森新監督の下で変貌を遂げた浦和が2位浮上。なでしこリーグの勢力図を塗り替えるか?
【柔軟なゲームプランで引き寄せた勝利】
浦和レッズレディース(浦和)が、なでしこリーグで好調だ。
4月21日(日)の第4節でアルビレックス新潟レディース(新潟)に2-0で勝ち、3勝1敗で2位に浮上。リーグ5連覇に向けて突き進む日テレ・ベレーザ(ベレーザ)を勝ち点差「1」で追っている。
昨シーズン4位に終わった浦和は、2015年からベレーザでリーグ3連覇を達成した森栄次監督を招聘した。その効果は、早くもピッチに現れている。
それまでのロングボールと個々のハードワークをベースとしていたスタイルから、丁寧に繋いで崩すポゼッションスタイルへと変化。駆け引きの要素が加わり、見どころが増えた。
この試合では高い位置からプレッシャーをかける新潟に対し、前半は流れの中からあまりチャンスを作れなかった。だが、前半19分に右CKのこぼれ球にFW菅澤優衣香が詰めて先制。
これまでは前線で時間を作ったり、フィニッシュの仕事がメインだったが、この試合では菅澤自身がサイドに開いてスペースを作ったり、クロスやスルーパスで決定機を作る場面が何度かあった。ラストパスの質の高さは、意外と知られていない彼女の強みかもしれない。
「自分自身がボールをもらう時に、シュートを打ちやすいボールだとやりやすいので、他の選手にも、『こういうボールが来たら打ちやすいんだよ』というメッセージも込めています」(菅澤)
プレーの幅が広がったように見えるのは、菅澤だけではない。
森監督は、昨シーズンまでスーパーサブとして試合終盤に起用されることが多かったFW清家貴子を、右サイドバックにコンバートした。サイドにスピードのあるアタッカーを置くチームが多い中で、清家の直線的な速さやスペースを見つける嗅覚が、対峙する相手にとって脅威になると見抜いていたのだろう。
また、この試合ではラスト30分間、彼女を前線に上げて勝負させている。
「裏のスペースで清家の脚力を生かせればコーナーも取れるし、シュートで終わってくれれば一番いい。(ポゼッションに加えて)それも(戦い方の)オプションと考えています」(森監督)
清家はその期待に応えるようにキレ味鋭いドリブルで仕掛け、追加点に至る流れを作った。
82分に、右CKの流れから途中出場のMF乗松瑠華が正確なクロスをゴール前に入れ、FW安藤梢が頭で押し込んで2-0。
国内リーグで2度の得点王とMVPを受賞。09年からドイツで7年半プレーするなど、国内外のリーグと代表で豊富なキャリアを築き、様々な監督の下で指導を受けてきたベテランの安藤にとっても、森監督の指導は新鮮に映るようだ。
「監督がどっしりと落ち着いていて、『プレッシャーを受けても余裕でやれよ』という感じを見せてくれるので、みんなもミスを恐れずにプレーできています。(森監督のスタイルは)ポゼッションサッカーと言われますが、守備もしっかり要求されます。いろいろなオプションを持って相手の良さを消しながら戦うのは面白いし、自分にとっても発見が多いですね」(安藤)
セットプレーから2試合連続でアシストを記録した乗松も、新境地を開いた一人だ。2016年末のU-20女子W杯で右膝を負傷した乗松は、第3節(3/31)の対ベレーザ戦(●1-3)で、2年半ぶりに公式戦復帰を果たしている。
「彼女は技術的にしっかりしているし、パンチもある。中盤で間(ま)を作ったり、人が上がる時間を作ってもらうことに期待しています」
そう話す森監督が乗松に用意していたポジションは、それまでのセンターバックではなく、トップ下やサイドだった。また、セットプレーのキッカーとしての資質も見抜いた。
【素質を生かす「目」】
選手のコンバートを成功させることは簡単ではない。連係を構築し直すのに時間がかかるし、本来の持ち味が消えてしまうこともある。
その点、選手の潜在的な能力を見極め、ここぞというタイミングで抜擢する森監督の手腕には驚かされる。そこには、ヴェルディやベレーザなど、育成に定評のあるクラブで20年近く、様々な“原石”を磨いてきた確かな目がある。
育成年代とは違い、新たなポジションで一から学ぶことは選手にとっても覚悟が要るだろう。だが、複数のポジションでプレーできることが、森サッカーにおいて重要なエッセンスになる。
