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日本に押し寄せる「3つの大きな波」に備えて、最優先でやるべきことは決まっている

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
講演会場の風景:写真は横浜のホテルニューグランド

コロナを経験して経営者の危機意識が高まってきた

ここ数年、数ある講演の持ちネタのなかで、非常に人気のある内容があります。それは、『2020年代における企業の経営戦略』というお題目で話す内容です。

この内容の下敷きとなっているのは、私の著書『日本の国難』(講談社:2018年4月出版)と『AI×人口減少』(東洋経済:2018年10月出版)です。しかし、講演で使うレジュメは過去3年以上、内容がまったく変わっておりません。

理由は2つあると思っています。1つは、経済・社会がようやく拙書の内容に追いついてきたということ、もう1つはコロナを経験して経営者の危機意識が否応なく高まってきたということです。

なお、これらの著書は私が把握しているだけでも、岐阜大学・医学部、香川大学・経済学部、愛知大学院・経済学部、上智大学・文学部などの入試問題で使用されました。大学の先生方にとっても、興味深い内容だったのでしょう。

これから日本に訪れる「3つの大きな波」とは

講演の内容を要約すると、以下のとおりです。

これから日本には3つの大きな波、すなわち、「人口減少」「デジタル化」「脱炭素化」の波が訪れる。

1つめの人口減少については、日本の2045年の人口は2015年と比べて16.2%減少するのに対して、都道府県や市町村によって減少率にはかなりバラつきがある。経営者は自ら事業を営む地域の人口が10年後、20年後にどのくらい減るのか把握したうえで、これからどう対応していけばいいのか、今から考えておく必要がある。

2つめに、日本では人手不足が進むなかで、デジタル化によって効率性を上げなければならない。しかし、地方は大都市圏よりも中小零細企業の割合が多く、デジタル化が遅れがちだ。企業の商品・サービスの商圏を広げるうえでも、地方の企業こそ創意工夫を持ってデジタル化を進めるべきだ。

3つめの脱炭素化は地球環境にとって必要不可欠だが、企業にとって大きな負担となる。とくに日本は、脱炭素化の国際的なルールづくりに上手く関わることができていないので、長期的にみて国際競争で不利になる可能性が高い。それに加えて、脱炭素化に関連する法律や商慣習が固まってくるのはまだ先のこと、不確実性が大きい問題だ。

企業の価値が「最後は人」になる理由とは

これら3つの流れを踏まえたうえで、経営者が最もやってはいけないのは、根性や気合いといったマンパワーに依存することだ。従業員が疲弊するばかりか、採用ができなくなってしまうからだ。地方ではこの手の経営が多いので警鐘を鳴らしたい。 

とりわけ今の若者は、仕事に対して「自分が成長できるか」「やりがいがあるか」を重視する。優秀な人材ほど、この傾向が強い。そういった意味では、若者に仕事の裁量権をある程度与えたうえで、モチベーションを引き上げたり、下からの意見を吸い上げたりする仕組みをつくることが求められる。

近年、野村証券や電通といった業界最大手の企業でさえ、マンパワー依存の経営に頼り過ぎたために、危機の一歩手前まで追い込まれたことがある。企業の価値は「最後は人」になる。企業経営者にとって重要なのは、国や地方自治体のアシストを受けながら、デジタル化が進んでも職を失わないスキルを持つ人材を育てていくことだ。

岸田政権は「人への投資」に大きな方針転換

しかしながら現状では、日本の「人への投資」は官民そろって先進国のなかで最低水準にあります。日本の職業訓練の公的支出はGDP比(2017年時点)で0.01%と、米国の0.03%、ドイツの0.18%と比べて圧倒的に少ないのです。企業の人への投資額もGDP比で0.1%と、欧米の1.0~2.0%に比べて大きな乖離があります。

2021年10月8日の記事『岸田新首相の経済政策に物申す。「本当に賢い分配」とは何か。』では、岸田首相の掲げる所得分配に偏った経済政策を批判し、「企業の生産性を高める構造改革の本丸は、働いている人々のスキル教育(学び直し)を中心に据えた財政支援策(分配)を恒久的に続けるということ」だと申し上げました。

