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スポーツ観戦のリスク。どこまで注意喚起するべきか。

谷口輝世子スポーツライター
ロッキーズの本拠地、クアーズフィールド

筆者は、先日、メジャーリーグ、ロッキーズの本拠地であるコロラド州のクアーズフィールドに出向いた。

入場券販売窓口付近にはあちらこちらに丸くて大きく目立つように作られた掲示物があった。「プロ野球の観客は観戦中のケガやダメージのリスクを引き受けることを承知する」というものだ。

球場で配布される観戦ガイド冊子にはさらに詳しく「観客は、ロッキーズ、対戦相手、選手やその代理人、メジャーリーグ機構は、観戦中のケガに対して責任を負う義務がないことに同意する」と書かれていた。

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米国ではファウルボールなどが観客に当たってケガをした場合、球団や球場が事前に注意喚起していれば、裁判になっても球団や球場側は負けないと言われている。鈴木友也氏の記事にも詳しく書かれている。野球場で失明、米国では免責?

コロラド州では1993年にBaseball Spectator Lawという野球観戦に関する法律が施行され、観客は、観戦中のリスクの引き受けに合意したうえで入場し、観戦中にケガをしても球場や球団に法的な賠償責任を求めることができないという内容が州の法律によって定められている。コロラドの他にもアリゾナ州、イリノイ州、ニュージャージー州に同様の法があるそうだ。

クアーズフィールドで働く職員にたずねたところ「球場内で観客がケガした場合にはもちろん救護所で応急処置などの対応はします」とのことだった。

日本では、札幌ドームでの日本ハム戦を観戦中にファウルボールが当たって失明した女性が、日本ハムと札幌ドーム、札幌市に対して損害賠償を請求。今年3月に、札幌地方裁判所が約4200万円の損害賠償責任を認めたというニュースがあった。

メジャーリーグでは観戦中にケガするリスクはどのくらいなのだろうか。防護ネットで覆われているのはホームベース後方のわずかな部分だけ。観客が臨場感や一体感を味わうことができるようにしている。そのため、ファウルボールはもちろん、時には折れたバットまでが観客席に飛び込んでくる。

2014年9月9日付のブルームバーグ誌はBaseball Caught Looking as Fouls Injure 1,750 Fans a Year、メジャーリーグ観戦中に打球が当たってケガした件数を独自調査し、推定で年間約1750件と伝えた。そのほとんどがファウルボールだとしている。メジャーリーグの打者が年間に受けた死球の数より多いそうだ。

ブルームバーグ誌の記事を読むと、観戦中のケガについての調査に苦労した様子がうかがえる。メジャーリーグ機構はファウルボールによる観客のケガのデータを収集していないため、いくつかの球場の応急処置室の公的記録や救急医の調査結果や訴訟の記録をもとに、ケガの発生件数を割り出しているのだ。

また、ノースカロライナ大、ウェイクフォレスト大の研究者による調査では、メジャーリーグでファウルボールに当たってケガをする確率は観客100万人あたり35.1件というデータを引用している。Spectator Risks at Sporting Events

打球による年間のケガ発生数をブルームバーグは1750件と推定。100万人あたり35.1件をメジャーリーグの観客動員数にあてはめて考えるとレギュラーシーズンだけで大雑把に2500件以上あることになる。どちらがより正確にケガの発生を推定しているのかは、現時点では筆者には分からない。 

野球の競技や観戦経験のある人ならば、一塁側や三塁側の観客席にはライナー性のファウルボールが飛び込んでくることはよく知っている。その臨場感を楽しみたいために、グローブを持って観戦に出かける。野球観戦は米国人の国民的娯楽と言われてきて、球場での観戦のリスクは家族や友人から伝わってきた部分が大きい。そのためだろうか、これまでは観戦中のケガに関するデータを収集、公開していなくても、問題視されることはなかった。

米国のプロスポーツでは、観戦にケガのリスクが伴うスポーツは、野球のほか、アイスホッケーやカーレースも挙げられる。アイスホッケーでも野球と同様に観客に注意喚起をし、観客は観戦リスクに同意して入場するので、ケガが発生してもチームやアイスアリーナは裁判で負けないと言われている。アイスホッケーのNHLでは2002年に13歳の少女の頭に飛んできたパックが当たり死亡するという事故があった。この事故を受けてNHLでは翌シーズンから防御ネットを張り巡らすように変更した。NHLの対応と比較して、メジャーリーグ機構も観客の安全に考慮すべきとする指摘もあるが、一部の意見として捉えられているようだ。

米国のプロスポーツではファンに観る楽しみを提供するために、選手の成績をはじめ、様々なデータを公開している。球場や球団側には不利な内容とはいえ、球場内でのケガに関するデータをメジャーリーグ機構では集めていないようであること、公表されていないこと、そのことと関係しているのであろうが研究者による観戦リスクの調査が少ないことは筆者には意外であった。

グラウンドに近く臨場感を味うことのできる席を購入する自由もあれば、ボールやパックがあまり飛び込んでこない席を購入する自由もある。

野球観戦が初めてで観客席に打球が飛び込んでくることを今ひとつ想像できない人や、試合に集中できない子ども、反射的にボールを避けることのできない人にとっては「ファウルボールや打球の行方に注意してください」という告知だけでは不十分なのかもしれない。観客にこれまで通り注意喚起しながら、データを収集し、公開することで、観戦にはどのようなリスクがどの程度あるのか、比較的安全な席はどの辺りなのかを何らかの方法で具体的に知らせたほうがよいのではないかと思う。

新しいファンを獲得し、球場やスタジアムに足を運んでもらうためにも、日米ともにもう少し丁寧な観戦リスクについての情報提供が必要になってくるのかもしれない。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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