『オレンジデイズ』から20年に令和の大学生群像劇。『マイダイアリー』の小さな物語の愛おしさ
前田敦子ら多くの女優に影響
若手女優のインタビューで、好きだったドラマをよく聞いている。その人のバックグラウンドが端的に現れることがあるからだが、一時期『オレンジデイズ』がよく挙がっていた。前田敦子らが「女優を目指したきっかけ」ともしている。放送はもう20年前になる2004年だ。
大学4年生5人の群像劇で、妻夫木聡、柴咲コウ、成宮寛貴、白石美帆、瑛太というキャスト。柴咲が聴覚を失ったバイオリニストの役で、妻夫木との恋が軸になり、手話を使った会話も話題に。5人は「オレンジの会」を結成し、教室の隅に備え付けた「オレンジノート」に連絡事項から心の内まで綴っていく。
個人的には、当時はもう雑誌編集の仕事をしていたが、このドラマに影響され、仲の良い同僚やカメラマンと「オレンジの会」を名乗り、ラーメンを食べたり飲みに行ったりした。青春の残り火を灯すような感覚だったと思う。
「やさしい人でありたい」と思いながら
現在、日曜夜に放送中の『マイダイアリー』も大学3年生5人の群像劇だ。毎回、高校教師になって1年目の恩村優希(清原果耶)が日常の小さな出来事から、「私はふと人生の日記を読み返したくなった」と回想する形で、ストーリーが始まる。
大学生活が折り返しを過ぎて、そろそろ就職も気にしながら「どうやったら、あと2年、悔いなく過ごせるんだろう」との会話があった。そして、5人の大学生たちの葛藤とほのかに温かいふれ合いが愛おしいドラマになっている。
優希は教育学部の3年生で、同じ学部の白石まひる(吉川愛)、長谷川愛莉(見上愛)と仲良し。母親に教わった通り「やさしい人でありたい」と思っている。キャンパスで見掛けただけで名前も知らない徳永広海(佐野勇斗)が置き忘れたリュックを拾い、持ち主探しを始めたり。
だが恋人からは、映画館でのポップコーンの食べ方にまで気をつかうやさしさが「俺には苦しい」と、別れを告げられてもいた。
天才少年からの挫折と初めての合唱
広海は幼少期から「天才数学少年」とマスコミに取り上げられ、アメリカの大学に進学したが研究に挫折。帰国して優希らの通う大学に編入したばかりだ。同じ数学科の学生たちに陰で噂話をされていた。
学食で支払いの際にリュックを忘れたことに気づき、列の後ろに並んでいた商学部の和田虎之介(望月歩)が「会計一緒で」と払ってくれた。人懐っこい虎之介もまたやさしく、次が空きコマだからと軽い調子でリュック探しを申し出る。こうして、持ち主探しをしていた3人とリュックを探していた2人が出会うことに。
この1話では、小学生の頃にギフテッド(天才)と判定され、クラスで孤立してホームスクーリングをしていた広海が、「ずっと1人だったから」と合唱をしたことがないとも話した。最後には、それを聞いた優希が5人をピアノのある多目的室に集め、『怪獣のバラード』をみんなで楽しそうに歌っていた。
帰りのバス停で、嬉しそうな広海が「初めてだったので。歌うことも、あんなふうに受け入れてもらうことも」と言うと、優希は「受け入れるとかじゃないと思う。一生懸命生きてきた人なんだなって感じただけだと思う」と返す。広海は涙声になりながら、深々と頭を下げた。
深入りしすぎない距離感に令和らしさ
『マイダイアリー』では、『オレンジデイズ』の聴覚を失ったバイオリニストのような、大きな苦難を抱えるキャラクターはいない。劇的な出来事が起こるわけでもない。
しかし、やさしさについて悩む優希も、「消えた天才」として旧友の取材を受けた広海も、本人の中での葛藤は切実だ。愛莉は優希に対する自分の感情を自分で掴みかねていて、教師の道に進まないことも決めた。他の道は見えてないまま。
そんな5人に、同じ経験はなくても心情には思い当たることもあり、小さな物語が自身の大学時代とも重なって胸に染みる。一方、5人はそれぞれに心根はやさしいが、優希がフラれたときにまひるが「くだらないこと考えよう」と言ったり、お互い深入りしすぎない距離を取るのが令和の若者らしさか。かと言ってドライな感じでもなく、さり気ない心づかいがかえって温かさを醸し出す。
脚本はNHK夜ドラ『わたしの一番最悪なともだち』などを手掛けた兵藤るり。会話が生き生きとしていて、大学生らしいやり取りが軽そうで繊細。自然と深い想いが滲むのが絶妙だ。自身がお茶の水女子大の理学部数学科を4年生で中退との経歴で、広海や愛莉に投影している部分もあるのだろう。
そんな脚本に、清原ら若手キャストが役の個性をまっとうしながら、どこかにいそうな大学生ぶりを見せている。望月の三枚目ふうに振る舞いながら仲間を心底思いやる演技も、空気感に大きく関わっている。
推しの卒業と幼少期のトラウマ
毎回胸がキュッとなる『マイダイアリー』だが、出色だったのが今もTVerで観られる3話だ。メインはまひるのストーリー。裕福な家庭で育った彼女は、無名のメンズアイドルグループのRIMというメンバーの推し活をしている。
