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エンゲル係数上昇の真相:果たして惣菜の影響大なのか?

池田恵里フードジャーナリスト
(写真:イメージマート)

エンゲル係数が上がった要因は、惣菜の購入比率が高くなったから?果たして本当??

日本のエンゲル係数が、直近、高い数値を記録していることに注目が集まっている。昨年の2022年から2023年8月までの平均値が過去43年間で最も高い「29%」に達したと報告され、今年2024年7から9月期でも29%となったからだ。

エンゲル係数は、食品が支出に占める割合で、上昇することで貧困が高まっているかどうかを指標する値とされていた。その上昇にはいくつかの要因が挙げられるが、主な原因として、原料高騰が85%占めると言われている。多くのメデイアの見解では、「惣菜などの加工食品の利用が高くなったことであがった」という意見もある。さらに「兼業主婦で時間がないことから割高の惣菜を購入せざるを得ない状況」とも言われている。

本当に惣菜の購入が増えたことで家計が苦しくなっているのだろうか。

まず最近のエンゲル係数を見てみよう。

エンゲル係数は、家計の消費支出に占める食料費の割合を示したものである。

FNNオンライン出典
FNNオンライン出典

因みに、24年の9月のエンゲル係数では、30.1%となっている。

そこで日常、よく購入される商品の「カツ丼」が比較しやすいので取り上げてみよう。

家庭で調理する場合と惣菜購入の場合のコスト比較

家庭で作る場合(材料費+ロスを加味)

カツ丼材料コスト(ロス加味)

  • 豚肩ロース (100g): 1枚、単価250円、小計250円
  • 卵 (2個): 2個、単価27円、小計54円
  • 玉ねぎ: 1個、単価30円、小計30円
  • ご飯 (200g炊き): 1人前、単価27円、小計27円
  • ソースの材料: 適量、単価50円、小計50円
  • : 適量、単価100円、小計100円
  • 合計: 小計511円、ロス加算10%: 51円、総コスト: 562円

最近の売価を元に算出したが、地域によって、価格差があることをご了承願いたい。

スーパーの惣菜カツ丼価格

  • 本体価格498円(税込537.84円)
  • 一部地域では本体398円(税込429.84円)や本体298円(税込321.84円)も

多くの場合、スーパーの惣菜を購入することで、食費を抑えられることが出来るのだ。これは、他の商品でも同様に言える。大量に調理してようやく出来る筑前煮なども同様だ。さらに言うまでもないが家庭で調理する際には、使い切れなかった食材のロスも発生する。ちなみに日本における食品ロスの約45%は家庭から生じていると言われている。

次にこの最近のエンゲル係数の高さを消費者物価指数でも見てみよう。

CPI(消費者物価指数)から見る惣菜と食材の価格変動

コロナ後の2020年から2023年のCPI(2020年を基準値100とする)では、以下のような数値が見られた。取り上げた項目は、主要食材、並びに、カツ丼に使用される豚、卵、そして惣菜では人気NO1の鶏も取り上げてみた。

CPI項目別物価指数2020年と比較(筆者作成)
CPI項目別物価指数2020年と比較(筆者作成)

2023年度のCPIは

  • 卵: 135.4
  • 生鮮食品: 115.26
  • 鳥肉:112.9
  • 豚肉:113.8
  • 調理食品(惣菜など): 113.9

生鮮食品の物価上昇率は調理食品よりも高く、惣菜の物価指数はほぼ同水準であることがわかる。惣菜は、調理された状態で提供されるため、原材料の価格だけでなく、加工費や人件費も含まれている。113.9という指数は、これらのコストを含めても安定した価格で供給されていると言えるのではないだろうか。

項目別CPI、2020年と比較(筆者作成)
項目別CPI、2020年と比較(筆者作成)

ここから米類から魚介類までの2023年のCPIの数値を単純に足して平均を出した場合、115.26となり、調理食品のCPIである113.9を上回る結果が得られる。しかし、単純平均では、各食材の消費割合(支出ウェイト)や、調理食品の特性を十分に反映していない可能性がある。

そもそも調理食品のCPIは、原材料の価格変動だけでなく、人件費やエネルギーコスト、包装費などの要素も含まれているため、単純に食材CPIと比較することには限界がある。さらに、消費者が各食材をどのような割合で購入しているかを考慮しない場合、実態を正確に反映できない。

そのため、この結果から導き出せるのは、あくまで 「調理食品は原材料のCPIの平均よりも抑えられた価格動向を示している可能性がある」 という仮説であり、詳細な分析には支出ウェイトや原材料以外の要素を考慮する必要がある。こうした背景を踏まえつつも、調理食品の価格動向が他の食材に比べて大きな差異を示さないという現象には注目すべき点があると言えるだろう。

