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しずちゃんの脳に「影」があったこと 繰り返しの脳損傷は致命傷になりうる

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

忘れ去られた脳の「影」

南海キャンディーズの「しずちゃん」こと山崎静代選手が、アマチュアボクシングの全日本選手権ミドル級で優勝し、四連覇を成し遂げた。お笑いのときとはまるで別人の「ボクシング選手」としてのしずちゃんの姿に、感銘を受けた人も多いことだろう。

だが、そのような見事な活躍ぶりに目を奪われるなかで、もはやすっかり忘れ去られてしまった事実がある。

じつはかつて、頭部のMRI検査でしずちゃんの脳に「影」が見つかったことがある。プロボクシングであれば、ライセンス失効の危機である。脳の「影」は、しずちゃんの競技続行に疑問を投げかけた。

フィギュアスケートの羽生結弦選手の衝突事故(「羽生選手に『感動』するだけでよいのか?」)をきっかけに、日本社会は、スポーツにおける脳損傷と競技復帰の問題を真剣に考えるようになったばかりである。しずちゃんのケースも、まさに同じような問題を、私たちに突きつけている。

競技続行を不安視する声

2010年の春、しずちゃんは軽い頭痛を訴え、病院を受診した。そこでMRI検査にて、脳に影が見つかったという。プロボクシングであればここで引退が勧告される。ただし、しずちゃんはアマチュアであった。そして数ヵ月後の検査で、影は消え、今日に至っている。

スポーツの脳損傷を考えるときには、交通事故によるそれとのちがいを考えるとよい。交通事故での受傷はその1回限りである。だがスポーツでは、1回目のの受傷後も、何回も受傷が繰り返される可能性が高い。そして、繰り返しの脳損傷は、致命傷にもなりうる。

逆にいえば、その繰り返しを止めることができれば、重大事故を未然に防ぐことができる。繰り返しを抑止するということは、すなわち、競技復帰に慎重を期すということである。

2010年当時にしずちゃんの検査を担当した東京慈恵会医科大学附属病院の脳神経外科医である谷諭氏は「一般論として、ボクサーの脳にMRI検査で『影』が写った場合、急性硬膜下血腫の可能性が高い」(『週刊朝日』2012年4月27日)と述べ、競技続行が死につながることもあるとして、しずちゃんの競技続行に疑問を投げかけた。

ボクシングに限らず受傷後の競技復帰に慎重な脳神経外科医らは、急性硬膜下血腫を一度起こした場合には、「例外なく、引退するように説明している。血腫が吸収されMRIで異常所見がみられなくなったとしても復帰は許可していない」*と主張する。

命がけの闘いであることを自覚すべき

このようなことを書くたびに、記憶に蘇ってくる事故がある。

2010年7月、静岡県の中学校で、1年生男子が柔道部の練習中に脳内出血により死亡した(事故発生は6月下旬)。じつは、その生徒は5月の時点で後頭部を打ち、軽度の急性硬膜下血腫を発症して、一週間入院したばかりであった。

この情報を得たとき、私は自分の目を疑った。生徒は急性硬膜下血腫を発症したものの、競技に復帰し、命を落とすことになってしまったのである。まさしく、防げたはずの事故である。

こんなことを考えるのは、杞憂と言われるかもしれない。ただ、そうした事故の遺族に出会うと、杞憂とばかり言っていられなくなる。

しずちゃんはいま、まさに命がけの闘いを続けている。そのリスクは当然、しずちゃんもトレーナーも医師も、自覚している。大事なのは、そのことを私たち自身も自覚しなければならないということだ。

*川又達朗・片山容一、2009、「スポーツと脳振盪―脳振盪はなぜ予防しなくてはいけないのか」『脳神経外科ジャーナル』18(9): 666-673.

(冒頭のシルエット画像は,「シルエットAC」より入手した。)

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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