イージスアショア陰謀論「アメリカを守るのが真の目的」の虚実
イージスアショアについて一部で「配備候補地の秋田県と山口県は、北朝鮮からハワイとグアムを結ぶ直線上にある。アメリカを守ることが真の目的だ」という陰謀論が唱えられています。しかしこれは誤った見方です。実際には日本全土を守るための効率の良い配置であり、北朝鮮からハワイとグアムを結ぶ直線上にあるのは偶然そうなっているだけです。
弾道ミサイル防衛はイージスアショアだけではない
このような誤解が生まれた理由は、イージスアショア2基の配置だけを見たら東京に向かう弾道ミサイルのコースがガラ空きのように見えてしまうせいなのかもしれません。しかし弾道ミサイル防衛はイージスアショアだけで戦うものではなく、イージスアショア2基の中間には舞鶴のイージス艦が在り、日本海の中央に前進配備されているのです。
- ハワイコース付近・・・イージスアショア(秋田県・新屋)、Xバンドレーダー(青森県・車力)
- グアムコース付近・・・THAAD(韓国・星州)、イージスアショア(山口県・むつみ)、イージス艦(長崎県・佐世保)
- 東京コース付近・・・Xバンドレーダー(京都府・経ヶ岬)、イージス艦(京都府・舞鶴)、イージス艦(神奈川県・横須賀)
PAC-3は有効射程と探知距離が短いので除外すると、日本周辺に配置された弾道ミサイル防衛システムはイージスBMD(イージス艦とイージスアショア)とTHAAD(XバンドレーダーはTHAAD用と同一品)で8カ所になる予定です。イージス艦は基本的に母港を出て戦うわけですが(他艦からデータリンクでリモート射撃を用いれば港内からの戦闘も可能)、舞鶴に配備された2隻のイージス艦は対北朝鮮の専任で、交代しながら日本海の中央に展開するものと考えてください。
弾道ミサイル防衛システムの配置を見る限り、東京コースはむしろ分厚く守られていることが分かります。そしてイージス用のSM-3迎撃ミサイルは防御範囲が非常に広い宇宙空間迎撃兵器なので、秋田県と山口県からでも東京を防空することが可能であり、目標の真横から突入して撃墜することが可能です。
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イージスBMDは広域防空兵器であり、そもそも敵弾道ミサイルの飛行直線上で待ち構えている必要はありません。直線を引いてその上に施設が在ったからといっても迎撃する上では大した意味は無いのです。
アメリカ軍は同盟国の支援は歓迎するが、依存はしない
また日本周辺に配置された弾道ミサイル防衛システムで、自衛隊を除きアメリカ軍の配置をピックアップすると、重要なことに気付きました。
- ハワイコース付近・・・Xバンドレーダー(青森県・車力)
- グアムコース付近・・・THAAD(韓国・星州)
- 東京コース付近・・・Xバンドレーダー(京都府・経ヶ岬)、イージス艦(神奈川県・横須賀)
上記は北朝鮮の西部から弾道ミサイルが発射された想定での飛行コース付近の弾道ミサイル防衛施設です。アメリカ軍はハワイ、グアム、東京の各コース上にそれぞれTHAAD用のXバンドレーダー(AN/TPY-2)を地上配備していることが分かります。つまり日本自衛隊のイージスアショアに頼らずとも既に弾道ミサイル防衛網を構築しているのです。
アメリカ軍が北朝鮮西部からの東京コース付近にXバンドレーダーを配備しているのはおそらく横田基地を守るためなのと、北朝鮮東部からのグアムコース付近になることを想定しているからだと思われます。なお横田基地には朝鮮半島有事の際にはアメリカ本土からTHAAD迎撃ミサイルが緊急展開すると予想されます。THAAD展開が完了するまでの間は、横須賀のアメリカ海軍第7艦隊のイージス艦が待機することになるでしょう。
このことからも「イージスアショアはアメリカを守ることが真の目的だ」という陰謀論が間違っていることが分かります。アメリカ軍は同盟国の支援を歓迎するけれど頼りきるような発想は持っておらず、自分自身で対処できるように準備を整えています。つまりアメリカ軍は、日本自衛隊のイージスアショアについてはバックアップの支援用くらいにしか考えていないのです。
秋田は東京~北海道の中間、山口は東京~沖縄の中間
