Yahoo!ニュース

「アイコス」最新研究:やはり肺に大きなダメージ、新型コロナ感染やCOPDリスクも

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 加熱式タバコは、従来の紙巻きタバコより有害性が低減されているようだが、最新の研究ではやはり肺にダメージをおよぼし、新型コロナにもかかりやすいのではないかという。その研究を紹介する。

タバコ会社はずっと努力してきた?

 これまでタバコ会社以外の中立的な研究(タバコ会社の研究ではなく、タバコ会社から資金提供されていない研究)でも、紙巻きタバコより加熱式タバコのアイコス(※1)のほうが含まれている有害な化学物質は少ないことがわかっている。

 だが、アイコスの製品説明書に有害物質が含まれていると書いてあるように有害な化学物質が全く含まれていないわけではないし、従来の紙巻きタバコより多く含まれている物質もあれば、紙巻きタバコに含まれていなかった物質も含まれている(※2)。

 タバコ会社は、紙巻きタバコの有害性が指摘され始めた1950年頃から(※3)その否定に躍起になる。そして、有害性が明らかになってタバコの売り上げが減るとフィルター付きタバコや低タール・タバコなど、一見すると害が少なくなるような印象を与える製品を開発した(※4)。だが、こうしたタバコ製品に、健康への害を減らす効果は全くないことがわかっている(※5)。

 いわゆる加熱式タバコも、こうした「より安全」をうたって開発された製品群だ。

 日本では、JT(日本たばこ産業)が2013年にプルーム・テックを発売し、2014年にアイコスが日本とイタリアの一部都市で先行販売された。その後、2016年にグロー(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)が追随するが、PULZEという加熱式タバコで参入したインペリアル・ブランズ・ジャパンは2021年に市場から撤退している。

最近増えてきた加熱式タバコの研究

 これら加熱式タバコのキャッチコピーは、共通して有害性の低減だが、これまでタバコ会社が開発してきたフィルター付きタバコや低タール・タバコのように嘘なのだろうか。それとも本当に害が少ないのだろうか。

 タバコに関する研究では、倫理的な配慮もあってヒトを対象にした臨床実験や生体実験はほぼ不可能なので、集団(コホート)調査など長期にわたる疫学的な研究にならざるを得ない。そのため、タバコ以外の影響を排除した健康への悪影響を評価するのに時間がかかるので、実験動物や細胞組織を使った研究が行われている。

 そして、これまでの中立的な研究には、アイコスも紙巻きタバコや電子タバコと同じように喫煙者へ酸化ストレスを引き起こし、発がんのリスクを高め、呼吸器に炎症を起こして感染症への抵抗を弱める危険性を指摘したものがいくつかある(※6)。

 最近、台湾の国立陽明交通大学などの研究グループが、アイコスと紙巻きタバコの成分を調べた論文を毒性学の専門雑誌に発表した(※7)。国立陽明交通大学は、医学系で実績のある国立陽明大学と国立交通大学が合併してできた大学だ。

 同研究グループは、アイコスと紙巻きタバコの成分をシリンジポンプを使って抽出し、ヒトの肺上皮腺がん細胞、ヒトの気道上皮細胞を使ってそれぞれの細胞毒性、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質との応答性、免疫や炎症に関係するタンパク質(サイトカイン)のレベルなどを調べた。

 その結果、細胞毒性は紙巻きタバコよりアイコスのほうが低く、細胞の自死(アポトーシス)への誘導も少なかった。一方、酸化ストレスによる細胞の応答性では、発がんに関係するタンパク質の応答(ERK経路)がアイコスで活性化した。

 また、炎症性のタンパク質(サイトカイン)や新型コロナウイルスが細胞へ侵入するACE2の発現は、ヒトの肺上皮腺がん細胞のほうで紙巻きタバコでもアイコスでも強くなったが、ACE2タンパク質が減少することも観察され、矛盾した結果になっている。ACE2のシステム(RAS)は複雑で、喫煙とRASとの関係にはまだ多くの議論がある。