家計調査データから見る二世帯と単身者の惣菜の支出割合

次に家計調査のデータを見る。

2023年度は以下の特徴が見られる。

  • 二世帯世帯: 外食費が急増し、調理食品(惣菜)の支出はむしろ3.6%減少
  • 単身者: 一人分の調理が面倒なため惣菜購入率が高いと推測されるが、エンゲル係数は過去10年間で25%前後とほとんど変化していない。23年度でも調理食品の支出は21年度から下がっている

まず二世帯から見よう。

二世帯の支出推移、家計調査から作成
二世帯の支出推移、家計調査から作成

二世帯のエンゲル係数29%となった23年度の内訳をみると、外食の支出は急激に増えているものの、調理食品、つまり惣菜に関しては、むしろマイナス3.6となっているのだ。つまり調理食品によるエンゲル係数が高くなった要因は見受けられない。そして21年度から下がっている。

単身者エンゲル係数25.1%

単身者は、一人分の調理のため、ややもすると割高になり、食品ロスも発生しやすい。このことからエンゲル係数が高くなりがちだ。

しかし2023年度では、単身者は二世帯よりのエンゲル係数が低く25.1%なったのだ。

通常、一人住まいでは、どうしても一人の調理は面倒、一人分での調理も難しいこともあって、惣菜を購入する率が高いとされてきた。惣菜の購入率が高いと、エンゲル係数はおのずと上がるのであれば、単身者の方がエンゲル係数は上がりやすいともいえる。

しかし、単身者の実際のエンゲル係数を見ると、過去10年間での推移は、25%前後と変化していない

25%前後を推移している単身者のエンゲル係数
25%前後を推移している単身者のエンゲル係数

違う観点で見ると、単身者は、一人であるため、かかる固定費(住居費、光熱費と水道)は、当然のことながら二世帯住宅に比べて、構成比率は高くなる。それもあってエンゲル係数が25%となったのかもしれない。

そこで

・二世帯の住宅費、光熱費・水道、全体に占める割合を足したものをを2016年から2023年まで

・単身者も住宅費、光熱費・水道、全体に占める割合を足したものを2016年から2023年まで

住居費と光熱費・水道費の出費、そしてそれらの合計を調べることで、さらにエンゲル係数が25%前後に収まっている所以が浮き彫りにできるのではないだろうか。

単身者のエンゲル係数が二世帯より低いのは、所謂、固定費(住宅費、光熱費・水道)がよりかかっていることから、エンゲル係数が低い要因が見えてきたのだ。

単身者においても、調理食品は、2020年より下がっている。

次に単身者も同様に支出の推移(2017年から2023年)をみてみよう。

家計調査の単身者の支出から作成
家計調査の単身者の支出から作成

見てもわかるように、2023年、急激に支出が増加したのは、外食であり、調理食品は2020年から、むしろ下がっているのだ。

買い物傾向の多様化から、エンゲル係数の数値だけでは見えづらい。

エンゲル係数の上昇要因として、「惣菜購入の増加も一因である」だけでは説明がつかない。むしろ外食費の増加や食材価格の高騰など、その他、複数の要因が絡み合っていると考えられる。

たとえばEDLP(Everyday Low Price)戦略で注目を集めるスーパー「オーケー」では、銀座に出店した際に富裕層の来店が目立ち、集客も好調である。これは、かつての富裕層=ブランド志向という固定観念が崩れ、多様化した買い物傾向を反映していると言えるのではないか。

また、アメリカのウォルマートも、富裕層の顧客を取り込むことで業績を伸ばしていると報告されている。

エンゲル係数の上昇が貧困に結びにくい環境になっているのだ。そして要因として、「惣菜購入率の増加が原因」とする見解はどうなのだろうか。今回のエンゲル係数を通して感じたことは、売り場の観察や価格帯の動向、データ分析、さらには定性調査を以前より増してより緻密にやっていくことが大切だと思った。それが、ようやくより近い顧客の動向を浮き彫りにさせるであろう。顧客の購買行動の変化を知るにつれ、多角的に考察する必要がより増していると思った。

フードジャーナリスト

神戸女学院大学音楽学部ピアノ科卒、同研究科修了。その後、演奏活動,並びに神戸女学院大学講師として10年間指導。料理コンクールに多数、入選・特選し、それを機に31歳の時、社会人1年生として、フリーで料理界に入る。スタート当初は社会経験がなかったこと、素人だったこともあり、なかなか仕事に繋がらなかった。その後、ようやく大手惣菜チェーン、スーパー、ファミリーレストランなどの商品開発を手掛け、現在、食品業界で各社、顧問契約を交わしている。執筆は、中食・外食専門雑誌の連載など多数。業界を超え、あらゆる角度から、足での情報、現場を知ることに心がけている。フードサービス学会、商品開発・管理学会会員

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