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機密情報は誰のものか

田中良紹ジャーナリスト

機密情報を漏らした国家公務員らへの罰則を強化する秘密保全法案が注目を集めている。法案が「報道の自由」や「国民の知る権利」を侵すと批判されているからだ。これに対して政府は「報道の自由」や「知る権利」を妨げないよう法案に明記するとして臨時国会での成立を目指している。

安倍政権はアメリカのNSC(国家安全保障会議)を真似た組織を作り、そこに外務省、防衛省、警察庁などから提供された機密情報を一元化し議論する体制を作ろうとしている。役所に機密情報を提供させるため、また最大の機密情報提供者であるアメリカの協力を得るために、欧米と比べて罰則が軽いと考えられている日本に秘密保全法を導入して情報漏えいを防ごうというのである。

ところが報道されている法案の内容を見ると、肝心なところで欧米と機密情報についての考え方が違う。それは機密情報は誰のものかという点である。どの国にも外交や軍事で他国に知られては困る機密情報があり、情報を漏らした者は国益に反するとして処罰される。しかし機密情報が誰のものかを考えると、税金で雇われた官僚が税金を使って集めたのだから納税者に帰属すると考えられる。

従って国益に反しない時期が来れば機密情報は国民に開示される。また機密情報を公表してはならない時期であっても国民の代表である国会議員には秘密厳守を前提に情報提供される。国家が重要な判断をする際に国民の代表の判断を誤らせないためにである。

つい先ごろもシリアの化学兵器を巡ってアメリカ議会は軍事攻撃するかしないかを採決をする事になった。その時、アメリカの諜報機関が集めた機密情報は与野党の議員に「秘密会」で示され、そのうえで採決される段取りになった。日本国民もそのことは報道で知ったはずである。つまり国民には公表されなくとも国民の代表である与野党の議員には機密情報が開示されるのである。

大事なことは野党の議員にも知らされる事である。そうしないと国権の最高機関が国家の行く末を判断するのに支障が出るからである。従って機密情報の漏えいを厳しく問われるのは官僚だけではない。国会議員にこそ秘密厳守が求められる。そしてだから官僚が国民の代表の求めを拒否して機密情報を隠蔽する事など「国民主権」の国家ではありえない。

ところが臨時国会に提出されようとしている秘密保全法案はこうした考えに立脚していない。機密情報を漏えいした官僚は罰せられるが、国会議員で処罰の対象となるのは官邸にいる一部の与党議員だけとされている。これは何を意味するのか。機密情報は一部の与党議員にのみ提供され、国民の代表である野党議員には提供されない事を意味している。

安倍総理はアメリカのNSCを真似た組織を作り、アメリカの価値観と日本の価値観を同じにしたいようだが、やろうとしている事はアメリカをはじめとする欧米の価値観とは異なる。それを口には出さないが腹の中で馬鹿にしながら欧米はじっと日本を見ている。

かつて「秘密会がない国会は異様だ」というコラムを書いたが、この国は税金で雇われた官僚が税金を使って集めた情報を決して国民には知らせず、秘密を棺桶の中にまで持っていく国である。官僚は機密情報を上司である大臣にも総理にも知らせず、官僚組織の中だけで方針を決めた後、都合よく動いてくれる議員にだけ知らせて政治を方針通りに導く。

そのため欧米の議会でしばしば開かれる「秘密会」が我が国では滅多に開かれる事がない。「秘密会」がない事は与野党の国会議員が重要な判断材料を与えられないまま、官僚のシナリオ通りに動かされている事を意味する。今回の秘密保全法案はそうした構図を変えるのではなく、むしろこれまでの構図のうえに内部告発を厳罰で抑え込み、官僚の情報隠蔽を促進する側面がある。

問題は情報が誰のものであるかという点にある。そこをあいまいにされると欧米を真似たつもりで欧米と逆の仕組みを作る事になる。昔、外務省や警察庁の幹部に「なぜ国会に秘密会がないのか」を問い質した事がある。「そんなことをすれば野党議員が直ぐソ連や中国に漏らす」という話だった。冷戦の時代には東西対立と与野党対立がシンクロしていた。

しかし冷戦は終わった。そしてそれでも他国に機密情報を漏えいする議員がいるとすれば、それこそ厳罰をもって処分すれば良い。しかし国民の代表である国会議員が自国を取り巻く情報を知らされもせず、国家の行方を議論している様ほど哀れなものはない。機密情報を巡る議論はそうした方向を向いてもらいたいと思う。

政治の議論には「目くらまし」が付き物である。肝心の部分を見せなくするために少しずれたところに焦点を作り、そこに議論を集中させることで肝心の部分に目を向けさせない。今回も「報道の自由」に焦点が集まるようにして、そこでの議論を盛り上げ、その挙句に何らかの妥協が図られると、国民は肝心な部分を見ないまま問題は終わったと考えさせられる可能性がある。

メディアが「報道の自由」を声高に叫び、秘密保全法案を批判しているうちに、政府が譲歩して何らかの妥協が図られると、メディアはそこで矛を収める。すると国民までが問題は収束したと錯覚する。そんなことにはならないように、くれぐれも「目くらまし」には騙されないようにしてもらいたいと思う。これは「国民主権」すなわち民主主義の基本を問う問題なのである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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