆者との電話インタビューで「右寄りに舵を切ることで、支持層の回復を図っているもの」と自由韓国党の狙いを見立てた。
その上で、「朴槿恵前大統領の弾劾直後、一桁台にまで落ち込んだ支持率を回復しようと、南北関係という最も分かりやすい材料を利用して、北朝鮮に対する不信感を持つ層を積極的に取り込んでいる」と分析した。
事実、与党・共に民主党と、第一野党・自由韓国党の支持率の差は狭まってきている。毎週2度の世論調査結果を発表する『リアルメーター』社による最新(27日)のデータでは「39.3% vs 31.9%」、『韓国ギャラップ』社によるもの(24日)では「36% vs 24%」となっている。
一方、李研究委員は自由韓国党の支持率について「実際は20%台前半程度と研究者たちは見ている」とし、「これを30%台に引き上げるために、保守性の強い50代以上の層にアピールしているが、今回の姜議員と黄代表の件は明らかな『オーバーペース』で逆効果だろう」と述べた。
なお、自由韓国党は会期中の国会を放り出し18日間にわたる「全国ツアー」を行ったばかりだ。『韓国社会世論研究所』が行った世論調査(24、25日)では「国会の跛行(はこう、よく進まないこと)の責任」について、51.7%が自由韓国党に、27.1%が共に民主党にあるとの結果が出ている。
●果てしない左右対立はいつまで
上に紹介した2つの出来事は色々な面から分析することができる。
例えば、姜議員の件では「外交部の規律の緩み」や、もう一歩踏み込んだところで「青瓦台(大統領府)主導で外交部をないがしろにする政権への『抗命』」などと考えることもできる。黄教安代表の言葉から、過去の軍事政権への危険な郷愁を感じ取る人もいるかもしれない。
だが、筆者がこの記事で指摘したいのは「政治における果てしない左右対立」だ。ここでの左右とは、北朝鮮を受け入れるのか、それとも敵とするのかという立場の差と単純化できるだろう。
代表的な保守紙・朝鮮日報は25日付けの社説で姜議員の件について、「機密を公開した訳では無いので問題ない。与党や政府の姿勢は理解できない」という立場を明かしている。だが、与野党が逆の状態で同じことが起きたら「国益を損ねる」という論調になるだろう。
このように、韓国の政治を語る際によく用いられる慣用句に、「ネロナンブル(自分がやるとロマンス、他人がやると不倫)」というものがある。
ダブルスタンダードを意味するものだが、その攻撃性は「アカ」と「反共」という互いへのレッテル貼りが横行する強固な陣営論の下、外交・軍事といった北朝鮮に関するトピックにおいて極大に達する。
そして北朝鮮をまたぐこうした衝突はもはや、意見の対立を超えた「断絶」をもたらしている。正常な議論の場が韓国の政界から消失してしまった。
一例をあげると、昨年4月27日の板門店宣言以降、今日まで国会で与野党の政治家が顔を突き合わせ、朝鮮半島の未来について外交・軍事・財政などを考慮した総合的で意味のある議論をしたことは、ただの一度も無い。
こんな状況で、日米中露の周辺「4強」、さらに北朝鮮の金正恩委員長が韓国の声に耳を傾けるのか甚だ疑問だ。また、文在寅大統領も現時点では左右陣営の統合や疎通を促進できていない。このままでは政権公約の一つでもある、統一に向けた国民の合意「国民統一協約」の策定など夢のまた夢だ。
前述の李研究委員は、左右対立の現状について「来年4月の総選挙まで続くだろう。与党は今ことさら低姿勢になる必要がないし、自由韓国党も譲歩しない」と見通した。300人の国会議員が総入れ替えになる4年に一度の総選挙は、来年4月15日に行われる。
と、ここまで韓国政治の現状を紹介した上で、蛇足を承知で筆者もひとつ言わせてもらいたい。それは「さすが本場」と日本の読者が唸るような、朝鮮半島問題の当事者たちによるハイレベルな議論を紹介できず、残念かつ打ちひしがれた思いであるという点だ。