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過労死は「自己責任」? 職場への「無知」を露見する裁判所のあきれた態度

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 毎年11月は「過労死等防止啓発月間」とされ、全国で過労死をなくすためのシンポジウムなどの啓発活動が行われている。この取り組みは2014年に制定された過労死等防止対策推進法に基づいているが、しかし法律制定から6年経っても、いまだ過労死はなくなっていない。

 先月公表された「過労死等防止対策白書」(2020年版)によれば、2019年度には86人が脳・心臓疾患による過労死として労災が認定されている。また、うつ病など精神疾患を理由とした過労自死(未遂を含む)によって88人が労災として認定された。しかし、これらはあくまで氷山の一角に過ぎず、その背景には、長時間労働や職場でのハラスメントによって、いつ過労死してもおかしくない状況で働いている人が数万人単位で存在すると考えられる。

 では、氷山の一角である、国から過労死だと労災認定を受けた毎年200人ほどの遺族は、適切な補償を受けることができたのだろうか。実は、日本では過労死だと国から認められたとしても、遺族が会社を訴える裁判の中で、裁判所が「過労死は自己責任」と判断して補償が全く受けられないケースが多数存在するのだ。今回は、そのようなケースを紹介しながら、過労死をなくしていくために必要な取り組みについて考えて行きたい。

過労死は「生活習慣または年齢的な部分もあった」と会社は主張

 今回紹介するのは、岩手県奥州市にあった機械部品製造会社「株式会社サンセイ」で働いていたAさんが2011年に過労の末、脳幹出血を発症し亡くなったというケースである(後述するように、この事件の遺族をNPO法人POSSEは継続的に支援してきた)。営業技術係の係長として、出張や部下の査定など多忙な日々を送っていたAさんは、亡くなる直前の1ヶ月に85時間48分、2ヶ月前には111時間09分と、国が労災認定を行う際の判断基準となる過労死ラインの残業1ヶ月あたり80時間を遥かに上回る長時間労働に従事していた。

 休日も出勤しており、Aさん自身、家族に対して「俺は働きすぎだ。この会社はおかしい、何かあったら訴えろ」と話しているほどだった。そして、8月上旬、自宅で倒れ、倒れた翌日に亡くなった。わずか51歳であった。

 ここで、読者の中には、「社員を死に追いやった会社は遺族のためになにかしれくれるだろう」と考える方もいるかもしれない。しかし現実には、全くその逆のことが起こっている。「株式会社サンセイ」はAさんの遺族に退職金として50万円を振り込んだだけで、職場の状況の説明や謝罪などは一切行わなかった。過労死のように仕事が原因で亡くなった場合は労災の対象になるが、会社は労災についての説明を遺族に対してしなかった。

 それどころか、後に労働基準監督署の調査に対しては、遺族の主張する「「連日7:20分(ママ)に出かけ夜10:30分(ママ)過ぎに帰宅」の記述に関しまして、弊社としてはご指摘のあったような勤務状況にはなかった」、そして、死に至ったのは「生活習慣または年齢的な部分もあった」と主張して、書面に押印すらしなかったのだ。

 このように20年ほど勤めた会社から一切の支援を受けられなかったAさんの遺族は、それでも「働きすぎが原因だ」と考えて、労災を申請。管轄の花巻労働基準監督署は、タイムカードや日報を調べたところ、「発症前2か月においては残業時間の平均が98時間とほぼ100時間に近い時間外労働に及んでおり、請求人は著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に従事していたと認められる」と遺族の主張を認めて、労災つまり国が公的にAさんの死を過労死と2012年7月に認めた。

 つまり、少なくともタイムカードや日報上は長時間労働であったことを会社は把握しておきながら、労災が認められると会社が責任追及されることを恐れて、最初から、死は本人の責任だと主張したのだ。これでは、会社として労働者の命を軽視していると言われても当然だ。

 この事件の詳しい内容はこちらの記事をご覧頂きたい:「「過労死」はどのように明るみにでるのか? 遺族が裁判を起こすまで」

裁判所も「自己責任論」を採用し、企業責任を認めず

 労災認定が下った後の2017年11月、Aさんの遺族は会社の責任を追求するため、横浜地方裁判所に「株式会社サンセイ」そして当時の取締役3名(田中和男、中西美伊子、安倍由和)に対して、約6500万円の損害賠償請求を求めて訴えた。当時の取締役を合わせて訴えたのは、「株式会社サンセイ」が2012年に解散しているため会社を訴えたとしても補償を受けることができないからだ。

 裁判でも会社や当時の取締役らは、過労死はAさんの「自己責任」であるとの主張を繰り返した。脳幹出血を発症したのはもともとAさんが高血圧であったからだ、仮に長時間労働であったとしても対策を講じようとしているところにAさんが亡くなってしまった、取締役らはAさんが長時間労働であったことを把握できる状況になかった、と責任逃れの主張を繰り返した。

 とは言え、そもそも労働基準監督署はすでに過労死ラインを超える長時間労働の存在を認めて過労死だと認定していることに加えて、取締役の一人はAさんの隣の部屋で場合によっては一緒に仕事をしていたため労働時間を把握できなかったとは考えづらい。また、過労死のケースでは会社だけでなく取締役個人としても責任を負うことが過去に判例として確認されている(大庄事件)(大庄日本海庄や過労死事件の上告棄却・上告)。