そもそもアメリカは日本自衛隊のイージスアショアをそれほど頼りにしていません。「アメリカを守るために日本が買わされて配備させられた」というのは根拠の無い陰謀論に過ぎないことは、これまでの説明で理解できると思います。それではイージスアショアはどうして秋田と山口が配備候補地になったかというと、実は非常に単純な理由です。日本全土を守りつつ、東京を二重に守るためです。SM-3ブロック2A迎撃ミサイルは1カ所で日本の半分を守ることが可能です。
距離を見れば一目瞭然です。秋田県・新屋イージスアショアは東京と北海道の中間にあり、山口県・むつみイージスアショアは東京と沖縄の中間にあります。イージスアショアの候補地選定とはこのような理由で大まかに決められています。秋田県・新屋は住宅街が近過ぎて配備に問題があると見直しが迫られていますが、どうしても新屋でなければならない理由は無いので、配備候補地の選定は東京と北海道の中間の範囲で柔軟に対応することができる筈です。
イージスBMDは日本を守り、ハワイ、グアムもついでに守る
アメリカ軍は日本自衛隊のイージスアショアをバックアップの支援用くらいにしか思っていませんが、ハワイとグアムを守る支援に使えることは確かです。そしてそれは支援に使って当然であると、日本政府は堂々と説明すべきだと思います。なぜならハワイとグアムの基地機能が北朝鮮の核ミサイル攻撃で消滅した場合、アメリカ本土からの増援が到着するのが遅れて、日本と韓国が危機に陥ることが明白だからです。 集団的自衛権を発動する存立危機事態と認定できるでしょう。またハワイにはアメリカ軍の太平洋方面の弾道ミサイル防衛システムの指揮中枢であるC2BMCが置かれており、消滅すると連接している日本の弾道ミサイル防衛システムも破綻します。
- 秋田イージスアショアではハワイ行き弾道ミサイル迎撃は困難
- 山口イージスアショアではグアム行き弾道ミサイル迎撃は可能
- 日本周辺のイージス艦ではグアム行き弾道ミサイル迎撃は可能
基本的に日本周辺配備の弾道ミサイル防衛システムでは、北朝鮮からハワイに向かう弾道ミサイルの上昇段階での迎撃はSM-3ブロック2Aでも困難で、レーダーが捉えた情報をハワイの迎撃システムに送る役目になります。グアムに向かう弾道ミサイルはSM-3ブロック2Aならば日本周辺からでも迎撃が可能です。
勘違いしてはならないのですが、弾道ミサイル防衛システムで集団的自衛権を発動することになる原因はイージスアショアというよりはSM-3ブロック2A迎撃ミサイルです。そしてこれは当然ですがイージスアショアだけでなくイージス艦でも扱えます。
× イージスアショアはアメリカを守ることが真の目的だ
○ イージスアショアは日本防衛のついでにアメリカも守る
イージスアショア陰謀論の虚実とはこの辺りの勘違いによるものが大きいと思います。北朝鮮西部からハワイに向かう弾道ミサイルのコース直下にたまたま秋田イージスアショアがあるから騒がれただけに過ぎません。しかし秋田イージスアショアで北朝鮮からハワイに向かう長距離弾道ミサイルの上昇中の迎撃は困難であり、レーダー情報の提供のみとなるなら、青森のXバンドレーダーでも間に合ってしまうのです。
アメリカ軍のTHAADとXバンドレーダーの配置から、アメリカ軍が日本イージアショアに頼りきるような方針ではないことは明らかです。あくまで予備の支援用と考えられています。アメリカ軍の期待がその程度ですから、自衛隊も日本防衛のついでにアメリカのハワイとグアムを防衛するという方針でいます。アメリカにとって日本イージスアショアは「おまけ」であり、日本にとってハワイとグアムの防衛は「ついで」なのです。そしてついでに守ることは当然であると考えています。日本の直ぐ後背地の味方拠点が失われるということは、日本が即座に危機に陥ることを意味するからです。
- 韓国・星州THAAD(在韓米陸軍)
- 青森・車力Xバンドレーダー(在日米陸軍)
- 京都・経ヶ岬Xバンドレーダー(在日米陸軍)
- 秋田・新屋イージスアショア(陸上自衛隊)
- 山口・むつみイージスアショア(陸上自衛隊)
- 京都・舞鶴イージス艦(海上自衛隊)
- 長崎・佐世保イージス艦(海上自衛隊)
- 神奈川・横須賀イージス艦(海上自衛隊、在日米海軍)
※ハワイはオアフ島真珠湾にイージス艦、カウアイ島にイージスアショア実験施設。グアムはアンダーセン基地にTHAAD配備。