Yahoo!ニュース

激闘制した広島がWEリーグカップ新王者に!主将・近賀ゆかり「この雰囲気がスタンダードになって欲しい」

松原渓スポーツジャーナリスト
サンフレッチェ広島レジーナが初タイトルを獲得した(写真提供:WEリーグ)

【クラブ創設3年目の初タイトル】

 勝利の女神が微笑んだのは、サンフレッチェ広島レジーナだった。

 10月14日、等々力陸上競技場で行われたWEリーグカップ決勝は、広島とアルビレックス新潟レディースがクラブ初タイトルをかけて激突。

 6261人の観衆が見つめる中、試合は1点を争う激闘となった。延長戦を含めた120分間を戦ってもゴールネットが揺れることはなく、スコアレスでPK戦に突入し、4-2で制した広島が創設3年目で悲願の初タイトルを獲得した。

広島が4-2でPK戦を制した(写真提供:WEリーグ)
広島が4-2でPK戦を制した(写真提供:WEリーグ)

 流れの中でゴールが決まることはなかったが、試合を通じて放ったシュートは広島が14本、新潟が8本の計22本。クロスバーやポストに弾かれた紙一重のシュートもあり、会場の空気が緩むことは一度もなかった。むしろ、時間の経過とともにスタンドのボルテージは高まっていった。

 広島は創設3年目と歴史は浅いが、「日本一の育成型クラブ」を標榜するJ1・サンフレッチェ広島が築いた礎を生かし、女子も堅実なチームづくりを進めてきた。

 初年度から指揮を執る中村伸監督が「いろんなエラーを経験しながら、すべてと向き合って少しずつ成長してきた」と言うように、明確なプレーモデルを持ちながら攻守の選択肢を増やし、今季は新戦力も躍動。

中嶋淑乃(写真提供:WEリーグ)
中嶋淑乃(写真提供:WEリーグ)

 攻撃では「WEリーグの三笘薫」ことMF中嶋淑乃が左サイドで果敢に仕掛け、中盤ではMF小川愛、MF柳瀬楓菜、MF渡邊真衣のトライアングルが流動的に動きながらゲームメイク。ゴール前では新加入のFW高橋美夕紀がターゲットになった。また、守備ではDF左山桃子と新加入のDF市瀬千里の両センターバックが新潟のストライカー・FW道上彩花を徹底マークし、最後までゴールを割らせなかった。

市瀬千里(左)と道上彩花(写真提供:WEリーグ)
市瀬千里(左)と道上彩花(写真提供:WEリーグ)

 一方、新潟も橋川和晃新監督が掲げる“堅守柔攻”を体現。新体制になり、コンセプトが変わってから3カ月とまだ日は浅いが、MF川澄奈穂美やMF杉田亜未ら、新加入選手が攻守を底上げ。球際の勝負で競り勝つ場面が増え、奪ってから縦に速い攻撃が増えている。

 前半は守備の時間が長かったが、最終ラインでは初先発のDF浦川璃子が180cmの高さとリーチの長さを生かして広島の中嶋に粘り強く対応。代表GKの平尾知佳も安定したパフォーマンスを見せた。攻撃では司令塔のMF上尾野辺めぐみとボランチの杉田がリズムを作り、前線ではMF滝川結女がドリブルでチャンスメイク。シュートこそ少なかったが、道上はワンチャンス仕留めそうな雰囲気を漂わせていた。

球際での激しい攻防が繰り広げられた(写真提供:WEリーグ)
球際での激しい攻防が繰り広げられた(写真提供:WEリーグ)

 互いに良さを発揮しつつも「最後のところではやらせない」両者の気迫が、会場の熱量を高めていく。広島と新潟から駆けつけたゴール裏の両サポーターが作り出す会場のムードは、Jリーグの試合にも引けを取らないほどに思えた。

 後半は、新潟がMF石田千尋、FW山本結菜の投入で流れを引き寄せ、セットプレーから何度も際どいシーンを作り出した。だが、87分に川澄からのパスに抜け出した道上の決定機は、広島のGK木稲瑠那がファインセーブで切り抜ける。

 延長戦は、再び広島がギアを上げた。120分間、プレーの質を落とすことなく、違いを見せていたのが柳瀬だ。クラブ創設メンバーに最年少で名を連ねた21歳のボランチは、得意のインターセプトで何度も攻撃の起点になった。

柳瀬楓菜(写真提供:WEリーグ)
柳瀬楓菜(写真提供:WEリーグ)

 PK戦では、2人が失敗した新潟に対し、広島は高橋、MF上野真実、柳瀬、MF立花葉の4人全員が成功。

 キャプテンの近賀ゆかりが優勝カップを掲げると、川崎の夜空に歓喜の声が何度も響き渡った。

【優勝を支えた2人の守備者とサポーターの存在】

 広島はグループステージを開幕から4連勝で突破し、無敗優勝を果たした。

 決勝ではゴールこそ奪えなかったが、過去2シーズンの一貫した積み上げが結実した。中村監督は、「やってきたことが報われたと思いますし、少しずつついてきた自信が確信に変わる部分もあると思う。もう一歩成長して、今季は選手たちと本気でトップ3に割り込んでいくことを目指せると思う」と、長く国内リーグを牽引してきた浦和、INAC神戸、東京NBの3強に食い込んでいく意思を改めて明かした。