 しかしながら、今年3月27日に言い渡された判決で、横浜地方裁判所(長谷川浩二裁判長、松本諭裁判官、長岡慶裁判官)は会社側の主張を認めて、Aさんが補償を受けることを否定した。

 裁判所は、会社には賠償責任があるが(しかしその会社はすでに解散しているため遺族が賠償を受けることはできない)、取締役らは過労死の責任を負うべきではないと判断した。それは取締役らが「他の従業員に業務を代わってもらうよう...声掛けをした」「見積りソフトを作成して業務を効率化しようとしていた」「発症前1か月の時間外労働時間 (85時間48分) は発症前2 か月の時間外労働時間(111時間09分)よりも軽減したこと」「実現はしなかったものの...被告会社の従業員の増員を検討していた」ため、要するに過労死が起こらないように努力をしていたため、責任を追う必要はないと判決では述べられている。

 しかし、このような判決では、ほとんどの過労死に対し経営者の責任はなくなってしまう。実際に労働時間が減っていなくとも、「増員を検討」して、「声掛け」や「効率化しようと」すればいいと判断した点は、きわめて問題が大きい。

 小手先の対策を表面的には行いながらも、人員の増員や業務量の削減など根本的な対策をとらない企業は後を絶たないからだ。そうした企業ほど、残業を隠し、持ち帰り残業など「隠れた長時間労働」を誘発しやすい。この判断は、裁判所の労働現場に対する「無知」をさらけ出している。

 さらに、111時間から85時間に残業が減ったことを「軽減」と考えている点も、国が過労死ラインを医学的知見から80時間の残業と定めていることを無視するものである。これでは「死ぬほどの労働を命じるのは経営者の当然の権利」と言わんばかりであり、過労死した労働者・遺族に対し、あまりにも過酷・理不尽な評価であろう。なぜ、過労死ライン越えの残業(しかも亡くなる6ヶ月より前はサービス残業だった)を命じることが、経営者の責任を免れる根拠になるのか、理解に苦しむ。むしろ、過労死を起こす危険を感じていながら、あえて危険な労働を除去しなかったととらえるべきではないか。

 その上、裁判所はAさんが高血圧などの病気を患っていたことを理由に、会社の責任をわずか3割にまで切り縮めている。つまり仮に補償が認められるとしても、Aさんに7割の責任があるため会社は残りの3割分しか責任を取る必要がないという、「過労死自己責任論」に沿った主張を展開している。

 以上から、この事例では、裁判官が過労死問題の解決に対して非常に消極的な姿勢を見せていることは明らかだろう。なお、遺族はこの判決を不服として東京高等裁判所に控訴しており、11月26日に第一回目の期日が予定されている。

過労死をなくすための企業責任の追求

 過労死ラインを超える時間働いていたことを証明するタイムカードが存在し、労働基準監督署という国の機関が労災つまり過労死と認めたにも関わらず、裁判所がそれに反対する判断を下したことに驚かれるかもしれない。しかし残念ながら、労災が認められたとしても裁判で「敗訴」する遺族は少なくない。

 そもそも、過労死として労災が認められるには、様々な証拠を遺族自身が集めなければいけない。ほとんどの会社は「株式会社サンセイ」のように労災に非協力的で、中にはタイムカードを破棄して積極的に長時間労働の事実を隠蔽する企業や、箝口令を敷いて職場状況を知りたい遺族が同僚などにアプローチすることを妨害する企業も存在する。しかし、職場の長時間労働やハラスメントの実態を遺族が「証明」することができなければ、職場に問題がなかったことになり、過労死と認められづらくなってしまう。

 その結果、遺族(存命の場合は本人)が労災と申請しても、大半は労働基準監督署の段階で却下されているのだ。2019年度に、脳心臓疾患に関しての労災申請は936件だが、認定は216件(うち86件が死亡)と、わずか23%しか労災と認められていない。精神疾患では、2060件の申請があったが認められたのは509件(うち88件が自死もしくは未遂)とこちらもおおよそ4分の1しか労災と認められなかった。

 そして、裁判で争ったとしても、Aさんのケースのように裁判所が補償を拒否するケースがある。このような状況において重要なことは、より多くの遺族が労災を申請したり、企業に対して責任を追求したりすることができるように支援していくことではないだろうか。もし遺族が「過労死かもしれない」と思ったとしても、労災を申請することや労働時間の証拠を集めることについて、ほとんどの人が十分な知識を持っていないだろう。

 また、裁判を行うとなれば経済的な負担も大きい。その際に、周囲の人が、労災の申請方法や過労死問題に明るい労働組合やNPO、弁護士などを紹介するだけで、遺族のその後が大きく変わってくる。実際、Aさんの遺族が労災を申請できたのは保険業に携わる知人に教えてもらったからであり、また裁判に至ったのはAさんの息子が、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEの労働相談窓口につながったからである。

 過労死の事実を社会的に告発し続け、過労死をなくすための対応策を求めていくためにも、被害を受けている遺族へのサポートが不可欠だ。こういった社会的な取り組みが、より広がっていくことで、はじめて真の過労死対策が可能になるだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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