3人の出会いは入学後のオリエンテーションでたまたま並んで座り、教授の長い話に一緒にあくびをして笑い合って……との逸話も明かされた。
RIMはグループ卒業を発表し、最後のライブ会場の最寄り駅に、まひるは幼少期のあるトラウマを抱えていた。推しのためにも心の傷に立ち向かおうと、事前にその駅に足を運んでみたが、改札を出たところですくんでしまう。
大人でも「大丈夫?」と聞いていい
翌日も授業のあとに駅に向かう。優希と愛莉はまひるの様子がおかしいことに気づくが、そのままバイトへ。優希は家庭教師をしている小学生に「大丈夫?」と聞かれ、「軽く聞いていいんだよね。大人になると『大丈夫?』って聞かれたくないんじゃないかとか、考えてしまって」と言いながら、まひるに「大丈夫? 今どこ?」とLINEした。
駅前で立ち尽くしていたまひるに駆け寄ると、ほぼ同時に愛莉も現れる。「今日はここまで来れたんだけど……」と言うまひるに、「帰ろう」と2人それぞれ手を取って、並んで歩いていく後ろ姿には目頭が熱くなった。
まひるはトラウマのことを4人に打ち明け、RIMの卒業ライブはオンラインで観てから、優希の部屋に集まることに。虎之介はライブに赴きRIMと握手してから、何も触らずに駆け付け、「手だけRIM様」とまひるに差し出して握手を。このシーンにも涙腺が緩んだ。
【関連記事】吉川愛『マイダイアリー』インタビュー
ふとしたときに帰ってきていい場所
そんな何気なくも染みるシーンや台詞が『マイダイアリー』には数々ある。キリがないほどなので、もうひとつだけ付け加えると、周りで見守る大人たちにも温かみを感じる。
優希のマンションの隣人のトムさん(中村ゆり)、広海を気に掛ける数学科教授の喜田義弘(勝村政信)、虎之介のバイト先の店長の杉山次郎(坪倉由幸)。4話ゲストで、愛莉の遊園地での着ぐるみバイト仲間の島田和沙(SUMIRE)の、愛莉の心を動かした居酒屋での会話も忘れられない。
キャンパスの芝生でアカペラサークルが新入生に歌を披露する光景すら琴線に触れるのは、中年世代のノスタルジーとしても、描かれるものがすべて愛おしい。
虎之介が5人の集まりを「ふとしたときに帰ってきていい場所」にしたいと切り出し、オレンジの会ばりに「心のふるさと会」として、鍋パーティーを開いたりするようになった。前回の5話では「春休みが終わったら、もう大学4年。全員で集まるタイミングって意外とない気がして」との話も出ていて。
卒業に向かうクライマックスも、たぶん静かな物語が進んでいくと思うが、大学生の青春ドラマとして記憶に残り続けるのは間違いないだろう。
話題にならなくても日曜夜に合う方向性
絶賛モードで書いてきたが、この『マイダイアリー』は世の中で話題にはなっていない。低視聴率をあげつらう記事も見掛ける。
数字について言えば、前の時間帯で『有働Times』が始まり、22時15分~と中途半端な時間のスタートになった影響もあるだろう。加えて、野球のプレミア12中継で23時過ぎからの放送にもなったりと、落ち着かない。
そもそも『海に眠るダイヤモンド』のようなスケールの大きい話ではなく、山あり谷ありだったり考察するような内容でもない。大学生たちの小さな物語は時流に合わないのだろうか。だが、特に日曜夜のドラマとして、方向性は間違ってないと思う。
『オレンジデイズ』はTBSの日曜劇場で放送されていたが、このABCテレビ制作の「日10」ドラマ枠は、昨年4月期の『日曜の夜ぐらいは…』から始まった。ベテランのヒットメーカー岡田惠和の脚本ながら、大きな波乱をあえて排した展開。3人の女性たちがカフェを開く夢を叶えていくのを、ただ見守るのが心地良かった。
盛り上がりには欠けても、タイトル通り日曜の夜くらいは、こんなドラマがあってもいい。そう思えた。
【関連記事】ドラマに付きものの波乱万丈を排した『日曜の夜ぐらいは…』
埋もれてしまうのはもったいないドラマ
1作目にこの作品を持ってきて、枠としての路線を示したのかと思ったら、そうではなかった。続く野島伸司脚本の『何曜日に生まれたの』は、逆に先の見えないジェットコースタードラマ。浅野妙子脚本の『たとえあなたを忘れても』は記憶喪失絡みのラブストーリーなど、一貫した特色は見られない。
そんな中での『マイダイアリー』。『日曜の夜ぐらいは…』と方向性は違うが、日曜の夜にリアタイ視聴するとノスタルジックな気分になり、心が安らぐ質感は同じだ。
視聴率が絶対的な指標でなくなったとはいえ、テレビ局が気にしないわけにはいかないのはもちろんわかるが、イチ視聴者としては、こんな派手でなくも良質なドラマも作り続けてほしいと思う。話題性はどうあれ、『マイダイアリー』が埋もれてしまうのも、観ないままでいるのももったいないとだけは、はっきり言える。