「俺のやり方は、ポジションがあってないようなものだよ、と選手たちには伝えています。4-4-2だったり4-2-3-1という形だけ頭に入れてくれれば、あとは割と自由に動いてくれればいいと考えているので。流動的にやっています」
若い選手にとっては、その「自由」がプレッシャーになってもおかしくはない。だが、そうならないのは、安藤も言っていたように、監督自身が余裕を失わずチャレンジを評価する懐の深さを見せているからだろう。
物腰が柔らかく、声を荒らげることは滅多にない。練習中や、試合の前後にも選手と軽口をかわしたりする。
現役時代はハードなディフェンスを持ち味としていたという。それだけに、守備にもこだわりが見える。
新潟のシュート数をわずか4本にとどめた最終ラインを牽引したのは、20歳のDF南萌華と19歳のDF高橋はな。昨年8月のU-20女子W杯優勝を支えた、高さと強さを兼ね備えたセンターバックコンビだった。また、代表候補のGK池田咲紀子は足下の技術が安定しており、プレッシャーがかかった状況でも簡単に蹴らず、ビルドアップに参加してチームを落ち着かせた。
最終ラインからしっかりとつなぐ形は、新たなスタイルを支える生命線でもある。
「(池田)さっこさんは足下がうまいので、前からプレッシャーが来ている時に、キーパーをうまく使ってビルドアップする形はいつも練習しています。代表でも一緒にやっているので本当にやりやすいですし、安心して下げられるのはチームの強みです」(南)
南のプレーで特に効果的だったのが、「ポジションを一つ飛ばすパス」だ。
相手のプレッシャーがかかった状態で、近い選手ではなく、その一つ奥にいる選手にパスを送ることで状況を一気に好転させる。グラウンダーのパスはインターセプトされるリスクがあり、ふわりとした緩い弾道では相手が寄せる時間を与えてしまう。高い技術が求められるが、南はこのパスがとにかくうまい。過不足のない軌道で味方の足下にピタリとつけたり、スペースを活用できる。
また、セットプレーでは171cmの高さを生かしてターゲットにも、囮にもなる。
「(セットプレーで)自分は相手の大きい選手にマークされることが多いのですが、今日は(菅澤)優衣香さんと(安藤)梢さんが決めてくれました。そうやって囮にしてもらって、味方が決めてくれれば嬉しいですね」(南)
代表でも存在感を増す若いディフェンスリーダーは、そう言って屈託のない笑顔を見せた。
【なでしこリーグはGW3連戦に突入。代表選手の動向にも注目】
相手や状況に応じた戦い方のオプションが増え、浦和は確実に進化している。
だが、もしも早い時間帯に失点していたらどうだったか。あるいは、同点に追いつかれ、引き分けでハーフタイムに入っていた場合はどうなっていただろうか?
ピッチ内で起こる不具合をその都度修正し、オプションをうまく生かすことができるかどうか。それは今後の課題になるだろう。
新たなサッカーを貪欲に吸収し、表現しようとする選手たちのモチベーションは高く、楽しみでもある。
なでしこリーグは4月27日(土)から、GWを挟んで3連戦を迎える。ホームの浦和駒場スタジアムにINAC神戸レオネッサ(4位)を迎える5月2日(木)の一戦は注目の上位対決だ。INACは昨年、浦和が唯一勝てなかった相手でもある。
また、6月のW杯メンバー発表に向けて、この3連戦が選手たちにとっても重要なアピールの場となる。
リーグ全体を見ると、ここにきて代表候補の選手がメンバー外になったり、パフォーマンスが上がらない選手もいる。またケガの回復状況がわからない選手もいて、W杯に向けて不安要素もある。
この試合で好パフォーマンスを見せた池田も、表情を引き締める。
「普段から、ぶつかっても負けない体作りを意識しています。ケガを言い訳にはできませんし、ケアもしっかりしながらパフォーマンスを上げていきたいですね。(W杯)本番までもう代表の活動はないので、リーグで結果を残しながら自分のプレーの幅を広げていきたいです」(池田)
GWは、去年とは勢力図に変化が起こりつつあるなでしこリーグに注目しながら、W杯メンバーを予想してみたいと思う。