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失禁が製品化の着想に? トイレは一生に20万回、トイレの日に考える排泄と尊厳 TripleW中西社長

南龍太記者
On a World Toilet Day, Sydney, 2010.(写真:ロイター/アフロ)

 毎年11月19日は国連が定めた「世界トイレの日」。トイレに関する課題はさまざまあり、いずれも根深く、奥深い。

 世界では途上国を中心に約20億人がトイレを使えず、不衛生な環境下で健康を害し、命を落とすケースも少なくない。日本国内に目を転じれば、温水洗浄の便座が大半の家庭で普及するなど、衛生環境は整い高水準だ。しかしトイレや排泄、その処理にまつわる悩み、課題は依然山積している。

 それらを解決しようと、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の活用により、用便に際して健康状態を管理するといった取り組みが、衛生陶器メーカーや住宅設備機器メーカーなどで進んでいる。

 世界初となる排泄予測デバイス「DFree(ディー・フリー)」を手掛けるヘルステックのベンチャー「トリプル・ダブリュー・ジャパン」(TripleW)もその一つだ。介護施設をはじめ、個人からも引き合いが強いDFree。その誕生の背景には、社長・中西敦士さん自らの「失禁体験」があった。

1000万台普及へ

人は、生まれてから死ぬまで排泄し続けます。私たちは、普段当たり前のように排泄をし、何食わぬ顔で過ごしていますが、その行為は、大変なプロセスの上で成り立っています。まず、尿意を感じるところから始まり、排泄をする場所まで辿り着かなければなりません。そして、便所まで辿り着いたら今度は、便器という道具を使わなければなりません。その使い方はもちろん、そのもの自体を知らないと使えません。その次は、自分の準備ですが、ズボンや下着を下げる。…

(出典:『初めての 認知症介護 初めて認知症介護をする人へ 解説集 食事・入浴・排泄編』認知症介護研究・研修仙台センター)

 排泄という至極日常的な所作をあえて大仰に説明したのは、この一連の作業が、実は「大変なプロセス」であるという認識を新たにするためだ。

 個人差はあるものの、人は一生のうちに20万回トイレに行くとも言われるが、例えば、「近くにトイレがある」、「便意に気付く・認知できる」、「自分で用を足せる」といった諸条件が全て満たされて初めて、この行為を適切に完遂できる。逆に言えば、どれか一つでも欠けると、事を成し得ない。 

 「世界では5億人もの人が排泄に悩みを抱えている」。中西さんはそうした排泄の課題解決に取り組むべく、2014年に会社を立ち上げた。

 トリプル・ダブリュー・ジャパンは、適切な排尿の諸条件の一つ、「尿意に気付く」という生理現象の知覚を助けるウエアラブル機器「DFree」を開発、販売している。世界初の排泄予測デバイスだ。商品名は「D=Diaper(おむつ)からFree(解放する)」にちなむ。

 膀胱に溜まった尿の量を超音波のセンサーで計測、膨らみ具合から事前に排泄のタイミングを予測し、連動したスマートフォンなどを通じ「そろそろトイレに行きましょう」と促してくれる。

DFreeの着用イメージ
DFreeの着用イメージ

膀胱の溜まり具合を、連動したスマホなどを通じて伝える
膀胱の溜まり具合を、連動したスマホなどを通じて伝える

 DFreeは累計5000台超を販売し、堅調に売り上げている。介護施設などで需要が高まっているほか、排泄に障害を抱える人やその介助者といった個人にも支持されている。

 これまで数度の小型化、軽量化の改良を重ねてきた。2021年7月に発売した最新機は、従来型の3分の1ほどの大きさとなり、500円玉2枚分程度だ。本体とセンサーを一体化させることでケーブルレス化も実現し、「好調な売れ行きで、ユーザーからの評価も上々」(中西さん)という。DFreeは、将来的に1000万台の普及を目指す。