近賀ゆかり(左)と中村伸監督(写真提供:WEリーグ)
近賀ゆかり(左)と中村伸監督(写真提供:WEリーグ)

 クラブ創設当初からキャプテンとしてピッチ内外でチームを牽引してきた近賀ゆかりと、後方からチームを支えてきたGK福元美穂、「二人に優勝カップを」という思いもチームの原動力になっていた。

 特に、守備面では2人が率先してコミュニケーションを重ね、新戦力の融合を加速させたという。新加入ながらカップ戦で全6試合に先発した市瀬はこう振り返っている。

「近(賀)さんと福(元)さんの存在はすごく大きかったです。自分が(前所属チームの)ジェフでやってきた守り方とは全然違う中で、こういうやり方があるんだよ、こうした方がいいよ、とわかりやすく伝えてくれて、自主練もしようと声をかけてくれて。ベテラン選手なのに寄り添ってくれて、すごく温かい雰囲気です」

 中村監督も、「ゼロから立ち上げたチームで、経験の浅い選手が多く、クラブとして経験を積んでいかなければいけない中で、成長していくために近賀と福元が中心になってチームの輪を作ってくれた」と、2人を労(ねぎら)った。

 近賀はチームの躍進の理由について「結果へのこだわり(が高まったこと)」を挙げた。そして、誇らしげにこう語った。

「今日の2チームの応援を聞けば、これまでの女子サッカーと違うところを感じたと思いますし、(WEリーグで)この雰囲気がスタンダードになって欲しい。サンフレッチェファミリーの皆さんはアウェーでもこういう熱い応援をしてくれて、他のチームにもいいなと(羨ましく)思って欲しいなと思っています。そういう意味で、結果以外のところでもWEリーグを引っ張っていけるようなチームになりたいです」

 広島にとって、このタイトルがさらなる成長のステップにつながることは間違いない。

広島から多くのサポーターが駆けつけた(写真提供:WEリーグ)
広島から多くのサポーターが駆けつけた(写真提供:WEリーグ)

【「勝負の神様は細部に宿る」】

 タイトルまであと一歩に迫った新潟にとっても、この悔しさはエネルギーになるだろう。

「悔しかったですけど、こういう決勝の舞台を若い選手が経験してくれたことがすごく良かったと思いますし、120分、お互い白熱して楽しいゲームができたので、やり切ったなという思いがあります」

上尾野辺めぐみ(写真提供:WEリーグ)
上尾野辺めぐみ(写真提供:WEリーグ)

 そう語ったのは、在籍18年目の上尾野辺だ。皇后杯では過去4度決勝戦に進み、今回が初タイトルをかけた5度目の決勝戦だった。この試合では、幼馴染で同級生の川澄とともに、120分間フル出場。全体のバランスを見ながら中盤でタクトを振るい、高精度のキックや、スペースのコントロールなど、ベテランらしい技巧を見せた。試合後の表情からは悔しさよりも、力を出し尽くした充実感が伝わってきた。

「本気でトップ3を目指さないか?」橋川新監督は7月にチームに就任した際、選手たちにそう問いかけたという。そして、その目標を定期的に意識づけしてきた。

 カップ戦は、グループステージを2勝2分1敗と紙一重の差で勝ち上がり、この決勝でも新生チームの色はしっかりと見せた。

「勝負の神様は細部に宿る。3ヶ月でチームとしての方向性を見出すことはできたので、細部にこだわり、プレーのクオリティを上げていきたい」

橋川和晃監督(写真提供:WEリーグ)
橋川和晃監督(写真提供:WEリーグ)

 橋川監督は、リーグ戦に向けたチーム作りの手応えと課題をそう口にした。サポーターを誇りに思う気持ちは、新潟も同様だ。この日、等々力陸上競技場(神奈川県)には新潟からも1500人近いサポーターが駆けつけ、スタジアムを揺らした。

「今日、6000人を超えるファン、サポーターが駆けつけてくださって、女子サッカーでもこの雰囲気を作れることをお見せできたと思います。選手たちが熱いプレーを見せれば、またスタジアムに行こう、と思ってもらえると思うので、そういうプレーを試合の中でしていきたいと思います」

 川澄はそう振り返った。

新潟サポーターとともに(写真提供:WEリーグ)
新潟サポーターとともに(写真提供:WEリーグ)

 広島とともに、新潟も今季のリーグ戦の台風の目になかもしれない。

 両チームはこの勢いをリーグに繋げ、3強時代に終止符を打つことができるのか。開幕は11月11日。白熱した試合とともに、各チームのサポーターの応援合戦にも注目してみたい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

松原渓の最近の記事