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WBSS決勝、井上尚弥戦を控えたレジェンドから感じた自然体の迫力 ノニト・ドネア独占インタヴュー後記

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

 ノニト・ドネア側からインタヴューの場所として指定されたのは、ラスベガスのヘンダーソンにある「スキニーファッツ」というハンバーガーショップだった。

 9月14日、T-モバイル・アリーナでタイソン・フューリー(イギリス)対オットー・ワリン(スウェーデン)戦が行われた翌日のこと。正午近くにそのカジュアルな店を訪ねると、そこにはリラックスして休日を楽しむドネア一家の姿があった。

 同伴した女性との会話を楽しんでいるレイチェル夫人と、ゲームの手を休めて来訪者に挨拶する息子たち。静かな余裕を漂わせ、家族を見守るドネア。その佇まいには、長く充実したキャリアを築き、軽量級では破格の額を手にしてきたチャンピオンのクールネスが象徴されているかのようだった。

 「こんにちは。来てくれてありがとうございます。ここまでウーバーで来たんですか?より静かな側のテーブルで話をしましょう」

 そう言われて始まったインタヴューは30分以上に及ぶ長尺となったが、王者の愛想の良さと礼儀正しさは最後まで変わらぬままだった。

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変化し続けた王者

 筆者が初めてドネアに会い、話したのは2010年11月13日、マニー・パッキャオ(フィリピン)対アントニオ・マルガリート(メキシコ)戦が行われたAT&Tスタジアムのメディアルームでのこと。その時、暫定王座も合わせればドネアはすでに2階級を制覇していた。しかし、当時はサンフランシスコに住んでいた王者は、自身のキャリアのことより、直前に久々のワールドシリーズ制覇を果たしたジャイアンツの話を嬉しそうにしていた記憶が残っている。

 あれからもう9年。特別にドネアと親しくしてきたわけではないが、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦、西岡利晃(帝拳)戦、ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦、ニコラス・ウォータース(ジャマイカ)戦などは現場取材し、その他の試合会場でも言葉を交わす機会があった。それらの過程で、段階に応じて少なからずの変化を感じたものだった。

 HBOの新スターとして売り出し中だったナルバエス戦時は、眩い輝きを放ってはいたものの、アメリカのファンを様々な形で喜ばせたいという気負いも目に付いた。一方、早くから目標に掲げていた西岡戦では心に期するものがあったようで、ファイトのエンターテイメント性は重視せず、これまででも最も隙がなかったように思えた(「西岡戦は精神的に疲れるファイトだった」という言葉はもともと現地記者に話していたもので、日本メディアへのリップサービスではない)。

 本人もインタヴュー内で指摘していた通り、リゴンドー戦の際には倦怠感が確実に感じられた。ウォータース戦ではもうモチベーションの薄れを公言しており、これ以上、ボクシングを続けるのは危険だとすら思えた。そして、それからまた短くない時が流れ、現在のドネアはより“自然体”を感じさせるようになっている。

ボクシングを楽しみたい

 「恐怖を感じない人間はいないと思います。不確かなことを恐れるのは人間として普通なこと。ただ、私は長くボクシングを続け、恐怖心は自らを奮い立たせることにつながることもわかっています」

 “強さ”を競い合うボクサーが、”恐さ”を認めるのは頻繁にあることではない。こんなコメントを残せるのも、20年近いキャリアを築いてきたベテランならではだろう。

 もう多くの勲章を手にし、財も成し、美しい家族もいて、自分を実際以上に強く見せようとする必要はなくなった。倒し、倒され、手痛い敗北も味わい、時に批判もされ、それでいて36歳になった今でもトップ戦線で生き残り続けている。そんなボクサーの言葉に力みは感じられず、「今はボクシングを楽しみたい」という言葉も真実に違いない。

 もともと表現力は豊かだったが、円熟の重みが加わった印象がある。そんなドネアが繰り返し語ったのだから、「井上には多くの欠点がある」という言葉が単なる虚勢やゲームズマンシップだとはやはり思えないのである。

”運命の戦い”の果てに

 ここで断っておきたいが、筆者も11月7日の試合は井上尚弥が圧倒的に有利だと考えている。ドネアが言及した“井上の欠点”のうちの1つは、おそらく力を込めたパンチを打つ際に顔面が空く癖だろう。それを理解はしていても、実際にリング上で付け込めるかどうかは別の話である。

 老雄が瞬間的な見せ場は作れたとしても、順当にいけば井上が前半に決着をつけるのではないか。日本が生んだ最高のボクサーの力は、それだけのレベルにある。

 ただ、それでも1つだけ確かに思えるのは、バンタム級に戻って3戦目となるドネアが、井上戦では心身ともに現時点での最高に近いコンディションで臨んでくるだろうということだ。多くを経験してきた英雄は、敵地のリング、今まさにピークの王者に対しても臆することはない。今のドネアなら必要以上に気負うこともなく、苦境の中でも勝利の糸口を見つけようとしてくるはずである。

 試合開始後、比較的早い段階で井上が相手にダメージを与えるかもしれないが、それでもドネアは最後まで“弱点”を狙ってくるに違いない。そして、効いた状態でも威力があるパンチを繰り出せるドネアの渾身の左フックが、フィニッシュを狙った井上の顎かテンプルをかすめるようなことがあれば・・・・・・。

 「ニューヨークまで気をつけて帰ってください。また会えるのを楽しみにしていますよ。試合の際は日本にも来てくれるんですよね?」

 最後まで落ち着きを感じさせた現代のレジェンドは、どこまでも自然体で“アジアのメガファイト”に臨もうとしている。

 勝っても、負けても、試合後はどんな言葉で井上と日本リングを表現してくれるのだろうか。試合同様に、あるいは実際の試合以上に、戦いを終えたあとのドネアの言葉が今から楽しみでもある。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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