最新型のDFree
最新型のDFree

きっかけは失禁

 中西さんは経営者だった祖父に感化され、もともと起業家志向が強かった。小学生の頃の文集には、同級生が「将来の夢」としてスポーツ選手などを挙げる中、中西さんはひとり、「社長」と掲げていたという。「何の社長かと具体的イメージはなかったが、その頃からビル・ゲイツなど経営者への憧れや尊敬の念は常にあった」と語る。

トリプル・ダブリュー・ジャパン代表取締役社長の中西敦士さん
トリプル・ダブリュー・ジャパン代表取締役社長の中西敦士さん

 大学卒業後は、新規事業の立ち上げ支援などを手掛けるコンサルタントを経て、米国へ留学。日々起業のアイデアを探る中、トリプル・ダブリュー・ジャパン創業に深く関わる“大失態”を犯した。

 それは2013年、カリフォルニアの住宅街で引っ越しをしていた際のことだった。中西さんは作業中、急な便意を催す。しかし米国は日本ほど気安くお店などでトイレを借りることができない。「うわあ…」。我慢し続けた末に漏らしてしまった。「大人になってからこんな思いをするなんて。かなり落ち込んだ」と中西さんはふがいなさげに振り返る。

 しかしこの体験により、世の中には排泄に困り、漏らすことで尊厳を傷つけられている人がいると痛感した。「これほどIT化、文明が進んだ時代に、なぜお漏らしのような原始的な悩みに苛まれないといけないのか」。怒りとない交ぜになった疑問が、DFreeの開発、誕生の原動力となった。

排泄分野を超えて

 7月発売の最新機が好調な中、中西さんは二の矢三の矢を放つべく、攻勢をかける。長期的には、DFreeの知見を応用し、排便の予測システムも実現したい考えだ。創業当時から温めてきたアイデアだが、便にはさまざまな形状があることなどから、開発は排尿予測よりも難しく、一筋縄ではいかない。試行錯誤を続けている。

 一方、介護施設で作業面、金銭面で負担となっているおむつの費用を、現状と比べて2030年までに国内全体の総消費額の半分に減らしていく、社会的な目標も掲げる。日本では、少子高齢化に伴って子ども用おむつの売上高を大人用が既に上回り、その差は開き続けている。高齢者を支える医療・介護・商品・サービスなどの需要増を背景に、それらの解決にテクノロジーを駆使する「エイジテック」の市場は、2025年には300兆円規模になるとの見方もある。

 こうした社会情勢を踏まえ、トリプル・ダブリュー・ジャパンは、デバイスの提供にとどまらず、介護施設における排泄ケアの最適化を後押しするDX(デジタルトランスフォーメーション)推進支援の専門組織を新設。さらには、生体ビッグデータのアナリストやAIの専門家を仲間に加え、陣容、業容の拡大を図っていく。

 中西さんは「いまや日本における一般ゴミの約5%が使用済の紙おむつとなっており、非常に大きな環境問題となっている。おむつの使用量が減ることは、環境への負荷低減にもつながってくる」と展望する。その視線の先には、排泄関連に限らず、エネルギーや省資源といった、持続可能な地球環境に貢献する企業へ進化した姿がある。

 「排泄の分野を超え、ヘルスケア全体の発展やサステナブルな社会実現に貢献する企業を目指したい」と話す中西さん。挑戦は続く。

中西敦士(なかにし・あつし)氏
中西敦士(なかにし・あつし)氏

1983年生まれ。慶應義塾大学卒業後、新規事業の立ち上げ支援のコンサルティング会社に就職。フィリピンでの青年海外協力隊の経験を経て、2013年に米国・カリフォルニア大学バークレー校へ留学。2014年に米国でTripleWを創業、2015年トリプル・ダブリュー・ジャパンを設立。同社代表取締役社長。兵庫県明石市出身。

トリプル・ダブリュー・ジャパン

(写真はいずれもTripleW提供)

記者

執筆テーマはAIやBMIのICT、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、今年度刊行予定『未来学の世界(仮)』、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

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