COPDや新型コロナのリスクも

 一方、アイコスでは、自己炎症性疾患(自分の免疫システムが自分を攻撃してしまう病気)に関連するタンパク質(IL-1β)が、どちらの実験用細胞でも増えていた。このタンパク質は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の発症や新型コロナのサイトカインストームにも関係していると考えられている(※8)。

 さらに同研究グループは、紙巻きタバコの喫煙(パフ)の上限と同じ容量(0.5mg/mL)でアイコスの成分を調べてみたという。細胞にはウイルスや細菌、異物などの侵入を防ぐシステム(タイトジャンクション)があるが、アイコスは紙巻きタバコと同様に細胞のバリア機能を大きく減少させた。この結果は、アイコスでも容量依存的に肺にダメージをおよぼし、呼吸器系の病気になりやすくなるということだ。

 以上をまとめると、この研究でわかったのは、アイコスがACE2の発現に関係するシステムに影響し、紙巻きタバコと同様に気道の炎症を増やし、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や新型コロナの重症化リスクを大きくする危険性があるということだ。

 タバコの本質はニコチンによる依存状態で、そのために朝起きてから夜寝るまで何十年も毎日毎日、タバコを吸い続ける。

 タバコ会社が言うように、もし仮に加熱式タバコの有害物質がごく微量だとしても、毎日長期間それを摂取し続ければ、いずれ健康に害が出てくるだろう。

 アイコスの製品説明書にタバコ会社が自身で書いているように、健康にとって一番いいのは、紙巻きタバコも加熱式タバコもやめることだ。

※1:アイコス(IQOS)はフィリップ・モリス・インターナショナルが製造し、フィリップ・モリス・ジャパンが国内で輸入販売しているタバコ・デバイス本体の名称。タバコ部分は葉タバコを使ったスティック状のものを吸う。

※2:Gideon St.Helen, et al., "IQOS: examination of Philip Morris International's claim of reduced exposure" Tobacco Control, Vol.27, s30-s36, 2018

※3:Richard Doll, Bradford Hill, "Smoking and Carcinoma of The Lung" British Medical Journal, No.4682, 739-748, 30, September, 1950

※4:Bradford Harris, "The intractable cigarette 'filter problem'" Tobacco Control, Vol.20, IssueSuppl1, 2011

※5-1:Hidemi Ito, et al., "Nonfilter and filter cigarette consumption and the incidence of lung cancer by histological type in Japan and the United States: Analysis of 30-year data from population-based cancer registries" Interntational Journal of Cancer, Vol.128, Issue8, 1918-1928, 15, April, 2011

※5-2:Jeffrey E. Harris, et al., "Cigarette Tar yields in relation to mortality from lung cancer in the cancer prevention study ll prospective cohort, 1982-8" the bmp, Vol.328, 2004

※6-1:Gideon St.Helen, et al., "IQOS: examination of Philip Morris International's claim of reduced exposure" Tobacco Control, Vol.27, s30-s36, 2018

※6-2:Sukhwinder Singh Sohal, et al., "IQOS exposure impairs human airway cell homeostasis: direct comparison with traditional cigarette and e-cigarette" ERJ open research, Vol.5 (1), 2019

※6-3:Tariq A. Bhat, et al., "Acute effects of heated tobacco product (IQOS) aerosol-inhalation on lung tissue damage and inflammatory changes in the lungs" Nicotine & Tobacco Research, Vol.23, No.7, 1160-1167, 2020

※6-4:Yoko Ito, et al., "Heat-Not-Burn cigarette induces oxidative stress response in primary rat alveolar epithelial cells" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0242789, 25, November, 2020

※6-5:Fabio Vivarelli, et al., "Unburned Tobacco Cigarette Smoke Alters Rat Ultrastructural Lung Airways and DNA" Nicotine & Tobacco Research, doi.org/10.1093/ntr/ntab108, 2021

※7:Han-Hsing Tsou, et al., "Effect of heated tobacco products and traditional cigarettes on pulmonary toxicity and SARS-CoV-2 induced lung injury" Toxicology, Vol.479, doi.org/10.1016/j.tox.2022.153318, September, 2022

※8:Kevin John Selva, Amy W. Chung, "Insights into how SARS-CoV2 infection induces cytokine storms" Trends in Immunology, Vol.43, Issue6, June, 2022

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事