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ゴーン氏「当然だが画期的な保釈許可決定」で生じる“重大な影響”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

 3月5日、日産自動車のカルロス・ゴーン前会長について、東京地方裁判所は、保釈を許可する決定をし、同日夜、検察の準抗告も棄却され、ゴーン氏は、6日に、昨年11月19日の逮捕以来、108日ぶりに身柄拘束を解かれた。

 ゴーン氏の身柄拘束がここまで長期化したのは、検察が、「罪証隠滅のおそれ」を理由に、身柄拘束を続けて、被告人の無罪主張を抑え込もうと、なりふり構わず、逮捕・勾留・勾留延長を行い、起訴後も保釈への強い反対を繰り返して「身柄拘束の長期化」を図ってきたからである。

 1月10日の最終の起訴後、2回にわたる保釈請求が却下されていたが、前提条件が特に変わったわけではない今回の3回目の請求で保釈が許可された。それは、弁護人が「特捜検察マインド」を色濃く残す元特捜部長の大鶴基成弁護士中心のチームから、弘中淳一郎・高野隆弁護士中心の「検察と戦うチーム」に変わったことの影響が極めて大きかったと考えられる。

 弁護団の一新によって、ゴーン氏にとって名実ともに「検察の支配下」から離れ、検察・日産と戦う体制が整ったことが、今回の保釈許可決定という具体的成果につながったものと言えよう。

 そして、今回のゴーン氏保釈は、今後、各方面に重大な影響を生じることになる。

「罪証隠滅のおそれ」についての判断の変化

 以前は、「起訴事実を否認している」というだけで「罪証隠滅のおそれがある」とされ、保釈却下の事由とされていたが、最近の裁判所は、「罪証隠滅のおそれ」を個別的な事情に応じて具体的に判断する傾向を強めつつある。

 平成26年11月17日の最高裁決定では、痴漢事件で、「被害少女への働きかけの可能性」が勾留の要件である「罪証隠滅のおそれ」にあたるかが争われたが、「被害少女に対する働きかけの現実的可能性もあるというのみで、その可能性の程度について理由を何ら示さずに勾留の必要性を認めた原決定」を「違法」として取り消し、勾留請求却下を是認する判断が示された。

 この最高裁決定もあり、一般の事件では、「罪証隠滅のおそれがない」として勾留請求が却下されたり、保釈が認められたりするケースは、以前より多くなっている。

 それでも、特捜部の事件など、裁判結果が検察組織の面子に関わるような事件では、無罪を主張する被告人の保釈が早期に認められることは殆どなかった。検察が、「保釈を認めて被告人が罪証隠滅行為を行い、検察の立証に支障が出たら裁判所のせいだ」と言わんばかりの意見書を出して保釈に強硬に反対するのを、裁判所が受け入れて、保釈請求を却下することで、身柄拘束が長期化するというのが通例だった。

 一連の検察不祥事などを契機に、検察の取調べが可視化されたことなどで、従来の特捜部の捜査手法であった「供述調書中心主義」が見直され、従来のような、脅し・すかしによって検察官の意に沿う供述調書に署名させるという従来の特捜検察の捜査手法はとれなくなった。しかし、それは逆に、検察が身柄拘束の継続によって被告人の無罪主張を封じ込めようとする「人質司法」の悪用に一層拍車をかけている。公判で無罪主張する可能性がある被告人の保釈に強硬に反対し続け、長期勾留で体調不良を訴え釈放を懇願する被告人側に、自白を内容とする書面を作成して提出することを要求し、その書面を公判で提出させて公訴事実を争わせないようにするというやり方で、無罪主張を封じ込めた事件もある(【“人質司法の蟻地獄”に引きずり込まれた起業家】)。

「ゴーン氏身柄拘束継続」に対する検察の姿勢

 そのような検察の「人質司法」を悪用する姿勢が極端な形で表れたのが今回のゴーン氏の事件であった。

 昨年11月、特捜部は、ゴーン氏を、帰国直後の羽田空港の航空機内で、「2015年までの5年分」の役員報酬についての有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反の容疑で逮捕し、勾留延長の上で起訴したのに引き続いて、「直近3年分の虚偽記載」で再逮捕・勾留し、勾留延長請求したが、裁判所に請求が却下され、準抗告も棄却されるや、急遽、特別背任罪で再逮捕、勾留・勾留延長した上で起訴。その後2回にわたる保釈請求に対しても強硬に反対し続け、まさに、なりふり構わず、ゴーン氏の身柄拘束の継続を図ってきた。

