きしめん一日0杯→50杯以上に。人気復活の火付け役はきしころ食べ歩き
冷たいつゆをかけたきしめん=きしころ。ころの語源は諸説あり
名古屋のうどん店が中心になって行われる「きしころスタンプラリー」。今年で7回目と夏の恒例イベントとなっており、7月1日から8月31日まで2か月間にわたり開催されます。
「きしころ」とは冷たいつゆをかけたきしめんのこと。「ころ」はメニュー名というよりもつゆを選ぶ時の名古屋特有の呼び方で、「きしめん、ころにしてちょ」「ころうどん、ちょうだい」などと注文します。
「ころ」の語源には諸説があります。“冷たくても香り高い露(つゆ)”=香露(こうろ)が転訛した。公設市場の麺販売店兼食堂で丸めた白玉うどんを丼に“ころっ”と転がすように入れてつゆをかけて出していたから。小さくて丸いものを石ころ、あんころもちというように白玉うどんも小さく丸めて店頭に並べていたから。冷たいのが“食べごろ”だから…。由来はつゆなのか麺なのか?古いうどん店に尋ねてもいうことがまちまちで、ルーツは判然としません。つゆが由来とする説、麺の形状から生まれたとする説など、様々あるのも面白いところです。
“きしめん離れ”の危機感から始まった食べ歩き企画
このきしころ食べ歩き、実は深刻な“きしめん離れ”が開催のきっかけでした。「ラリーを始める前は一杯も出ない日もざら。毎日泣く泣く売れ残りを捨てていました」と大正創業の老舗「角丸」(名古屋市東区)の日比野宏紀さん。名古屋名物として全国的な知名度を誇るきしめんですが、名古屋めしブームにも乗り切れず、地元では長らく人気が低迷していたのです。ちなみに名古屋にはきしめん専門店は駅のホームの立ち食いスタンド以外はほとんどなく、うどん店での麺の選択肢のひとつというのがきしめんの位置づけです。
こんな状況に危機感を抱き、日比野さんはじめ名古屋市内および近郊のうどん店が2015年にスタートさせたのがスタンプラリーでした。きしころをテーマにしたのは「きしめんはころが一番うまい!」(日比野さん)から。平たくすべすべした麺が舌の上を滑っていく、そんな独特の食感こそがきしめんの醍醐味。冷たいきしころだと麺がしまって、その魅力をよりダイレクトに感じることができるのです。
コロナ禍で開催した昨年は過去最高の参加が!
スタンプラリー効果もあってきしめんの需要は徐々に上向きに。一日0杯も当たり前だったという角丸でも「ラリー期間中は50杯以上出ることも」というほどにV字回復を果たしました。そして昨年の第6回、コロナ禍で当初は開催も危ぶまれましたが、いざふたを開けてみると過去最高の参加者を獲得しました。スタンプ5個を集めると進呈される500円食事券の配布数が例年100~200枚台だったところ、従来を大きく上回る326枚を記録したのです。単純計算で期間中に1630杯以上のきしころが食べられたことになります。
「普段はあまり見られない若いカップルのお客さんも目立ちました。遠出ができないご時世で、せめて近場での食事を楽しみたいという皆さんの心情に、きしころが応えられたのではないかと思います」(角丸・日比野さん)。
ユニークな新開発・創作きしころを食べ歩こう!
今年の参加店は33店舗。名古屋市内が中心ながら、清須市、春日井市、瀬戸市、東郷町、大府市、刈谷市、蒲郡市と愛知県内のその他市町村の店舗もあり。ちょっと足を延ばして初めての店を開拓する楽しみもあります。そして、今回の一番の特徴は各店舗の新作メニューが豊富なこと。スタンプラリーのために各店が創作意欲を発揮した初登場のきしころメニューを味わうことができるのです。当記事でも、初参加の店、初登場のきしころを中心にピックアップして紹介します。
スタンプラリー初参加となるのが「星が丘製麺所」(名古屋市千種区)。予約が取れない大人気うどん居酒屋「うどんや太門」(名古屋市千種区)と2代目名人が腕を振るう玄人好みの老舗「手打うどん高砂」(名古屋市港区)の店主がタッグを組んだ新店舗という話題性もあり、今年5月にオープンするや連日満席状態が続いている最新人気店です。麺は透明感があってつやつや、それでいてもっちり感もあり。ブームの予感漂うきしめんを是非このチャンスに!
正統派きしめんの老舗「川井屋本店」(名古屋市東区)の新作メニューはころきしめんこな雪。プチトマト、ブロッコリー、カボチャ、ヤングコーンなどの夏野菜に粉チーズをふりかけてあり、爽やかでありながらボリュームもあります。「和風だし+チーズの組み合わせは意外と合うんです。女性のお客さんにも食べたいと思ってもらえるよう、夏野菜もふんだんに使いました」と店主の櫻井太郎さん。まるで冷製パスタのような華やかでおしゃれな一杯です。
「大久手山本屋」(名古屋市千種区)は味噌煮込みうどんの有名店からの独立店。味噌煮込み専門店である本家に対して、手打ちのきしめんをはじめ味噌おでんや手羽先など多彩な名古屋めしメニューを味わえます。スタンプラリー対象の新メニューは辛味噌きしめん。ピリ辛にした辛味噌には店の代名詞というべき味噌煮込みと同じ八丁味噌を使っています。おろししょうが、ラー油、ゴマダレが別添えされ、これらを加えて“味変”していくのも楽しく、さっぱりしながらもパンチがある逸品です。
創作きしめんといえばココ!なのが名古屋駅近くの「朝日屋」(名古屋市中村区)。アツアツの鉄板皿を使った焼き太きしめん、インディアン焼き太きしめんなど、これまでもちょっと変わったオリジナルメニューで話題をふりまいてきた名物店です。スタンプラリーのために新開発したのは冷やしイタリアンつけ太きしめん。何とトマトソースにつけて食べるまったく新しいタイプのきしめんです。手づくりのトマトソースは味噌が隠し味で意外やそこはかとなく和のテイストも。野菜たっぷりでヘルシーかつ涼を感じられます。
「えびすや勝川店」(愛知県春日井市)のカラ玉きしころは、名古屋めしらしい“足し算”メニュー。唐揚げ、半熟卵、紅しょうがの天ぷら、キュウリが大胆に盛られます。麺はスタンプラリー参加店の中でも屈指の幅広。甘めのそばつゆ+ゴマダレがよくからみ、インパクトのある具にも負けない存在感を発揮します。途中、別添えのわざびをからめると、辛味で味わいが引きしまり、さらに食欲がそそられます。
今年のスタンプラリーは、このような個性豊かな創作メニューが多いのが魅力。一般的なきしめんの2倍ほども幅広くした幅広きしめんを採用する店も目立ちます。きしめんは麺が平たい分、具やソースとよくからむため、平打ちのパスタのように多彩な調理法に合うという特徴があります。スタンプラリーではその特性を活かしたメニューに出会え、きしめん新時代の到来を予感させます。
長い歴史を持ちながらも新しい、そんなきしめんの大いなる可能性も感じながら、この夏、きしころの食べ歩きをお楽しみください。
(写真撮影/すべて筆者)