さすがに多くの専門家から批判を受けたせいか、岸田政権が先月まとめた経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)では、「人への投資」に重点を置くという大きな方針の変更がありました。2024年度までの3年間で人への投資に4000億円を充てるとし、デジタルなど成長分野への転職者を100万人単位で支援するというのです。

人口減少分を埋めるには、人への投資額は少なすぎる

こういった方針転換は、岸田首相の当初の所得分配を重視した方針と比べると、一定の評価はしたいところです。しかし、人への投資額が「3年間で4000億円」では、あまりに額が少なすぎると考えています。

経済協力開発機構(OECD)の2021年の統計によれば、日本の潜在成長率(経済の地力を示す尺度)は0.5%と、米国の1.8%やドイツの1.3%と比べると、その差は歴然としています。長年、欧州で低迷が著しいスペインの0.5%やギリシャの0.4%と同じ水準にあるという現実を受け止めなければなりません。

日本の潜在成長率が2000年代の半ば以降、1.0%に届かず低迷を続ける第一の原因は、紛れもなく「人口減少」にあります。日本の総人口は2008年の1億2808万人をピークに、2021年までの累計で258万人も減少しました。2021年の1人当たりGDPは427万円だったので、人口減少分だけで約11兆円のGDPを失った計算になります。

人口減少という大きな制約があるなかで、潜在成長率を1.0%台まで引き上げるには、1人当たりのGDPを引き上げていくしかありません。そのためには、官民合わせた人への投資額を年3~4兆円まで増やす必要があります。今は年1兆円台半ばにとどまっているので、世界との差を埋めるには年2~3兆円の恒常的な予算が求められるというわけです。

若い世代へのスキル教育と子育て支援の重要性

人口減少が加速していく時代では、ひとり一人の働き手がどれだけ自らの能力を引き出せるか、それが豊かな社会に直結します。とりわけ若い世代へのスキル教育と就業支援が重要です。経済的な不安定さから結婚できない男女が多いことから、若い世代のキャリア形成支援が結婚・出産に結びつく可能性が高いのです。

2021年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す)は1.30と6年連続で低下し、過去最低だった2005年の1.26に再び迫っています。出生数も81万1604人(前年比2万9231人減)と6年連続で過去最少となりました。少子化は国立社会保障・人口問題研究所の想定より10年スパンで早く進んでいます。

いくら1人当たりの生産性を引き上げられたとしても、想定以上の少子化が進めば日本の社会基盤は揺らぎます。その意味では、日本は子育て予算も少ないといわざるをえません。2017年の日本の子育て関連予算は9.6兆円、GDP比で1.7%とOECD平均の2.1%を下回っています。少子化を克服しつつあるスウェーデンの3.4%の半分でしかないのです。

「賢い予算編成」「賢い民主主義」になれば、豊かな社会は実現できる

2021年度の国の一般会計の決算概要によれば、税収は67兆円と2年連続で過去最高を更新した一方で、予算に計上したものの使う必要がなくなった「不用額」が6兆3028億円と過去最高となりました。この不用額に加えて、22兆4272億円を年度内に使い切れず、22年度に繰り越すということです。

何故そうなったかというと、予算の中身を精査せずに「規模ありきの予算」を組んだ弊害が出たからです。今の日本にとって優先順位が何なのかを真剣に考えれば、年2兆円の予算は簡単に出てくると思うのですが、それができないのは日本の民主主義の限界なのかもしれません。「政治家は愚かだが、国民も同等に愚かだ」ということです。

日本の政治の劣化を防ぐには、「長期的な政策は票にならない」「目先のバラマキが票になる」という風土を変えなければなりません。年度ごとにスキル教育に2~3兆円の予算を回すことができれば、若年層や低所得者層だけでなくすべての層のスキルアップに役立ち、だいぶ景色が変わってくるはずです。

たとえば、「人への投資」の重点的な取り組みとして、デジタルの基礎知識をオンラインで学べるシステムを構築し、義務教育から取り入れたり、社会人が無償で受けられたりしたらどうでしょうか。今から人材の底上げのために種をまき始めれば、10年後には明るい未来が待っていると思うのですが、みなさんはどう思われますか?

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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