 しかし、裁判所の姿勢は、従来の特捜部事件への対応とは異なったものだった。上記の勾留延長請求却下に加え、ゴーン氏と同じ有価証券報告書虚偽記載で逮捕されたグレッグ・ケリー氏が、勾留延長請求却下後、全面否認のまま保釈を許可されるなど、裁判所には「検察と一線を画する姿勢」も窺えた。

 こうした中、ゴーン氏は、金商法違反に加えて特別背任でも起訴されたが、最近の裁判所の一般的傾向からすると、「罪証隠滅のおそれ」が具体的に認められるのか疑問であり、早期保釈許可も十分に考えられた(【“ゴーン氏早期保釈”の可能性が高いと考える理由】)。

 デリバティブの評価損の「付け替え」についても、サウジアラビア人への送金についても、ゴーン氏が保釈された場合に、日産関係者に対して「口裏合わせ」を依頼することは考えられない。そもそも、ゴーン氏が、日産の社内に影響力を持っていたのは、経営トップとして社内で強大な権限を持っていたからである。代表取締役会長を解職され、経営トップの座から引きずり降ろされたゴーン氏の影響力は大幅に低下しており、日産役職員の事件関係者との間で「口裏合わせ」ができる状況ではない(しかも、日産経営陣は、社員に対して、ゴーン氏・ケリー氏やその弁護人との接触を禁止している)。

 そういう意味では、今回の保釈許可決定は、「罪証隠滅のおそれ」に関する裁判所の判断として「当然の決定」と言える。

 しかし、一方で、検察が組織の面子をかけて逮捕・起訴したゴーン氏の事件で、公判前整理手続すら始まっていない現時点で保釈が許可されるというのは、検察にとっては衝撃であり、それを敢えて裁判所が決定したことは「画期的」と言える。

 今回の保釈許可決定は、「当然だが画期的な決定」と言うべきだ。

1、2回目の保釈請求と3回目の保釈請求の違い

 今回の保釈に関して、自宅玄関への監視カメラの設置、パソコンでのインターネット使用制限など、ゴーン氏の「罪証隠滅」が行えないようにする物理的措置が保釈条件とされたことが、保釈許可の大きな要因となったとされている。

 しかし、本当に罪証隠滅を行おうとすれば、そのような措置があっても完全に防止することは困難だ。そのような措置は、従来の特捜事件とは異なった保釈の判断をするための一つの「口実」に過ぎず、むしろ、決定的な違いは、裁判所も、事件の中身や証拠関係を踏まえて、長期の身柄拘束を避けたいと考えていたこと、そのような状況の中で、弘中・高野チームが、それまでの大鶴チームとは異なり、「人質司法」を打破してゴーン氏の保釈を獲得することに並々ならぬ情熱をもって取り組んだ成果と見るべきであろう。

 保釈決定の前日に外国特派員協会で記者会見を行った「無罪請負人」と言われる弘中弁護士に注目が集まっているが、私は、今回の保釈獲得に関しては、むしろ高野弁護士によるところが大きかったのではないかと見ている。

 今年1月18日の長文ブログ【人質司法の原因と対策】にも書かれているように、高野弁護士は、日本の「人質司法」の根本的な問題を指摘し、実際の刑事事件の中で、その打破を実践してきた弁護士だ。「罪証隠滅のおそれ」を振りかざし、無罪主張をする被告人の保釈を阻止しようとする検察と戦ってきた。今回も、保釈に強く反対する検察官の意見書を、身柄関係書類の閲覧で把握し、そこで指摘されている「罪証隠滅のおそれ」を徹底的に否定して、保釈を認めない理由がないことを論証したことが保釈許可の大きな要因になったと考えられる。

 一方の大鶴基成弁護士は、記者会見でも、「一般的に言うと第1回公判までは保釈が認められないケースが非常に多い。」などと「人質司法」について、やや的外れな発言を行い(「人質司法」は第一回公判までだけの問題ではない)、「これは人質司法などと呼んで弁護士は強く批判している。」などと他人事のように言っていた。かつて特捜部長として、ライブドア事件・村上ファンド事件などの事件で特捜検察の中核を担ってきた大鶴弁護士は、特捜部側で無罪を主張する被告人の保釈を阻止した経験は豊富でも、全面否認事件の弁護人として検察と戦い、被告人の身柄釈放を勝ち取った経験は乏しかったのだろう。「人質司法」が典型的に表れているゴーン氏事件で、保釈を獲得する使命を果たす弁護人としてはミスキャストだったと言わざるを得ない。

ゴーン氏保釈による「重大な影響」

 今回のゴーン氏の保釈には、監視カメラの設置等の異例の保釈条件が付されている。しかし、保釈条件は不変のものではない。今後の公判前整理手続や公判審理の状況に応じて、不要となれば、条件が解除されることもあり得る。

 美濃加茂市長事件では、現職市長だった藤井浩人氏は、収賄容疑について現金の授受を含めて全面否認していたが、4回目の保釈請求が許可され、逮捕以来62日間の身柄拘束で保釈された(【藤井美濃加茂市長ようやく保釈、完全無罪に向け怒涛の反撃】)。このときは、副市長を含む多くの市役所職員との接触禁止等の保釈条件が付され、保釈に水を差したいマスコミは、「市長職を務めることは事実上困難」などと報じた。しかし、公判前整理手続の中で、「罪証隠滅のおそれ」が全くないことが客観的に明らかになり、弁護人の保釈条件変更申請で接触禁止は順次解除されていった。

 ゴーン氏についても、今後、公判前整理手続や公判審理の中で、検察が提示する事実や証拠、それに対する弁護側の対応によって、「罪証隠滅のおそれ」がないことが明らかになれば、保釈条件の変更の可能性もある。そういう意味では、保釈条件は、被告人にとって決定的な問題ではない。

 重要なことは、いかなる保釈条件が付されていても、拘置所での身柄拘束が続くのと、社会内での活動が可能になるのとでは、その拘束の質が決定的に違うということだ。

 今回の保釈によって、今後、ゴーン氏の刑事事件の公判対応や、マスコミへの対応、ゴーン氏が関わる企業の経営などに、大きな影響が生じる可能性がある。

 第1に、公判前整理手続や公判に向けて、弁護団と十分な準備ができるということだ。言語の違いに加え、関連資料も膨大なため、拘置所での弁護団とゴーン氏との打合せは困難を極めたはずだ。保釈されたことで、検察の開示証拠を踏まえて、効果的で綿密な打合せを行うことが可能となる。

 第2に、ゴーン氏は、今後、検察や日産側のリークによる夥しい数の「有罪視報道」にくまなく目を通し、弁護士らとともに、事実無根の名誉毀損報道に対して法的措置を講じる準備を始める可能性がある。それは、ゴーン氏事件の報道の流れを変え、これまでの報道で生じた世の中の認識を是正することにつながる可能性がある。

 第3に、軽視できないのは、日産自動車・ルノー・三菱自動車の経営に与える影響だ。

 ゴーン氏は、日産自動車・ルノー・三菱自動車の3社で会長職は解職されたが、今も取締役の地位にはある。ゴーン氏が、各社の取締役会に出席すれば、これまで全く弁明の機会を与えられず、一方的に「不正」とされている、起訴事実以外の「不正」についての弁明を行うことも(少なくとも、ルノー・三菱自動車においては)可能となり、今後の3社の取締役会での議論に大きな影響を生じる可能性がある。

ゴーン氏の取締役会への出席の可能性

 そこで問題となるのが、今回のゴーン氏の保釈条件の中には、事件関係者との接触禁止のほか、日産自動車の取締役会・株主総会への出席には裁判所の許可が必要というのが含まれていることが、ゴーン氏の取締役会への出席にどのように影響するかだ。

 まず重要なことは、取締役は株主総会で株主に選任され、会社のために、善管注意義務を果たし、忠実に職務を行う立場だということだ。会社法上、「取締役会への出席義務」は明記されてはいないが、格別の支障がない限り、取締役会に出席することは取締役の義務であると言えよう。ゴーン氏も、格別の支障がない限り、取締役として日産の取締役会に出席するのは当然であり、健康上の理由など出席できない事情がない限り、取締役会に出席すべく裁判所の許可を求めることになるであろう。

 ゴーン氏が取締役会への出席の許可を求めた場合、株主に選任された取締役として、職務を行う上で必要と判断して出席を求めているのであるから、裁判所としても「必要性がない」と判断する余地はないだろう。裁判所は、保釈条件の一つである「接触禁止」に違反する可能性があるかどうかによって可否を判断することになると思われる。

 保釈条件としての「接触禁止」というのは、起訴事実についての「罪証隠滅」が行われないようにするため、外形的に、その「おそれ」がある場面を作らないようにすることを保釈の条件にするという趣旨だ。

 取締役会の出席者のうち西川廣人社長が、金商法違反との関係でゴーン氏が接触を禁止されている「事件関係者」の一人だと考えられるし、他にも「事件関係者」が含まれている可能性がある。問題は、取締役会への出席について「西川氏らとの間での『罪証隠滅のおそれ』があると言えるかどうか」だ。

 裁判所は、ゴーン氏が許可を求めた場合、検察官に意見を求めることになる。弁護人側は、ゴーン氏に対する「反逆者」の西川氏を含め、日産関係者に対するゴーン氏の影響力はなくなっており、発言がすべて記録される取締役会への出席による「罪証隠滅のおそれ」は皆無だと主張するだろうが、検察官は、ゴーン氏の取締役会での発言が西川社長らにも影響を与え得ること、ゴーン氏が取締役会に出席していることや発言すること自体が公判立証に影響を与えるなどとして、出席に強く反対するであろう。

 ここでの裁判所の判断は、結局のところ、現時点でのゴーン氏の立場について、「推定無罪の原則」を尊重し、株主に選任された取締役としての職務の履行として取締役会に出席することを重視するか、「罪証隠滅」が公判審理に影響を与える可能性を最小化することを重視するかという観点から行われることになり、そこでは、保釈の可否と同様の枠組みでの判断が行われることになる。

 ちなみに、前記の美濃加茂市長事件で藤井市長が保釈された直後、保釈条件として副市長を含む多数の市役所職員との接触が禁止されている状況で、藤井市長が、起訴された収賄容疑についての説明を求める市議会に出席できるかどうかが問題になった。しかし、藤井市長は、市議会に出席して、自らが潔白であることなどを、公判での主張に支障を生じない範囲で説明した。その際、藤井市長と副市長とは離れた席に座らせ、直接の話をすることがないよう配慮した。

 この市議会への藤井市長の出席は、当然、検察・警察も把握していたが、それが「接触禁止」の保釈条件に反するとして保釈取消請求されることはなかった。

 仮に、日産の取締役会への出席が許可されないとしても、ルノーと三菱自動車の取締役会への出席は話が別だ。両社は、本件起訴事実と直接の関係はないのであり、三菱自動車の取締役会への出席、ルノーの取締役会への電話やビデオ会議システムでの出席が制限される理由はないだろう(三菱自動車の日産出身取締役が「事件関係者」に該当する場合には、日産取締役会と同様の問題が生じる。)。

 ゴーン氏が、両社の取締役会に出席しようとするかどうかは不明だが、自己の潔白を主張し、会長解職の不当性を訴えるために出席したいと考えた場合には、出席が可能となる可能性が高い。

 大鶴弁護士が記者会見で予測していたように「第一回公判まで保釈が許可されない」ということであれば、ゴーン氏は、日産の臨時株主総会で取締役を解任され、ルノー・三菱自動車の定時株主総会で両社の取締役も解任され、3社への影響力を完全に失った後に、ようやく保釈されるということになっていたであろう。

 そういう意味で、「検察と戦う弁護士チーム」に一新された弁護団の保釈請求によって、それまで拘置所で検察の支配下に置かれていたゴーン氏の身柄が弁護団の元に奪還されたことが、今後のゴーン氏の検察・日産やマスコミ等に対する「反撃」に、極めて重要な意味を持つことは間違いない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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